異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第60話/Jail

第60話/Jail

カツーン、カツーン。
冷たいコンクリの床に、足音がこだまする。

「……おい」

ピタリ。足音がどこかで止まった。

「おい!聞いてるのか、三百二十一番!」

……どうやら、止まったのは俺の部屋の前のようだった。

「起きろ、三百二十一番!起床の時間だぞ!」

「……あんたは、真夜中に起きて、太陽が一番高くなるころに眠る生活をしてるのか?」

「おっと、そうだったな。悪い、昼と夜を間違えちまった」

ガハハハ!そいつは、馬鹿みたいに大声で笑った。薄暗い地下で大声を出すものだから、だみ声がこだましてうわんうわん鳴っている

「……起きてるよ。起きてるから、さっさと次の場所へ向かったらどうだ?」

「ふん、偉そうに。囚人の分際で、指図するな!」

男は腹いせに、鉄格子を思い切り蹴り飛ばしていった。ガシャ-ン!

「ったく、くだらないことしやがって……ふわあ」

俺はあごが外れるかと思うくらいの大あくびをした。
ここは、看守曰く“地下ゼロ階”らしい……つまりは、罪人がぶち込まれる監獄だ。

「よくもまぁ、毎日あきもせずに……看守って、そんなに暇なのかな」

俺は手枷のはまった腕をジャラジャラいわせながら、うーんとのびをした。俺の両手両足には鋼鉄製の枷がはめられている。そこにまるで船でも停めておくような、でっかい鎖が繋がれていた。俺の怪力を警戒してか、とんでもなく厳重な収容体制だ。

「ふわ……くそ、眠い……」

おまけに、俺に力をつけさせないようにか、連日のように意味もなく起こされる日々が続いている。日の差さない地下牢では、何日が経過したのかもさっぱりだ。

「ま、しょうがないか。あれだけ派手にやりゃな……」

あの時、キリーたちと別れてから、俺は暴れに暴れ回った。俺を中心にして、警官隊は台風の渦のように数を増していき、最終的には通りを埋め尽くすほどの物量になっていた。
お祭り騒ぎは数時間にもおよび、とうとう俺が力尽きたところで、お縄になったのだった。

「くわあぁぁぁ……ああ、それにしても眠い!」

「……うるさいぞ!いい加減に寝かせてくれないか!」

「うお!」

ビックリした、なんだ?俺しかいないはずの牢屋から、女の声が聞こえてきたぞ?
牢の中を見渡しても、人影は見当たらない。ベッドすらない部屋のなかには、寝具だろうか、汚い毛布の山がこんもり積まれているだけだ。俺一人にあてがわれたにしては広いと思っていたが……

「まったく、巻き添えを食らうこっちの身にもなってくれないか……ここ最近はずっと寝不足なんだぞ」

もそりと、部屋のすみに置かれていた毛布が動いた。毛布は玉ねぎのようにぽろぽろ剥けていき、やがてその下から、藤色の髪の女が姿を現した。

「あ、あんた……いつからそこに?」

「何を言ってるんだ。きみより先にここにいたよ……もっとも、私もきみと話すのはこれが初めてだがね」

女性はもそりと毛布から抜け出すと、長い髪をバサバサと揺すった。

「はしたないのは許してくれよ。私もコイツ持ちなんだ」

そう言って掲げて見せた腕には、鎖付きの手錠がはまっている。俺の物よりはよっぽど細いが、それでも厳重な拘束具合だ。

「しかし、ここが相部屋になるのもずいぶん久々だな。きみ、何をやらかしたんだい?」

「え、いや俺は……」

「いやいや、みなまで言わないでいい。ここに来るのは相当悪さをしたやつに決まっているからね。そうだな……食い逃げでもしたのかな?」

「……違うよ」

「そうかい……まあいい、それよりきみの名前は?」

「へ?」

「いつまでもきみと言うのも他人行儀だろう?」

な、なんなんだこいつ……今会ったばかりなら他人で正しいんじゃないか?だが女は、そんなことかけらもかんじていないようだ。

「……ユキだ」

「ふむ。ユキか。それでユキ、きみは何をしてここに連れてこられたのかな?」

「それは、今話さなきゃいけないことか?」

「おいおい、つれないな。どうせここには睡眠くらいしか娯楽がないんだ。ましてや、今はそれすらも失われている。だったらせめて、お喋りに興じてもいいじゃないか。あ、話題が気に入らないなら変えても結構だよ」

