異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第71話/Holiday

第71話/Holiday

その次の日。事務所は、てんやわんやの騒ぎだった。最近こればかりだな。

「ゆ゛っ、ユギ、ユギざんぅわああぁぁ」

「落ち着け、落ち着いてくれって」

「ああぁぁぁん、よがっだあぁぁぁ」

「ルゥ。悪かったよ、心配させて。でもこの通り、無事に帰ってきたろ?もう泣かないでくれ」

俺は、号泣するルゥを必死に宥めていた。

「ユキったら、女の子を泣かしてばっかりね」

「なんだい、アンタそんなことばかりやってんのかい?女の敵だね」

「……勘弁してくれよ」

カカカッとポッド笑う。キリーはにやにや笑いながら、この場に俺だけを残してどこかに行ってしまった。くそ……

「うぅ、ぐず。ごべんなざい、もうべいきでずから……」

どう見ても平気じゃないが、ルゥはなんとか落着きを取り戻した。

「けどね、ユキ。この子の気持ちもわかってやんな。首都でヤクザの組が吹っ飛ばされたってのは、こっちでも話題になったんだ。それでもやっとキリーたちが帰ってきたと思ったら、お前さんはとっ捕まったっていうだろう?この子の落ち込み様といったら……」

「や、やだ、ポッドさん!ユキさん、気にしなくていいですから!わたしが勝手に心配しただけで……」

「けどここ最近、会いに行けてなかったから。ほんと悪かった、今度お土産でも持っていくよ」

「そ、そんな。わるいです」

「そうだよ、ユキ坊。物で解決しようってのはよくないね。男ならこういう時、誠意で示すもんさ」

「そうか?でも、誠意か……う~ん」

「なんだい、簡単じゃないか。ユキ、この子と一日デートしておやり」

「は?」

「へ!?」

「男の誠意をはかるのにはデートが一番だろう?どれだけ紳士的に振る舞えるかで、その男の器がわかるってもんさ。乳繰り合うだけが男女の仲じゃないんだよ」

「ばっ、俺だってそれくらい知ってるよ!」

「なら話は早いじゃないかい」

「いや、俺が良くてもルゥが嫌が」

「してくれるんですか!」

ガタン。
ずずいと詰め寄ったルゥの勢いで机が跳ねた。ぶつかった足は相当痛いはずだが、ルゥはまったく気にしていないようだ。

「え、いや、きみが……」

「わたしがおっけーなら、ユキさんはいいってことですよね!」

「そ、いや………………はい」

「……あきらめな、ユキ坊。ルゥのほうが一枚上手だ」

口は災いのもと、か……災いと言うにはあまりに贅沢すぎる内容だが。
赤と白の瞳をキラキラさせるルゥに手をつかまれて、俺は黙ってうなづくしかなかった。



「あっれ~?ユ~キ~、どこに行くの~?」

「……ちょっと出かけてくるよ、キリー」

「いってらっしゃーい。ところで~、何しに行くのかな~?」

「おまえもう分かってるだろ!」

そう。今日はルゥとデートする約束の日だった。
と言っても、正直なにもプランは立っていない。経験でもあれば良かったんだが、記憶をなくした俺には、あいにくとそう都合のいい思いではなかった。

「おや、ユキ。今日はずいぶん気合いが入ってますね。どなたとどこかへ行くんですか?」

「きみもか、ウィロー……勘弁してくれよ」

「ふふふ、すみません。ついからかいたくなってしまって」

「あ、それ分かるわかる!なんていうか、自分の息子の初デートを見守る気分っていうか……」

俺は自分より年下の母親を持つことになったようだ。

「しかし、ユキ……せっかくのデートなのに、スーツで行くんですか?」

「いや、だってこれしか持ってないしなぁ。けど、フォーマルだろ?」

デートといっても、今日はルゥの買い物に付き合うだけだ。荷物持ちみたいなものだし、これは誠意を示すためのデートだからな。

「……まぁ、男性はそんなに着飾ったりはしないかもですが。彼女ならその辺もわかってくれるでしょうし」
 
「けどユキ、だからって、あんまり素っ気なくしちゃかわいそうだよ?ルゥのこと、ちゃんと見てあげてね?」

「……ああ、わかってるよ」

ルゥが俺のことを憎からず思っているのは分かっている。そして、それにどう応えたらいいか分からない自分がいることも。
だけどそんな曖昧なまま、彼女の好意だけ安全圏から受け取るというのは卑怯な気がするのだが。

「まぁいろいろ言いましたが、深く考えずに楽しんでくればいいんじゃないですか?変に気を使われては、彼女も落ち着かないでしょう」

「そだね。じゃあユキ、がんばってね!」

「……ああ」

くそ、他人事だと思いやがって……こちとら、記憶の限りでは初めてのデートなんだぞ。花でも買ってったほうがいいのか?うぅ……


結局花は買わなかった。これから出掛けるのに、荷物があっちゃ邪魔だろう。
待ち合わせ場所は、ポッドの弁当屋だった。スーは事務所まで来ると言い張ったが、俺が頑なに断った。さすがにそれくらいのプライドはあるのだ、俺にだって。

「お……」

店の前に、バッグを抱えた女の子が一人。ずいぶん早いな、時間にはまだずいぶん余裕があるっていうのに。

「ルゥ。悪い、待たせたか?」

「あっユキさん!」

俺を見つけるなり、ルゥがたたたっと駆け寄ってきた。
向日葵色のワンピースの裾が、ひらひらとはためいている。頭にはつばの広い帽子をかぶり、まるで初夏を思わせるような明るい格好だった。

