異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第75話/Night
第75話/Night
「……長いですね」
ユキと交代してから、そろそろ十分は経つだろうか。店主のおやじは、頑として折れようとしない。おそらく、何かやましい事があるのだろう。それを知られたくないから、あまり立ち入って欲しくないのだ。
「あーあ、派手にやってるわねぇ。ああなると店長、長いわよ?」
不意に声をかけてきたのは、ど派手な金髪に派手な化粧の女だった。この店の嬢だろう、男物のだぼだぼシャツ一枚というふざけた格好をしている。
「それなら、早くするように伝えてきてくれませんか」
「いやぁよ、そんなの。死にに行くようなもんじゃない」
女は何が楽しいのか、ケタケタと笑った。
「ね、ね。今お話してるあのお兄さんって、あなたのカレシぃ?」
「はぁ?くだらないこと聞かないでください、あなたには無関係でしょう」
「えーい~じゃない。年の近い女の子と話す機会なんてめったにないのよぉ。恋バナしましょ~?」
「嘘言わないでください。ここには女性キャストが大勢いるでしょう」
「いるわよ?けど、あたしたちは話さないの」
「……」
「だから、こういう機会は貴重なのよぉ。ねぇ、あのひとカレシじゃないなら、なんなの?客?それともセフレ?」
「バッ……そんなんじゃありません。馬鹿なこと言わないでください」
「え~?別に普通でしょお?男と女がいたら、自然とそうなるじゃない?」
「あなたのなかの“ふつう”は少し調整したほうがいいと思います……」
「あら、なにに操を立ててるのかしら。こんなの、息をするのと同じようなもんじゃなぁい?」
「……そんなふうに年がら年中、頭の中をピンク一色でいれたら楽でしょうね」
「ふふ、いうわねぇ。ま、息は言い過ぎにしても、それでもそんなに敬遠することかしらぁ?っていうか、ふつうしないわよぉ。本能みたいなものだもの」
「それは……」
「太るのが嫌だからって、食欲を遠ざけて飢え死にするのは賢いことかしら?そういう人こそ、世間一般はバカって言うんじゃない?」
「……それは極論すぎやしませんか」
「そう?一般論よぉ。あたしだって頭はよくないもの、むつかしいことはわかんないわぁ。あたしが知ってるのは、楽しいことと、キモチイことだけ」
「……」
「あなただって、ホントはキモチイと思ってるんでしょお?その年ごろだもの、興味がないわけないものねぇ?それとも、初めてがよっぽどヒドイものだったのかしら?」
「それは……その」
「いいじゃない、ここだけよ。聞かせて頂戴な」
「……」
「え、まさか“まだ”なんてことは、ないわよねぇ?」
「……」
「……あら」
「……悪かったですね!どうせ耳年増ですよ!」
「あっははは!なぁに、意外とピュアなのねぇ?実はロマンチストなタイプぅ?」
「あいにくと周りが爛れてる連中ばっかりだったんで、そうそうに嫌気が差してたんですよ!いいんです、私の人生には必要なかったんですから!」
「あらそう。なら、いまから楽しめばいいじゃなぁい?」
「はぁ、はぁ……え?」
「今からでも遅くないわよぉ。いいものよ、アレ。絶対損してるわよ?このご時世、明日がある保証もないからね。後悔はしたくないと思わない?」
「そ……それは」
「あなた、ウチの『用心棒(ケツモチ)』してるヤクザでしょ?けど今までお店で見たことなかったもの。それが、今になって突然出てきた……なんだか生き急いでるみたいだわ。まるで期限の前に、あわててケーキを消化してる子供みたい」
「……」
「勘違いしないで?馬鹿にしたいわけじゃないの。むしろいいことだと思うわ。応援したげたいって思ってるのよ」
「……あいにくですが、余計なお世話です。これは、私だけでどうにかなる問題ではありませんから」
「そうね。なら、ほかの人を頼ればいいじゃない。それこそ、あのお兄さんとか。仲もいいみたいだし?」