ぐ……暗に“お前のせいで寝れないんだから暇潰しに付き合え”と言われてるな。

「はぁ……わかったよ。といっても、心当たりなら数えきれないな。器物破損、暴行、公務執行妨害……」

「おやおや、なかなかの武勇伝だね。けれど、逮捕される時に罪状を読み上げられただろう?それは何だったんだい?」

「へ?」

「うん?」

「あれ、そういえば……俺、そんなの聞いてないぞ。なんの罪で逮捕されたんだ?」

「おいおい……」

めちゃめちゃに暴れたのが原因なのは確実だが、きちんと罪状を聞かされた覚えがない。器物破損?暴行?それともスーの誘拐容疑だろうか? 

「それなら、そうなったいきさつを聞かせてくれよ。話を聞けば、きみの罪も分かるだろうさ」

「……まぁ、確かに退屈だしな」

誰かに語ることでもないが、どうせ監獄の中でしか会うこともないだろうしな。

「あ、ところで。あんたの名前は?」

「私か?そうだな……リルとでも呼んでくれ」

「……少し考えただろ」

「あっはっは!なぁに、小さなことさ。それより、聞かせておくれよ、ユキの武勇伝を」

「そんなに大したものじゃないよ。けど……」

薄暗い牢獄のなか、俺はぽつぽつと語りだした。



「……というのが、俺がこうなったいきさつだよ」

「ふぅむ……」

「なんだよ……話せと言ったのはあんただぞ」

「ああいや、すまない。実に興味深い話だったよ。特にその、刺青……だったか」

「そうだな。結構珍しいものらしいから、知らなくても当然だ」

「うん……なあ、その背中の刺青、見せてもらってもいいかな?」

「え?かまわないが……俺には無理だぞ、この腕だ」

俺はぐるぐる巻きの腕をボスンと投げ出した。

「わかってるとも。どれ、ちょっと失礼するよ……よっと」

リルは鎖をジャラジャラ引きずり、こちらへにじり寄ると、俺の囚人服をのそりとめくりあげた。

「ほぉ……見事な獅子だね。少し変わったデザインだが?」

「ああ。俺の墨は唐獅子なんだ」

「カラジシ……なるほど、それが並外れた力の理由かもしれないな」

「さてな。俺にもわからないよ」

「ふふ……ところで、この刺青は誰が彫ったんだい?その辺でほいほい彫れるモノでもないと思うが」

「ん、知り合いに掘り師がいてな。そいつに彫ってもらったんだ」

「ほう?依頼して、正式に彫ってもらったってことか?」

「ああ。それ以外にないだろ」

「はっはっは、そうか。ならよかったよ、こいつを使うこともなくって」

え?
リルが俺の背から離れると、その手には鋭く砥がれたフォークが握られていた。

「な、おい!」

「安心してくれ、なにもしてないし、もうする気もないよ」

「……“も”ってことは、さっきまではあったのかよ」

「ははは、過ぎたことさ。しかし、悪かったね。どうにもこのテの墨を入れてる手合いには危ない奴が多いものだから」

「……どういう意味だ?」

「その刺青は珍しいものだと言っただろう?珍しいものを手に入れるためには、それなりのツテがあるか、もしくは暴力しかない。実際、私は無理やり彫師に墨を入れさせた連中を多く見てきた。それ以来、墨持ちは警戒するようになってしまたのさ」