「ごめんなさい、全然待ってないです!ただ、居ても立ってもいられなくって。ユキさんこそ、迎えに来てくれてありがとうございます」

「これぐらいなんてことないさ。さて、行こうか」

「はい!」

「……あ、それと。言い忘れてたが」

「はい?」

「似合っているよ、その服。元気なルゥが見れて、俺もうれしい」

「ユキさん……ありがとうございます!」

ルゥは服と同じ、向日葵のような笑顔を咲かせた。
『服をよく見て、きちんと感想を言ってあげること』。昨日、アプリコットにさんざん教え込まれたことだった。第一ステップはクリアだな。問題はこの先か……

「あ、ユキさん。ユキさんは、今日どこに行こうって決めてました?」

「え?あぁいや、それはだな」

「あの、もしよかったらなんですけど。わたし、行きたいところがあって。いっしょに来てくれませんか?」

「へ?ああ、もちろん構わないよ」

よかった、行き先は考えてなかったから好都合だ。
俺はルゥに続いて歩き出した。

「あ、あの……」

「ん?」

「いえっ、そのぅ……」

ルゥは手を握ったり開いたり、もじもじしている。

「……ルゥ。よかったら、手でも繋がないか?」

「!あ、は、はい!お願いします!」

ルゥがおずおずと差し出した手を、俺はそっと握った。
きゅっと握られた手を見て、ルゥははにかんだ笑顔を見せた。
ルゥが喜んでくれるなら、たまには柄じゃないのも悪くないよな。

ルゥが行きたがったのは、小さな商店だとか、古めかしい古書店だとか、なかなか渋いスポットだった。前者では箒を、後者では医学書だろうか、分厚い本を熱心に読んでいた。

「ごめんなさい、つまらない場所ばかりで……」

「いや、そんなことはないさ。ちょっと意外ではあったけどな」

「わたし、町を自由に出歩いたことがないんです。だから、どこに何があるのか知らなくって。前にポッドさんに聞いていたお店がここだったんです」

なるほど、ポッドが店の備品を買うような場所だったのか。通りで渋い……
けど正直、ホッとしてもいた。いかにもデートスポットに連れていかれたらどうしようと思っていたから、ずいぶんリラックスできていたと思う。ルゥも終始にこにこと楽しそうだった。

「あ、ユキさん。ちょっと寄って行きませんか?」

時刻がお昼時を回ったころ、俺たちは忘れ去られたようなちいさな公園にやってきていた。見上げるほどに大きな木が、屋根の様に公園の半分以上を覆っている。その根本に、ポツンと一脚ベンチが置かれていた。

「ルゥ。公園もいいが、そろそろ昼にしなくていいのか?」

「あ、じつはそのためによってたりして……」

「うん?」

「あの、もしよかったら、今日お弁当を作ってきていて……」

「あ、そういやいつかに約束したな。弁当を食べさせてもらうって」

「お、覚えててくれました!?」

ルゥは瞳を見開いて、ずずいと詰め寄ってきた。

「チャンスだとおもって持ってきちゃったんですけど……ユキさん、食べてくれますか?」

ルゥはバッグで口もとをかくしながら、おずおずと上目づかいに言った。
くっ……この子、分かっててやってるんじゃないか。

「……誉れ高い大役だな。いただくよ」

「ど、どうぞ!そんな大したものじゃいないですけど……」

ルゥがバッグから、弁当の包みを二つ取り出した。片方だけ倍くらいでかいぞ。

「お、男の人はたくさん食べるからって、ポッドさんが……」

「まぁ、そうかもな。俺も食うほうだから、ありがたいよ。……じゃ、いただきます」

「め、めしあがれ……」

包みをほどくと、中身は素朴なお弁当だった。
ルゥが懸命に作ったんだろう、おかずはどれもやや不格好で、苦闘の跡が見えるようだ。俺も詳しいほうではないが、スーが料理上手だったもんだからな。目が肥えているんだろう。

「す、すみません。わたし、ぶきっちょで……」

「いや、頑張って作ってくれたのはわかるよ。それに料理は味が決め手だしな。どれ……」

俺は少し焦げてる卵焼きをつまむと、おもむろにほおばった。
もぐもぐ咀嚼する俺の様子を、かたずを飲んでスーが見守る。
ごくん。

「……うまいな」

「ほっ、ホントですか!」

「ああ。うそじゃない」

正直、俺も驚いていた。多少の大味は大目に見ようと思っていたが、これならその必要もなさそうだ。
確かに、完成度だけなら市販にも劣るだろう。実際、味が絶品というわけではない。しかし、どうにも癖になるというか……おふくろの味、みたいなもんだろうか。

「うん、うまい。ぺろっといけそうだ」

「よ、よかったぁ……ポッドさんに教わってよかった」

「ん、ポッドが料理の先生なのか?」

そういえば、いちおう弁当屋の主人でもあるんだもんな。料理ができなきゃしょうがないか。

「はい。ポッドさんは、料理苦手らしいんですけど……」

「おいおい……」

それでいいのか、弁当屋。

「けど、いろいろ教えてもらっていて、今回のお弁当にも“秘密の隠し味”をいっぱい入れたんですよ」

「へぇ。どんなのなんだ?」

「ん、ん~と……ひみつ、です」

ルゥはいたずらっぽく笑った。
なんだろう。ポッド直伝の隠し味……惚れ薬でも入ってるんじゃないだろうな。

つづく

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