「……それこそ、冗談ですよ」
「そんなことないわよぉ。あなたたちなら、とってもお似合い……」
「終わったみたいです」
振り向くと、ユキがこちらに戻ってくるところだ。やれやれといった顔で、くたびれたように手を振っている。
「無駄話はここまでにしましょう。連れが戻ってきたので、失礼します」
「……わかったわ。けど、後悔しないようにね?」
「……もう一度言いますが、余計なお世話です」
私はくるりと踵を返すと、ユキのもとへと歩いて行った。
けど、ユキをそういう対象になんて……う、顔が熱い。さっきの女が変なこと言うから……
くそ、彼の顔をまともに見れるでしょうか……
「悪い、待たせたな。オヤジにごねられてさ……どうしたんだ?」
「な、なんでもありません!さ、はやく行きましょう!」
な、なんだ?ウィローはつっけんどんに言い切ると、ドスドス大股で先に行ってしまった。俺のことを見ようともしない。
「……俺、なんかやったかなぁ」
ぽりぽり頭をかくと、俺は急いでウィローの後を追った。
その後も、ウィローはずっとむすっとしていた。どうして怒ってるんだろう?しかし、俺が何度理由を聞いても、頑として教えてくれなかった。う〜む……
「なぁ、ウィロー……俺が何かしたのなら、教えてくれよ。これじゃ謝ることもできないだろ?」
「へ?あ、すみません!別に、怒ってるわけではないんです。ただ……」
「ただ?もしかして、具合が悪いのか?そういえば、顔も赤いぞ」
俺が顔を覗き込むと、ウィローはいっそう顔を朱に染めた。
「〜!い、いいですから!ちょっと考え事をしてただけです。それよりほら、そろそろ戻りましょう?もうあらから、回り終えましたよね」
「あ、ああ……」
だめだ。意地でも言わないつもりらしい。
「少し様子を見てみるか……」
しかし、その後もウィローは特に何も話してくれないまま、とうとう決戦の前日がやってきてしまった。
「う〜……」
「スーったら。明日のことを今から心配してるの?」
「だだ、だってぇ……」
「……むしろあなたの方が不思議ですよ、キリー。この中で緊張してないのはあなただけです」
「あれ?」
ウィローの言う通りだ。俺たちは(正確にはキリー以外は)その差こそあれ、一様に緊張していた。せっかくだからとみんなで食卓に集まったが、会話らしい会話は今のが初めてだ。
「すごいな、キリーは。全然平気なのか?」
「そんなことないよー。わたしだって怖いし、ちょっぴり緊張もしてるよ?」
「あれ、そうか」
「そりゃねー。けど、それよりもやるぞ!って気持ちの方が大きいの。ここで勝たなきゃ、ユキとリルは連れて行かれちゃう。そうさせないように、全力で頑張るつもり」
「キリー……」
「なんて、わたしは何にも出来ないんだけど……けど、みんながいるから。『メイダロッカ組』なら、ぜったい負けっこないもん!」
「く、くははは。確かに、その通りだ」
「……うん、そうだ、そうだよね!わたしたちなら、きっと大丈夫!」
根拠なんて、何もない。けど、キリーが言ったことなら信じられる気がした。不思議なもんだ。
「……」
「ん……?」
ふと、ウィローの顔が気になった。思い詰めたような、切羽詰まったような表情だ。
だが声をかけられると、すぐにその顔は消えてしまった。
「ウィロー……?」
この前から様子がおかしかったが、まさかまだ……?
そして俺の予感は、その日の夜に的中することとなった。
「……」
ペラリ。
ページをめくる音だけが、薄暗い部屋に響いている。
俺は自分の部屋で一人、先代の日記を読んでいた。
「こんなことやってたんだな……」
そこには、先代と組員たちの出会いも書かれていた。ウィローと初めて会った時、二人は一戦交えたらしい。そのケンカの中で、絆が芽生えた……のだろうか。
先代はその日の最後を、こう締めくくっていた。
「つっけんどんだが、根は寂しがり。愛を欲して見える……」
ほ、ほんとかぁ?