「……俺は、そんなことしてない」

「わかっているとも。それに、その墨の刺し方には見覚えがあるんだ。無理やりでないのであれば、きっときみは“あの子”と親しい関係なのだろう」

なに?この女、まるでステリアを知っているかのような口ぶりだ。

「あんた、この墨を彫った人を知ってるのか?」

「知っているとも。銀髪で、氷のように透き通った青い瞳の女の子だ。年は、十七、八くらいじゃないかな?」

「おお、どんぴしゃでステリアだ!」

「ほお。あの子は……ステリアというのか」

「え?……知り合いなんじゃ、ないのか?」

「もちろん。ただ、我々の関係は少し複雑でね。ちょうどいい、今度は私が話そうか」

リルは毛布の上まで戻ると、壁にもたれて、ゆったりと足を投げ出した。



「……私とあの子の関係は、親子であり、師弟であり、友人であったんだ」

「……は?」

「あの子は、幼いころから天涯孤独で、身寄りがなくってね。あの子……いや、ステリアか。ステリアには姓が無かったろう?」

うん?そうだったかな。確か、初めて会った時に聞いたような……

「いや、確か姓を名乗っていたぞ。たしか……LLL。スリーエルと言っていた」

「なんだって?そんなはずは……いや、そういうことか」

くくく、とリルは笑った。

「どうしたんだ?」

「いや、すまない。彼女もああ見えて可愛げがあるもんだな、と思ってさ」

「可愛げ?」

「ああ。わたしのフルネームは、リリー・ルレスス・ライムライトというんだ」

「それがどうし……ん?」

リリー・ルレスス・ライムライト……それぞれの頭文字は、Lily(リリー)・Luminous(ルレスス)・Limelight(ライムライト)だ。リリー・ルレスス・ライムライト……それぞれの頭文字は、Lily(リリー)・Luminous(ルレスス)・Limelight(ライムライト)だ。

「あ!スリーエルって、そういうことか?」

「ふふっ。あの子は不愛想だったが、一応私のことをどこかで想ってくれていたみたいだな」

「え、じゃああなたは、ステリアの母親……?」

「おいおい、ステリアは天涯孤独だと言ったろう。いわゆる育ての親ってやつだな」

おお、だよな。牢屋のすすで薄汚れているが、リルは見た限りではまだまだ若い。とてもステリアほどの子どもがいるようには見えない……見えないよな?

「……きみ、何か失礼なことを考えてないかい」

俺の視線に気づいたのか、リルがじとーっと睨む。

「あ、いや、そんなことは。えっと、リルはお母さんじゃないんだったな」

「ああ。子どもは産んでみたいとは思うがね」

「は?」

「私は金と時間さえあれば大抵のものは作れる自信があるが、あれだけはどうやっても一人じゃ無理だった……けどそれじゃ、癪に障るだろ?できなかったを遺して生涯を終えるなんてさ」

「いや、授かり物はしょうがないんじゃ……」

「そうかい?あ、そうだユキ。ここじゃ難しいかもしれないが、もし都合が合えば、いっしょにこづ……」

「遠慮する。……それより、ステリアとはどうなったんだよ?」

「ああ、その話だったね。私はステリアがまだこれくらい小さかった時に出会ったんだ。それ以前のことは知らないが、その時点で彼女は独りだった。私も経済的に余裕があった訳じゃなかったんだが、彼女の目に一目惚れしてね。彼女を育てることに決めた」

「そ、そんな理由で……」

「当時は私も青かったからね。ただ幸い、ステリアはとても大人びて、聞き分けのいい子どもだった。私に手間をかけさせることはほとんどなかったよ」

「へぇ。小さな頃からそうだったんだな。じゃあ子育てはずいぶん楽だったんじゃ?」

「いいや、実に大変だった」

「あれ?そうなのか?」

「うむ。人間っていうのは、大人だろうと子どもだろうと、多かれ少なかれ手間がかかる生き物だろう?だがそれによって、我々は理解を深め、親密になっていくんだ。彼女にはそれがなかったからね。お互いを理解しあうのに大分苦労したよ」

