異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第75話/Night

第75話/Night

「……長いですね」

ユキと交代してから、そろそろ十分は経つだろうか。店主のおやじは、頑として折れようとしない。おそらく、何かやましい事があるのだろう。それを知られたくないから、あまり立ち入って欲しくないのだ。

「あーあ、派手にやってるわねぇ。ああなると店長、長いわよ?」

不意に声をかけてきたのは、ど派手な金髪に派手な化粧の女だった。この店の嬢だろう、男物のだぼだぼシャツ一枚というふざけた格好をしている。

「それなら、早くするように伝えてきてくれませんか」

「いやぁよ、そんなの。死にに行くようなもんじゃない」

女は何が楽しいのか、ケタケタと笑った。

「ね、ね。今お話してるあのお兄さんって、あなたのカレシぃ?」

「はぁ?くだらないこと聞かないでください、あなたには無関係でしょう」

「えーい~じゃない。年の近い女の子と話す機会なんてめったにないのよぉ。恋バナしましょ~?」

「嘘言わないでください。ここには女性キャストが大勢いるでしょう」

「いるわよ?けど、あたしたちは話さないの」

「……」

「だから、こういう機会は貴重なのよぉ。ねぇ、あのひとカレシじゃないなら、なんなの?客?それともセフレ?」

「バッ……そんなんじゃありません。馬鹿なこと言わないでください」

「え~?別に普通でしょお?男と女がいたら、自然とそうなるじゃない?」

「あなたのなかの“ふつう”は少し調整したほうがいいと思います……」

「あら、なにに操を立ててるのかしら。こんなの、息をするのと同じようなもんじゃなぁい?」

「……そんなふうに年がら年中、頭の中をピンク一色でいれたら楽でしょうね」

「ふふ、いうわねぇ。ま、息は言い過ぎにしても、それでもそんなに敬遠することかしらぁ?っていうか、ふつうしないわよぉ。本能みたいなものだもの」

「それは……」

「太るのが嫌だからって、食欲を遠ざけて飢え死にするのは賢いことかしら?そういう人こそ、世間一般はバカって言うんじゃない?」

「……それは極論すぎやしませんか」

「そう?一般論よぉ。あたしだって頭はよくないもの、むつかしいことはわかんないわぁ。あたしが知ってるのは、楽しいことと、キモチイことだけ」

「……」

「あなただって、ホントはキモチイと思ってるんでしょお?その年ごろだもの、興味がないわけないものねぇ?それとも、初めてがよっぽどヒドイものだったのかしら?」

「それは……その」

「いいじゃない、ここだけよ。聞かせて頂戴な」

「……」

「え、まさか“まだ”なんてことは、ないわよねぇ?」

「……」

「……あら」

「……悪かったですね!どうせ耳年増ですよ!」

「あっははは!なぁに、意外とピュアなのねぇ?実はロマンチストなタイプぅ?」

「あいにくと周りが爛れてる連中ばっかりだったんで、そうそうに嫌気が差してたんですよ!いいんです、私の人生には必要なかったんですから!」

「あらそう。なら、いまから楽しめばいいじゃなぁい?」

「はぁ、はぁ……え?」

「今からでも遅くないわよぉ。いいものよ、アレ。絶対損してるわよ?このご時世、明日がある保証もないからね。後悔はしたくないと思わない?」

「そ……それは」

「あなた、ウチの『用心棒(ケツモチ)』してるヤクザでしょ?けど今までお店で見たことなかったもの。それが、今になって突然出てきた……なんだか生き急いでるみたいだわ。まるで期限の前に、あわててケーキを消化してる子供みたい」