愛だなんて言ったら、彼女は鼻で笑いそうだがな。
コンコン。
「ん?」
控えめに、扉が叩かれる音。みんな寝てると思ったが、誰だろう?
「まだ起きてるよ。何か用か?」
そう呼びかけても、扉の向こうからは何も返事はない。あれ、空耳だったかな。
その時、キィと小さな音を立てて、そろそろと扉が開けられた。
「ユキ……」
「なんだ、ウィローか。誰かと思ったよ」
そこにいたのは、寝間着姿のウィローだった。噂をすれば影、だな。
「どうしたんだ?こんな遅くに」
「いえ……その」
「?とりあえず、入るか?」
俺が促すと、ウィローはおずおずと部屋に足を踏み入れた。
「……」
「……?」
それっきり、ウィローは何も言わない。
彼女の後ろで、半開きだった扉がパタリと閉まった。
「ひゃ!」
「……ぷっ」
「ちょ、ちょっとユキ!笑わないでください……」
「いや、悪い。くくく、何をそんなに緊張してるんだよ」
「……ふふ、ほんとですね」
静かに笑い合うと、ウィローも少しは落ち着いたようだ。
「それで、どうしたんだよ。ここでよければ、座るか?」
俺はベッドをぽんぽんと叩く。ウィローは逡巡したようだが、コクリと頷いた。
ぽすり。
小柄な彼女が腰かけても、ベッドはほとんど軋まなかった。
「あ、あのですねユキ……」
「うん」
俺はのんびり彼女の言葉を待った。ウィローなら、急かさなくっても言葉を見つけて、それを伝えてくれるはずだ。
「じつは、一つお願いがありまして、その……」
「言ってくれよ。俺でよければ力を貸す」
「あの、ユキにしか頼めないというか……」
「うん」
「あの、ユキ……私を、私を抱いてください!」
「うん……は?」
さすがに聞き返した。なんだって?
「抱いてくれって言ったんです!」
「……抱きしめればいいか?」
「とぼけないでください!私と寝てくれって意味です!もっと言うならセッ」
「わー!やめなさい!」
口をふさぐと、ウィローはジタバタ暴れた。その弾みで寝間着の前がはだけると、その下は下着だけだ。ほ、本気なのか……?
「ぷはっ……ユキ!ふざけないでください!私は本気ですよ!」
「いや、そうは言われてもだな……」
「それとも、やっぱり私なんかじゃダメですか?キリーみたいに胸もないし、スーみたく可愛くもないから……」
「え?そんなこと……」
「お願いします!こんなちんちくりんな私に情けをかけてください!挿れて出すだけですから!」
「ウィロー!落ち着けって!」
俺はウィローのむき出しの肩をガッと抑えた。う、絹のような肌ざわりだ……
「ウィロー、話してくれよ。こんなことするのは理由があるんだろ?」
「はぁ……はぁ……」
ウィローはしばらく荒い息をしていた。だが動悸が収まるにつれ、少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。
「ウィロー。きみの頼みなら出来る限り協力するが、きみが傷つくようなことはできないよ。それでもと言うなら、わけを教えてくれないか」
「……」
ウィローはうつむいたままだったが……やがて、ぽつぽつと語り出した。
「……くだらない理由ですよ。私、処女なんです」
「い!?いや、続けてくれ」
「それで、最近そのことを馬鹿にされたんですよ……」
「そんな。早けりゃいいってもんでもないだろう」
「ええ。私もそう思いました……けど、なんだか急に虚しくなってしまって」
「虚しい?」
「そうです。だって、私は女として誰にも見られて来なかったってことじゃないですか。そのまま人生お終いだなんて……」
そこまで言って、ウィローはしまった、と口をつぐんだ。
「お終いっていうのは……俺たちが負けるって思ってるってことか?」
「……そうじゃないです。けど、無事に帰ってこれる保障なんて、どこにもないじゃないですか!だから、悔いの残らないように……」
「ウィロー……」
思い詰めての暴走だったんだな。
