異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第67話/Sneaking

第67話/Sneaking

「さて……みんな、どうだった?」

ここはパコロから少しはなれた町、ロット。その街角の一角で、俺たちは額を付き合わせていた。

「聞き込みした限りでは、噂は本当のようですね。市民は一様に、彼を恐れているようでした。あ、そうそう。名前もわかりましたよ。彼はラミー町長というそうです」

「ラミーか……こっちも似たような反応だったよ。めったなことは話せないっていう雰囲気だったな」

「うーん、困りましたね。わかったのが名前だけじゃあ……」

「ふっふっふ。ならいよいよ、あたしたちの出番みたいね」

「ちょ、ちょっと。アプリコットちゃん……」

ふふん、と胸を張って、アプリコットが進み出た。反対に、スーは背中を丸めてちぢこまっている。

「二人はペアで行動していましたね。その様子だと、大物ですか?」

「ええ。スーがでっかいのを釣り上げたわ!」

「もぉ~、そんなことないったら……」
 
「なになに?どんなこと!」

アプリコットはちらりとスーを見ると、説明を始めた。

「ここの町長って、大の女好きで有名みたいでね」

「……のっけから飛ばしてますね」

「そう?それで、毎晩夜の街に繰り出してるみたいなんだけど、今夜は行きつけの店に行くんですって」

「行きつけ?」

「『トラントカラン』。この町でも有数のショーパブだそうよ」

「じゃあ、そこに行けば……!」

「色ボケ町長の顔を、拝めるってわけだな」

「すごいじゃん!スー、どうやってこんな情報仕入れたの?」

「え!?いや、それは……」

スーは気まずそうに視線をそらしてしまった。

「……スーの色仕掛けにやられたのよ」

「わぁ!あ、アプリコットちゃん!」

口があんぐり開いた。色仕掛け?スーが……?

「ち、違うからね!アプリコットちゃんがテキトウ言ってるの!わたしは何にもしてないったら!」

「あら、あながち嘘でもないじゃない?」

「ど、どういう……?」

「う~ん、簡単に言うとね。声かけたオヤジが、スーにポッドぼれしたのよ。んで、たまたまソイツが役所の人間だったの。おかげで色んなことをベラベラしゃべってくれたわ」

「おぉ……すごいラッキーだな。スー、また刺青でも使ったのか?」

「た、たまたまだよぅ。それにポッドぼれなんてこともなかったよ。わたしだけじゃなくて、アプリコットちゃんも隣にいたし……」

「あら?あいつのお目当ては間違いなくあんただったと思うけど?」

「え」

「だって、あいつったらスーのふとももばっかりジロジロ見てたもの。分かりやす過ぎよね」

「っ!」

スーは顔を真っ赤にして、自分の足をバッと隠した。

「ま、まぁいきさつがどうであれ……貴重な情報だよ。二人ともお手柄だ」

「あ、あはは……役に立ててよかったよ」

「けど、じゃあ店に行ってそのラミーとかいうのに会ってみるの?わかってるとは思うけど、会ってお話しさせてください、あわよくばマフィアの内情を教えてくなんて、とてもじゃないけど……ねえ?」