「……」

「勘違いしないで?馬鹿にしたいわけじゃないの。むしろいいことだと思うわ。応援したげたいって思ってるのよ」

「……あいにくですが、余計なお世話です。これは、私だけでどうにかなる問題ではありませんから」

「そうね。なら、ほかの人を頼ればいいじゃない。それこそ、あのお兄さんとか。仲もいいみたいだし?」

「……それこそ、冗談ですよ」

「そんなことないわよぉ。あなたたちなら、とってもお似合い……」

「終わったみたいです」

振り向くと、ユキがこちらに戻ってくるところだ。やれやれといった顔で、くたびれたように手を振っている。

「無駄話はここまでにしましょう。連れが戻ってきたので、失礼します」

「……わかったわ。けど、後悔しないようにね?」

「……もう一度言いますが、余計なお世話です」

私はくるりと踵を返すと、ユキのもとへと歩いて行った。
けど、ユキをそういう対象になんて……う、顔が熱い。さっきの女が変なこと言うから……
くそ、彼の顔をまともに見れるでしょうか……



「悪い、待たせたな。オヤジにごねられてさ……どうしたんだ?」

「な、なんでもありません!さ、はやく行きましょう!」

な、なんだ?ウィローはつっけんどんに言い切ると、ドスドス大股で先に行ってしまった。俺のことを見ようともしない。

「……俺、なんかやったかなぁ」

ぽりぽり頭をかくと、俺は急いでウィローの後を追った。

その後も、ウィローはずっとむすっとしていた。どうして怒ってるんだろう?しかし、俺が何度理由を聞いても、頑として教えてくれなかった。う〜む……

「なぁ、ウィロー……俺が何かしたのなら、教えてくれよ。これじゃ謝ることもできないだろ?」

「へ?あ、すみません!別に、怒ってるわけではないんです。ただ……」

「ただ?もしかして、具合が悪いのか?そういえば、顔も赤いぞ」

俺が顔を覗き込むと、ウィローはいっそう顔を朱に染めた。

「〜!い、いいですから!ちょっと考え事をしてただけです。それよりほら、そろそろ戻りましょう?もうあらから、回り終えましたよね」

「あ、ああ……」

だめだ。意地でも言わないつもりらしい。

「少し様子を見てみるか……」

しかし、その後もウィローは特に何も話してくれないまま、とうとう決戦の前日がやってきてしまった。



「う〜……」

「スーったら。明日のことを今から心配してるの?」

「だだ、だってぇ……」

「……むしろあなたの方が不思議ですよ、キリー。この中で緊張してないのはあなただけです」

「あれ?」

ウィローの言う通りだ。俺たちは(正確にはキリー以外は)その差こそあれ、一様に緊張していた。せっかくだからとみんなで食卓に集まったが、会話らしい会話は今のが初めてだ。

「すごいな、キリーは。全然平気なのか?」

「そんなことないよー。わたしだって怖いし、ちょっぴり緊張もしてるよ?」

「あれ、そうか」

「そりゃねー。けど、それよりもやるぞ!って気持ちの方が大きいの。ここで勝たなきゃ、ユキとリルは連れて行かれちゃう。そうさせないように、全力で頑張るつもり」

「キリー……」

「なんて、わたしは何にも出来ないんだけど……けど、みんながいるから。『メイダロッカ組』なら、ぜったい負けっこないもん!」

「く、くははは。確かに、その通りだ」

「……うん、そうだ、そうだよね!わたしたちなら、きっと大丈夫!」

根拠なんて、何もない。けど、キリーが言ったことなら信じられる気がした。不思議なもんだ。

「……」

「ん……?」

ふと、ウィローの顔が気になった。思い詰めたような、切羽詰まったような表情だ。
だが声をかけられると、すぐにその顔は消えてしまった。

「ウィロー……?」

この前から様子がおかしかったが、まさかまだ……?
そして俺の予感は、その日の夜に的中することとなった。



「……」

ペラリ。
ページをめくる音だけが、薄暗い部屋に響いている。
俺は自分の部屋で一人、先代の日記を読んでいた。

「こんなことやってたんだな……」

そこには、先代と組員たちの出会いも書かれていた。ウィローと初めて会った時、二人は一戦交えたらしい。そのケンカの中で、絆が芽生えた……のだろうか。
先代はその日の最後を、こう締めくくっていた。

「つっけんどんだが、根は寂しがり。愛を欲して見える……」

ほ、ほんとかぁ?
愛だなんて言ったら、彼女は鼻で笑いそうだがな。

コンコン。

「ん?」

控えめに、扉が叩かれる音。みんな寝てると思ったが、誰だろう?