「ウィロー、そんな気を病むなよ。なぁに、きっとみんな無事に帰ってこれるさ。そんなテキトウなヤツにあげちまったら、きっと後悔するぞ?」
「そんなことないです。ユキなら構いません」
「ぐ……」
場が場なら嬉しいセリフだろうが、今は素直に喜べないぞ。
「だって……誰にも愛されないなんて、そんな人生……寂しすぎます」
「……」
愛を欲して見える……か。言い得て妙だったんだな。
ここでウィローを抱いてやるのも、一つの優しさだろう。それで彼女が迷いを振り切れるなら、明日の戦いにもプラスなはずだ。
けど……
「ウィロー。俺は、お前に居なくなって欲しくない。だから、悔いを残しておいてくれ。きみも言ってたじゃないか、死に切れないやつは生き残るって」
「それは……」
「それに、愛されてないなんて言うなよ。メイダロッカ組のみんなは、きみを愛してる。キリーもスーもアプリコットも……も、もっ……ちろん、俺だってそうさ」
「ユキ……そこで噛みます?」
う……恥ずかしくって、“も”がえらい高くなってしまった。ウィローにジトーっと睨まれている。
「……証拠」
「え」
「証拠、見せてください……」
つい。
目を閉じ、顎を傾ける。白い喉を差し出すその姿は、自らの命すらも委ねているように見えた。
「ウィッ……」
ここで声をかけるのは野暮だろう。この前黒蜜に怒られたばっかりだ。
……ここで他の女の名前を出してしまうから、俺はモテないんだろうな……
彼女の唇は、緊張で少しかさついていた。
「……」
「こっ……これで、いいか」
「ドキドキしてる……変な感じ」
変な感じって……
「これで私のはじめては、ユキに奪われちゃったんですね……」
「人聞きの悪い言い方をすんじゃない……」
「ま、ユキは初めてじゃないですけどね」
「い!?」
「知ってますよ。アプリコットとキスしたことも、スーにキスされたことも、ルゥとイチャついてたことも、キリーを抱いたことも……」
「最後のは誤解だ!て、なんで知ってるんだよ!?」
「女の情報網をなめない方がいいですよ。あなたが場末の宿で女を抱いたって、次の日には私たち全員に知れ渡っていますから」
「ストーカーかよ!」
「これも愛ゆえです」
「愛が重い!」
「まぁ、それは冗談にしても……あなた、結構みんなからの好感度高いですからね。どこかその辺に女でも作ったら、スーあたりが泣きますよ」
「えぇ……それこそ冗談だろう」
「さぁ?気になるなら、自分で確かめてみてください」
確かめるったって……どうしろっていうんだ?
「さて……私は部屋に戻りますね。遅くまで付き合わせてすみませんでした」
「え、あぁ……」
「それでは、おやすみなさい」
「……なぁ、ウィロー!」
「はい?」
俺が呼び止めると、ウィローは顔だけ振り向いた。
「その……ウィローは、どうなんだ?」
「何がですか?」
「だから、その……好感度ってやつ」
「……くすっ。ヒミツ、です」
ウィローは唇に指を立てると、するりと部屋から出て行った。
「なんだよ……言うだけ言っといて……」
後には、釈然としない俺だけが残された。
けど、ウィローは憑き物の落ちたような、スッキリした顔をしていた。彼女の悩みが少しでも晴れたのなら、慣れない事をしたかいがあった……よ、な?
「〜〜〜ッ!」
やってしまった。
よりにもよって、ユキに迫るなんて。しかも諭されたばかりか、ききき、キスまで……
「うぁ……」
顔が熱い。さっきから心臓はドキドキと暴れっぱなしだった。私、変な顔してなかったでしょうか?
「けど……」
それ以上に、にやける顔を抑える事ができない。
どうしよう、嬉しい。
「キス一つで舞い上がるなんて……生娘のようですね」
あながち間違ってないのが虚しいですが……
それに、照れ隠しにみんなのことを話してしまいましたが、よかったでしょうか?もっとも、気付いて無いのはユキだけだったような気もします……
「……いいか。悪い男には、少し罰を与えましょう」
せいぜい悩んでくださいね、色男さん?