「ああ……それなんだけど、その……」

「?なによ、言い淀んで」

方法なら、思いついている。ラミーの“弱点”を突くのが一番効果的だろう。
しかし、これを頼むのはどうにも気が引けるというか……

「ユキ、君の言いたいことはわかるよ」

「何よリル、勿体付けないで言いなさいよ!」

「つまりだ、町長は女好きなんだから、誰かが誘惑してやればいいと思わないかい?今度は本当に色仕掛けをしかけようというわけだ」

「あ……」

「……まあ、そういうことだ。前、キリーに似たようなことをやってもらったけど……」

「え!?センパイ、そんなこと頼んだんですか!?」

「い、いやその……だから気が引けたんだよ。俺だって乗り気なわけじゃ」

「んー?そうかな」

きょとんと言ったのは、当の本人であるキリーだった。

「別に、ちょっとえっちなかっこしたり、触られたりするくらいだよ?」

「そうですよ。ハニートラップなんて常套手段じゃないですか」

「……この人たちと一緒だと、ウチの倫理観が歪みそうっす」

「いや、たぶん黒蜜が正しいよ……けど、そうも言ってられないな」

俺はみんなを見渡した。

「悪いが、今回はそれでいこう。ただし、前みたいなチンピラのひっかけとはわけが違う。もっと危険だ」

ごくり。誰かがのどを鳴らす。

「まず、今回のターゲットは重役、それもマフィアの幹部クラスとつながりのある権力者だ。こっちの正体がバレたら最後、何をされるかわからない。失敗したら、それまでだ」

前回なら、やり直せばよかった。が、今回はそうもいかない。

「それに、かち合う場所はそいつ行きつけの店になる。前みたく、人気のない路地裏ならいつでも助けに行けたが、店内だとそうもいかない。個室に行かれたら、それこそ手の出しようがなくなる」

二つ目の懸念はそれだ。うまくヤツに気に入られたら、まず間違いなく人気のないところに連れ込まれるだろう。聞き出したい内容的にも、騒がしいところじゃ聞きづらいからな。
だがそうなると、ハニー役は自力で脱出しなくてはならなくなる。どのタイミングで突入したらいいか、俺たちにはわからなくなるからだ。

「だから、最悪男を張り倒してでも逃げてこれるくらいが適任だと思うんだが……」

俺は、今一度みんなの顔をぐるりと見まわした。

「ケンカの腕なら、ウィローが一番だが……」

「じょ、冗談じゃありませんよ!いや、別に潜入して張り倒してくるだけならいいですけど……あ」

ウィローは手をバタバタさせたが、何か思いついたようにポンと打った。

「そうですよ。色仕掛けじゃなくて、拷問で聞き出すのはどうですか?それなら私で十分です」

「うーん……けど、拷問するためには、まずラミーを連れ出さなきゃダメじゃないか?」

「あ……」

「やっぱりある程度は付け込まないと、ごり押しじゃきついと思うんだ。そこだけなら、どうだ?」

「……すみません、正直自信はないです。色目なんて使ったこともありませんし、私自身、こんなですので……」

ウィローはため息一つ、両手を自分の胸に当てた。

「くっ……揉めもしないなんて……!」

「わ、わかった。それについては議論はよそう。となると、ステリア。次に強いのは、きみだ」

「……まあ、そうなる」

俺はステリアを見据えた。
銀色の髪に色白の肌、長身にすらりとした手足。おまけに武器(正しくは工具だが)の取り扱いは天下一品。この中では、一番の適任だと思うのだが……

「私も、行くのは構わない。けど私なんかじゃ、魅力が足りない?」

「え?十分きれいだと思うが」

「い、今はそういうのいいから!じゃなくて、なんていうか……」

ステリアは珍しく視線をさまよわせると、未だに俺の腕に抱き着くキリーを指さした。

「私は、メイダロッカ(キリー)みたいに素直に好意を寄せることができない。()黙ってるだけならいいけど……しゃべるとなると、ぼろが出る自信がある」「私は、メイダロッカ(キリー)みたいに素直に好意を寄せることができない。()黙ってるだけならいいけど……しゃべるとなると、ぼろが出る自信がある」「私は、メイダロッカ(キリー)みたいに素直に好意を寄せることができない。()黙ってるだけならいいけど……しゃべるとなると、ぼろが出る自信がある」

ああ、なるほど。要は愛嬌がないといいたいんだ。確かにステリアはクールだし、にこやかに笑うところは見たことがなかった。そういうのがタイプの男もいるとは思うが……

「けど、キリーとスーだといざという時が……二人とも、男一人くらいだったら、どうだ?」

「け、ケンカは無理だよぉ。朝だったら、まだ可能性はあるけど……」

「パブが早朝にやってるわけないしな……キリーは?」

「うーん。実際に試してみようか」

え?
言うが早いか、キリーは俺の手を取り、それをおもむろに自分の胸へと押し当てた!