「まだ起きてるよ。何か用か?」

そう呼びかけても、扉の向こうからは何も返事はない。あれ、空耳だったかな。
その時、キィと小さな音を立てて、そろそろと扉が開けられた。

「ユキ……」

「なんだ、ウィローか。誰かと思ったよ」

そこにいたのは、寝間着姿のウィローだった。噂をすれば影、だな。

「どうしたんだ?こんな遅くに」

「いえ……その」

「?とりあえず、入るか?」

俺が促すと、ウィローはおずおずと部屋に足を踏み入れた。

「……」

「……?」

それっきり、ウィローは何も言わない。
彼女の後ろで、半開きだった扉がパタリと閉まった。

「ひゃ!」

「……ぷっ」

「ちょ、ちょっとユキ!笑わないでください……」

「いや、悪い。くくく、何をそんなに緊張してるんだよ」

「……ふふ、ほんとですね」

静かに笑い合うと、ウィローも少しは落ち着いたようだ。

「それで、どうしたんだよ。ここでよければ、座るか?」

俺はベッドをぽんぽんと叩く。ウィローは逡巡したようだが、コクリと頷いた。

ぽすり。
小柄な彼女が腰かけても、ベッドはほとんど軋まなかった。

「あ、あのですねユキ……」

「うん」

俺はのんびり彼女の言葉を待った。ウィローなら、急かさなくっても言葉を見つけて、それを伝えてくれるはずだ。

「じつは、一つお願いがありまして、その……」

「言ってくれよ。俺でよければ力を貸す」

「あの、ユキにしか頼めないというか……」

「うん」

「あの、ユキ……私を、私を抱いてください!」

「うん……は?」

さすがに聞き返した。なんだって?

「抱いてくれって言ったんです!」

「……抱きしめハグればいいか?」

「とぼけないでください!私と寝てくれって意味です!もっと言うならセッ」

「わー!やめなさい!」

口をふさぐと、ウィローはジタバタ暴れた。その弾みで寝間着の前がはだけると、その下は下着だけだ。ほ、本気なのか……?

「ぷはっ……ユキ!ふざけないでください!私は本気ですよ!」

「いや、そうは言われてもだな……」

「それとも、やっぱり私なんかじゃダメですか?キリーみたいに胸もないし、スーみたく可愛くもないから……」

「え?そんなこと……」

「お願いします!こんなちんちくりんな私に情けをかけてください!挿れて出すだけですから!」

「ウィロー!落ち着けって!」

俺はウィローのむき出しの肩をガッと抑えた。う、絹のような肌ざわりだ……

「ウィロー、話してくれよ。こんなことするのは理由があるんだろ?」

「はぁ……はぁ……」

ウィローはしばらく荒い息をしていた。だが動悸が収まるにつれ、少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。

「ウィロー。きみの頼みなら出来る限り協力するが、きみが傷つくようなことはできないよ。それでもと言うなら、わけを教えてくれないか」

「……」

ウィローはうつむいたままだったが……やがて、ぽつぽつと語り出した。

「……くだらない理由ですよ。私、処女なんです」

「い!?いや、続けてくれ」

「それで、最近そのことを馬鹿にされたんですよ……」

「そんな。早けりゃいいってもんでもないだろう」

「ええ。私もそう思いました……けど、なんだか急に虚しくなってしまって」

「虚しい?」

「そうです。だって、私は女として誰にも見られて来なかったってことじゃないですか。そのまま人生お終いだなんて……」

そこまで言って、ウィローはしまった、と口をつぐんだ。

「お終いっていうのは……俺たちが負けるって思ってるってことか?」

「……そうじゃないです。けど、無事に帰ってこれる保障なんて、どこにもないじゃないですか!だから、悔いの残らないように……」

「ウィロー……」

思い詰めての暴走だったんだな。

「ウィロー、そんな気を病むなよ。なぁに、きっとみんな無事に帰ってこれるさ。そんなテキトウなヤツにあげちまったら、きっと後悔するぞ?」

「そんなことないです。ユキなら構いません」

「ぐ……」

場が場なら嬉しいセリフだろうが、今は素直に喜べないぞ。

「だって……誰にも愛されないなんて、そんな人生……寂しすぎます」

「……」

愛を欲して見える……か。言い得て妙だったんだな。
ここでウィローを抱いてやるのも、一つの優しさだろう。それで彼女が迷いを振り切れるなら、明日の戦いにもプラスなはずだ。
けど……