私はクスリと笑うと、静かに自分の部屋に戻った。
つづく
「……長いですね」
ユキと交代してから、そろそろ十分は経つだろうか。店主のおやじは、頑として折れようとしない。おそらく、何かやましい事があるのだろう。それを知られたくないから、あまり立ち入って欲しくないのだ。
「あーあ、派手にやってるわねぇ。ああなると店長、長いわよ?」
不意に声をかけてきたのは、ど派手な金髪に派手な化粧の女だった。この店の嬢だろう、男物のだぼだぼシャツ一枚というふざけた格好をしている。
「それなら、早くするように伝えてきてくれませんか」
「いやぁよ、そんなの。死にに行くようなもんじゃない」
女は何が楽しいのか、ケタケタと笑った。
「ね、ね。今お話してるあのお兄さんって、あなたのカレシぃ?」
「はぁ?くだらないこと聞かないでください、あなたには無関係でしょう」
「えーい~じゃない。年の近い女の子と話す機会なんてめったにないのよぉ。恋バナしましょ~?」
「嘘言わないでください。ここには女性キャストが大勢いるでしょう」
「いるわよ?けど、あたしたちは話さないの」
「……」
「だから、こういう機会は貴重なのよぉ。ねぇ、あのひとカレシじゃないなら、なんなの?客?それともセフレ?」
「バッ……そんなんじゃありません。馬鹿なこと言わないでください」
「え~?別に普通でしょお?男と女がいたら、自然とそうなるじゃない?」
「あなたのなかの“ふつう”は少し調整したほうがいいと思います……」
「あら、なにに操を立ててるのかしら。こんなの、息をするのと同じようなもんじゃなぁい?」
「……そんなふうに年がら年中、頭の中をピンク一色でいれたら楽でしょうね」
「ふふ、いうわねぇ。ま、息は言い過ぎにしても、それでもそんなに敬遠することかしらぁ?っていうか、ふつうしないわよぉ。本能みたいなものだもの」
「それは……」
「太るのが嫌だからって、食欲を遠ざけて飢え死にするのは賢いことかしら?そういう人こそ、世間一般はバカって言うんじゃない?」
「……それは極論すぎやしませんか」
「そう?一般論よぉ。あたしだって頭はよくないもの、むつかしいことはわかんないわぁ。あたしが知ってるのは、楽しいことと、キモチイことだけ」
「……」
「あなただって、ホントはキモチイと思ってるんでしょお?その年ごろだもの、興味がないわけないものねぇ?それとも、初めてがよっぽどヒドイものだったのかしら?」
「それは……その」
「いいじゃない、ここだけよ。聞かせて頂戴な」
「……」
「え、まさか“まだ”なんてことは、ないわよねぇ?」
「……」
「……あら」
「……悪かったですね!どうせ耳年増ですよ!」
「あっははは!なぁに、意外とピュアなのねぇ?実はロマンチストなタイプぅ?」
「あいにくと周りが爛れてる連中ばっかりだったんで、そうそうに嫌気が差してたんですよ!いいんです、私の人生には必要なかったんですから!」
「あらそう。なら、いまから楽しめばいいじゃなぁい?」
「はぁ、はぁ……え?」
「今からでも遅くないわよぉ。いいものよ、アレ。絶対損してるわよ?このご時世、明日がある保証もないからね。後悔はしたくないと思わない?」
「そ……それは」
「あなた、ウチの『用心棒(ケツモチ)』してるヤクザでしょ?けど今までお店で見たことなかったもの。それが、今になって突然出てきた……なんだか生き急いでるみたいだわ。まるで期限の前に、あわててケーキを消化してる子供みたい」
「……」
「勘違いしないで?馬鹿にしたいわけじゃないの。むしろいいことだと思うわ。応援したげたいって思ってるのよ」
「……あいにくですが、余計なお世話です。これは、私だけでどうにかなる問題ではありませんから」
「そうね。なら、ほかの人を頼ればいいじゃない。それこそ、あのお兄さんとか。仲もいいみたいだし?」
「……それこそ、冗談ですよ」
「そんなことないわよぉ。あなたたちなら、とってもお似合い……」