「うわ、ばか!何やってんだよ!」

「ん!ん~!」

「んじゃなくて!離しなさい!」

俺はキリーの腕をつかむと、無理やり引っぺがした。
ぐ、目が白黒する。指がふにゅんと沈み込む感覚がまだ残っている。

「あ~あ、やっぱダメかぁ」

「な、なんなんだよいきなり」

「ねぇユキ、いま唐獅子の力は使った?」

「使うわけないだろ。キリーに使ったら危ないよ」

「だよねぇ。だったらわたしも、やっぱり無理かなぁ。男の人に力づくでこられたら、抵抗できそうにないや」

あ、そういうことか。今俺は、普通の力でキリーの腕を振りほどいた。それは逆に、キリーは男に腕をつかまれたら振りほどけないってことだ。

「相手にもよるだろうけど、きっと極端にヨボヨボひょろひょろってことはないよね?」

「そうだな。仮にそうだとしても、甘い推測はしないほうがいいだろう。他の連中に乱入されるかもしれないしな」

「そっかぁ……じゃあやっぱり、わたしたちはNGだね」

そうなると、残りはアプリコット、リル、黒蜜だ。
アプリコットはケンカってガラじゃないし、リルの実力は未知数だ。黒蜜は警官だから、ひとしきりの武術は心得ているだろうが……果たしてOKするだろうか。

「どうしたものかな……」

「……じゃあ、あたしが行くわ」

「え」

名乗り出たのは、アプリコットだった。

「だって、きみもいざとなったら危ないだろ?」

「そこなんだけどね。たぶん、うまくいくと思うわ」

「え?アプリコット、なにか護身術でもやってたのか?」

「ん~……それよりよっぽど強力なやつね。きっとユキだってイチコロなはずよ」

お、おお……知らなかったが、アプリコットにそんな特技があったのか?

「よし。話は纏まったみたいだね」

「ですが、アプリコット。本当にいいのですか?あなたの腕前はわかりませんが、危険は付きまといますよ?」

「それはみんな承知の上でしょ。それに男を手玉に取るなら、きっとあたしが一番うまいわ。自慢にもならないけどね」

アプリコットは自虐的に嗤った。
風俗街のボスだった、自分のことを言ってるんだ。

「それなら、今夜にでも実行に移したらどうだい?鉄は熱いうちにっていうだろう?」

「そうですね。なら計画を立てましょうか」

「待ってくれ。その前に、ちゃんと実力を見てみないと……」

「ユキ」

ぐっと、キリーが腕を引っ張った。

「アプリコットは大丈夫だよ。わたしが保証する」

「え?キリー?」

「ほら、組長がそう言ってるんだから、大丈夫よ。ウィローほど腕が立つわけじゃないけど、何とかできると思うわ」

「そう言うなら、信じるが……」

それでも、一抹の不安はぬぐえない。アプリコットが、ウソを言ってるんじゃ?彼女は自分を犠牲にして、プラムドンナを守っていたから……

「ユキ」

キリーが、またしても腕をちょいちょいと引いた。

「ユキ、アプリコットね。刺青を使おうとしてると思うの」

「え?刺青って、アプリコットのか?」

「うん」

ああ、そういえばアプリコットも墨を入れてるんだっけ。すっかり忘れていた。

「じゃあ、それであんなに自信満々なのか。それならそうと言ってくれればいいのに」

「うん……ユキ、あんまりアプリコットに、そのことを聞かないであげて?」

「え?どうしてだ?」

「お願い。アプリコットから話すまで、待ってあげてほしいんだ」

「あ、ああ。構わないが……」

キリーは、ぎゅっと俺の腕を抱いた。いったい、どうしたんだろう……?

「ほら、ユキとキリーも作戦会議に参加してください」

「あっと、すまない」

なんだかよくわからないが、今はアプリコットを信じるしかなさそうだ。俺は頭を今夜のことに切り替え、計画を練り始めた。
しかし……心のもやは、晴れるどころか、より一層増すばかりだった。

つづく

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