「ウィロー。俺は、お前に居なくなって欲しくない。だから、悔いを残しておいてくれ。きみも言ってたじゃないか、死に切れないやつは生き残るって」

「それは……」

「それに、愛されてないなんて言うなよ。メイダロッカ組のみんなは、きみを愛してる。キリーもスーもアプリコットも……も、もっ……ちろん、俺だってそうさ」

「ユキ……そこで噛みます?」

う……恥ずかしくって、“も”がえらい高くなってしまった。ウィローにジトーっと睨まれている。

「……証拠」

「え」

「証拠、見せてください……」

つい。
目を閉じ、顎を傾ける。白い喉を差し出すその姿は、自らの命すらも委ねているように見えた。

「ウィッ……」

ここで声をかけるのは野暮だろう。この前黒蜜に怒られたばっかりだ。
……ここで他の女の名前を出してしまうから、俺はモテないんだろうな……

彼女の唇は、緊張で少しかさついていた。

「……」

「こっ……これで、いいか」

「ドキドキしてる……変な感じ」

変な感じって……

「これで私のはじめては、ユキに奪われちゃったんですね……」

「人聞きの悪い言い方をすんじゃない……」

「ま、ユキは初めてじゃないですけどね」

「い!?」

「知ってますよ。アプリコットとキスしたことも、スーにキスされたことも、ルゥとイチャついてたことも、キリーを抱いたことも……」

「最後のは誤解だ!て、なんで知ってるんだよ!?」

「女の情報網をなめない方がいいですよ。あなたが場末の宿で女を抱いたって、次の日には私たち全員に知れ渡っていますから」

「ストーカーかよ!」

「これも愛ゆえです」

「愛が重い!」

「まぁ、それは冗談にしても……あなた、結構みんなからの好感度高いですからね。どこかその辺に女でも作ったら、スーあたりが泣きますよ」

「えぇ……それこそ冗談だろう」

「さぁ?気になるなら、自分で確かめてみてください」

確かめるったって……どうしろっていうんだ?

「さて……私は部屋に戻りますね。遅くまで付き合わせてすみませんでした」

「え、あぁ……」

「それでは、おやすみなさい」

「……なぁ、ウィロー!」

「はい?」

俺が呼び止めると、ウィローは顔だけ振り向いた。

「その……ウィローは、どうなんだ?」

「何がですか?」

「だから、その……好感度ってやつ」

「……くすっ。ヒミツ、です」

ウィローは唇に指を立てると、するりと部屋から出て行った。

「なんだよ……言うだけ言っといて……」

後には、釈然としない俺だけが残された。
けど、ウィローは憑き物の落ちたような、スッキリした顔をしていた。彼女の悩みが少しでも晴れたのなら、慣れない事をしたかいがあった……よ、な?



「〜〜〜ッ!」

やってしまった。
よりにもよって、ユキに迫るなんて。しかも諭されたばかりか、ききき、キスまで……

「うぁ……」

顔が熱い。さっきから心臓はドキドキと暴れっぱなしだった。私、変な顔してなかったでしょうか?

「けど……」

それ以上に、にやける顔を抑える事ができない。
どうしよう、嬉しい。

「キス一つで舞い上がるなんて……生娘のようですね」

あながち間違ってないのが虚しいですが……
それに、照れ隠しにみんなのことを話してしまいましたが、よかったでしょうか?もっとも、気付いて無いのはユキだけだったような気もします……

「……いいか。悪い男には、少し罰を与えましょう」

せいぜい悩んでくださいね、色男さん?
私はクスリと笑うと、静かに自分の部屋に戻った。

つづく

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