「終わったみたいです」
振り向くと、ユキがこちらに戻ってくるところだ。やれやれといった顔で、くたびれたように手を振っている。
「無駄話はここまでにしましょう。連れが戻ってきたので、失礼します」
「……わかったわ。けど、後悔しないようにね?」
「……もう一度言いますが、余計なお世話です」
私はくるりと踵を返すと、ユキのもとへと歩いて行った。
けど、ユキをそういう対象になんて……う、顔が熱い。さっきの女が変なこと言うから……
くそ、彼の顔をまともに見れるでしょうか……
「悪い、待たせたな。オヤジにごねられてさ……どうしたんだ?」
「な、なんでもありません!さ、はやく行きましょう!」
な、なんだ?ウィローはつっけんどんに言い切ると、ドスドス大股で先に行ってしまった。俺のことを見ようともしない。
「……俺、なんかやったかなぁ」
ぽりぽり頭をかくと、俺は急いでウィローの後を追った。
その後も、ウィローはずっとむすっとしていた。どうして怒ってるんだろう?しかし、俺が何度理由を聞いても、頑として教えてくれなかった。う〜む……
「なぁ、ウィロー……俺が何かしたのなら、教えてくれよ。これじゃ謝ることもできないだろ?」
「へ?あ、すみません!別に、怒ってるわけではないんです。ただ……」
「ただ?もしかして、具合が悪いのか?そういえば、顔も赤いぞ」
俺が顔を覗き込むと、ウィローはいっそう顔を朱に染めた。
「〜!い、いいですから!ちょっと考え事をしてただけです。それよりほら、そろそろ戻りましょう?もうあらから、回り終えましたよね」
「あ、ああ……」
だめだ。意地でも言わないつもりらしい。
「少し様子を見てみるか……」
しかし、その後もウィローは特に何も話してくれないまま、とうとう決戦の前日がやってきてしまった。
「う〜……」
「スーったら。明日のことを今から心配してるの?」
「だだ、だってぇ……」
「……むしろあなたの方が不思議ですよ、キリー。この中で緊張してないのはあなただけです」
「あれ?」
ウィローの言う通りだ。俺たちは(正確にはキリー以外は)その差こそあれ、一様に緊張していた。せっかくだからとみんなで食卓に集まったが、会話らしい会話は今のが初めてだ。
「すごいな、キリーは。全然平気なのか?」
「そんなことないよー。わたしだって怖いし、ちょっぴり緊張もしてるよ?」
「あれ、そうか」
「そりゃねー。けど、それよりもやるぞ!って気持ちの方が大きいの。ここで勝たなきゃ、ユキとリルは連れて行かれちゃう。そうさせないように、全力で頑張るつもり」
「キリー……」
「なんて、わたしは何にも出来ないんだけど……けど、みんながいるから。『メイダロッカ組』なら、ぜったい負けっこないもん!」
「く、くははは。確かに、その通りだ」
「……うん、そうだ、そうだよね!わたしたちなら、きっと大丈夫!」
根拠なんて、何もない。けど、キリーが言ったことなら信じられる気がした。不思議なもんだ。
「……」
「ん……?」
ふと、ウィローの顔が気になった。思い詰めたような、切羽詰まったような表情だ。
だが声をかけられると、すぐにその顔は消えてしまった。
「ウィロー……?」
この前から様子がおかしかったが、まさかまだ……?
そして俺の予感は、その日の夜に的中することとなった。
「……」
ペラリ。
ページをめくる音だけが、薄暗い部屋に響いている。
俺は自分の部屋で一人、先代の日記を読んでいた。
「こんなことやってたんだな……」
そこには、先代と組員たちの出会いも書かれていた。ウィローと初めて会った時、二人は一戦交えたらしい。そのケンカの中で、絆が芽生えた……のだろうか。
先代はその日の最後を、こう締めくくっていた。
「つっけんどんだが、根は寂しがり。愛を欲して見える……」
ほ、ほんとかぁ?
愛だなんて言ったら、彼女は鼻で笑いそうだがな。
コンコン。
「ん?」
控えめに、扉が叩かれる音。みんな寝てると思ったが、誰だろう?
「まだ起きてるよ。何か用か?」
そう呼びかけても、扉の向こうからは何も返事はない。あれ、空耳だったかな。
その時、キィと小さな音を立てて、そろそろと扉が開けられた。
「ユキ……」
「なんだ、ウィローか。誰かと思ったよ」
そこにいたのは、寝間着姿のウィローだった。噂をすれば影、だな。
「どうしたんだ?こんな遅くに」
「いえ……その」
「?とりあえず、入るか?」
俺が促すと、ウィローはおずおずと部屋に足を踏み入れた。
「……」
「……?」
それっきり、ウィローは何も言わない。
彼女の後ろで、半開きだった扉がパタリと閉まった。
「ひゃ!」
「……ぷっ」
「ちょ、ちょっとユキ!笑わないでください……」
「いや、悪い。くくく、何をそんなに緊張してるんだよ」
「……ふふ、ほんとですね」
静かに笑い合うと、ウィローも少しは落ち着いたようだ。
「それで、どうしたんだよ。ここでよければ、座るか?」
俺はベッドをぽんぽんと叩く。ウィローは逡巡したようだが、コクリと頷いた。
ぽすり。
小柄な彼女が腰かけても、ベッドはほとんど軋まなかった。
「あ、あのですねユキ……」
「うん」
俺はのんびり彼女の言葉を待った。ウィローなら、急かさなくっても言葉を見つけて、それを伝えてくれるはずだ。
「じつは、一つお願いがありまして、その……」
「言ってくれよ。俺でよければ力を貸す」
「あの、ユキにしか頼めないというか……」
「うん」
「あの、ユキ……私を、私を抱いてください!」
「うん……は?」
さすがに聞き返した。なんだって?
「抱いてくれって言ったんです!」
「……抱きしめればいいか?」
「とぼけないでください!私と寝てくれって意味です!もっと言うならセッ」
「わー!やめなさい!」
口をふさぐと、ウィローはジタバタ暴れた。その弾みで寝間着の前がはだけると、その下は下着だけだ。ほ、本気なのか……?
「ぷはっ……ユキ!ふざけないでください!私は本気ですよ!」
「いや、そうは言われてもだな……」
「それとも、やっぱり私なんかじゃダメですか?キリーみたいに胸もないし、スーみたく可愛くもないから……」
「え?そんなこと……」
「お願いします!こんなちんちくりんな私に情けをかけてください!挿れて出すだけですから!」
「ウィロー!落ち着けって!」
俺はウィローのむき出しの肩をガッと抑えた。う、絹のような肌ざわりだ……
「ウィロー、話してくれよ。こんなことするのは理由があるんだろ?」
「はぁ……はぁ……」
ウィローはしばらく荒い息をしていた。だが動悸が収まるにつれ、少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。
「ウィロー。きみの頼みなら出来る限り協力するが、きみが傷つくようなことはできないよ。それでもと言うなら、わけを教えてくれないか」
「……」
ウィローはうつむいたままだったが……やがて、ぽつぽつと語り出した。
「……くだらない理由ですよ。私、処女なんです」
「い!?いや、続けてくれ」
「それで、最近そのことを馬鹿にされたんですよ……」
「そんな。早けりゃいいってもんでもないだろう」
「ええ。私もそう思いました……けど、なんだか急に虚しくなってしまって」
「虚しい?」
「そうです。だって、私は女として誰にも見られて来なかったってことじゃないですか。そのまま人生お終いだなんて……」
そこまで言って、ウィローはしまった、と口をつぐんだ。
「お終いっていうのは……俺たちが負けるって思ってるってことか?」
「……そうじゃないです。けど、無事に帰ってこれる保障なんて、どこにもないじゃないですか!だから、悔いの残らないように……」
「ウィロー……」
思い詰めての暴走だったんだな。
「ウィロー、そんな気を病むなよ。なぁに、きっとみんな無事に帰ってこれるさ。そんなテキトウなヤツにあげちまったら、きっと後悔するぞ?」
「そんなことないです。ユキなら構いません」
「ぐ……」
場が場なら嬉しいセリフだろうが、今は素直に喜べないぞ。
「だって……誰にも愛されないなんて、そんな人生……寂しすぎます」
「……」
愛を欲して見える……か。言い得て妙だったんだな。
ここでウィローを抱いてやるのも、一つの優しさだろう。それで彼女が迷いを振り切れるなら、明日の戦いにもプラスなはずだ。
けど……
「ウィロー。俺は、お前に居なくなって欲しくない。だから、悔いを残しておいてくれ。きみも言ってたじゃないか、死に切れないやつは生き残るって」
「それは……」
「それに、愛されてないなんて言うなよ。メイダロッカ組のみんなは、きみを愛してる。キリーもスーもアプリコットも……も、もっ……ちろん、俺だってそうさ」
「ユキ……そこで噛みます?」
う……恥ずかしくって、“も”がえらい高くなってしまった。ウィローにジトーっと睨まれている。
「……証拠」
「え」
「証拠、見せてください……」
つい。
目を閉じ、顎を傾ける。白い喉を差し出すその姿は、自らの命すらも委ねているように見えた。
「ウィッ……」
ここで声をかけるのは野暮だろう。この前黒蜜に怒られたばっかりだ。
……ここで他の女の名前を出してしまうから、俺はモテないんだろうな……
彼女の唇は、緊張で少しかさついていた。
「……」
「こっ……これで、いいか」
「ドキドキしてる……変な感じ」
変な感じって……
「これで私のはじめては、ユキに奪われちゃったんですね……」
「人聞きの悪い言い方をすんじゃない……」
「ま、ユキは初めてじゃないですけどね」
「い!?」
「知ってますよ。アプリコットとキスしたことも、スーにキスされたことも、ルゥとイチャついてたことも、キリーを抱いたことも……」
「最後のは誤解だ!て、なんで知ってるんだよ!?」
「女の情報網をなめない方がいいですよ。あなたが場末の宿で女を抱いたって、次の日には私たち全員に知れ渡っていますから」
「ストーカーかよ!」
「これも愛ゆえです」
「愛が重い!」
「まぁ、それは冗談にしても……あなた、結構みんなからの好感度高いですからね。どこかその辺に女でも作ったら、スーあたりが泣きますよ」
「えぇ……それこそ冗談だろう」
「さぁ?気になるなら、自分で確かめてみてください」
確かめるったって……どうしろっていうんだ?
「さて……私は部屋に戻りますね。遅くまで付き合わせてすみませんでした」
「え、あぁ……」
「それでは、おやすみなさい」
「……なぁ、ウィロー!」
「はい?」
俺が呼び止めると、ウィローは顔だけ振り向いた。
「その……ウィローは、どうなんだ?」
「何がですか?」
「だから、その……好感度ってやつ」
「……くすっ。ヒミツ、です」
ウィローは唇に指を立てると、するりと部屋から出て行った。
「なんだよ……言うだけ言っといて……」
後には、釈然としない俺だけが残された。
けど、ウィローは憑き物の落ちたような、スッキリした顔をしていた。彼女の悩みが少しでも晴れたのなら、慣れない事をしたかいがあった……よ、な?
「〜〜〜ッ!」
やってしまった。
よりにもよって、ユキに迫るなんて。しかも諭されたばかりか、ききき、キスまで……
「うぁ……」
顔が熱い。さっきから心臓はドキドキと暴れっぱなしだった。私、変な顔してなかったでしょうか?
「けど……」
それ以上に、にやける顔を抑える事ができない。
どうしよう、嬉しい。
「キス一つで舞い上がるなんて……生娘のようですね」
あながち間違ってないのが虚しいですが……
それに、照れ隠しにみんなのことを話してしまいましたが、よかったでしょうか?もっとも、気付いて無いのはユキだけだったような気もします……
「……いいか。悪い男には、少し罰を与えましょう」
せいぜい悩んでくださいね、色男さん?
私はクスリと笑うと、静かに自分の部屋に戻った。
つづく
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