そうか……手がかからないということは、それだけつながりが希薄だということだ。

「だがその後は、それなりに親密になったつもりだよ。その頃だったかな、彼女に怒られたのは。くくくっ、ずっと“きみ”と呼んでいたものだから、他人行儀だってね」

「ああ、それで……」

「その時は仕方なかったんだ。なにせ、彼女には名前が無かったから」

「名前が、ない?」

「そう。彼女が自分の名を覚える前に、彼女の名を呼ぶ人物がいなくなってしまったんだよ。それならと自分の名は自分で決めさせることにしたんだが、その名を聞く前に私はここへ放り込まれてしまった」

「……あんた、何者だ?ステリアと出会ってから、何をしていたんだよ?」

「ふふふ……さてね。万引きか、スリか、強盗(ゆすり)か……もしかしたら、殺人かもしれない」「ふふふ……さてね。万引きか、スリか、強盗(ゆすり)か……もしかしたら、殺人かもしれない」

殺人……俺は無意識のうちに、拳をぎゅっと握りしめていた。

「……ふふ、冗談だよ。だが、遠からずも近からずだな。私の罪状は、いちおう雑人未遂だから」

「……どういう意味だ?」

「私は、まぁいわゆる、何でも屋だったんだよ。その一環として、刺青の仕事もしていたんだ」

「え?あんたも彫師なのか?」

「そう捉えて問題ないよ。だが完全に独学だったから、一般と比べてどうかは保証できないがね」

「そうか……ステリアの師匠ってのは、あんたのことだったのか」

「まあね。ただ正直、あの子の方がセンスはあると思うよ。呑み込みが早くて驚いたものさ……私は墨の継ぎ足ししか能がなかったからね」

「継ぎ足し……一度入れた墨に、手を加えるってやつか?」

「そう。彫師の中では禁じ手とされ、忌み嫌われる手法さ」

「そうらしいな」

「墨には、彫師の魂が宿っている。その魂を汚す二度墨はご法度であり、不幸を招くとされるのさ。ばかばかしいだろう?私は欠片も信じちゃいなかったよ。おかげでこの界隈ではずいぶん嫌われたがね」

「はは……だろうな」

「まぁ根拠も信憑もないんだが……しかしなぜだか、私が墨を入れた人間は非業の死や、不可解な失踪を遂げることが多くてね」

「おいおい、まじかよ……」

「ははは。とうとう客からも気味悪がられて、嵌められる形で監獄行きというわけさ」

「あ、それで殺人容疑か」

「そういうこと。他にも細々と法には触れていたから、目を付けられてしまってね。気付けばずいぶん長いことここにいるよ」

「なるほど……ん?」

そういえば、俺がステリアに刺青を彫ってもらった時、彼女はキリーの墨は師匠が彫ったって言ってなかったか……?

「リル。あんた、メイダロッカ組の組長の刺青も彫ってないか……?」

「うん?いいや、その記憶はないな。彫った墨のことはすべて覚えているが、彼のは私じゃないぞ」

「彼?あ、そうか。すまない、今は組長が代替わりしたんだ。キリーっていう女の子なんだけど」

「ああ、彼女か。うん、彼女のは私の作品だ」

「ああ、やっぱり……」

確証こそないが、そんな不吉な刺青だったなんて。このことは、キリーには黙っておいたほうがよさそうだ……また会う機会が、あればの話だが。
だがそんないわく付きの刺青なら、少し気になるな。あの夜、キリーがおかしくなった時、彼女の背中からは“闇そのもののような光”が溢れ出ていた。まるで、彼女の刺青から湧いてくるように……

「……リル。これが失礼なんだってことは、ステリアから聞いてる。だがそれを承知で、聞かせてほしい」

「ほう?なにかな?」

「あんたは、キリーの背中に、いったい何を彫ったんだ」

俺の質問に、リルは一瞬目を丸くしたが、すぐに試すような目つきで俺を見定めた。

「ほぉ。それは柄が気になる、ということかな」

「いいや。あんたがキリーに何を施したのかが知りたいんだ」

「ふむ。なにやら、確信めいたものを感じるね。なにか、見たのかな?」

「ああ。彼女がおかしくなるのを見た。まだ黒と確かめたわけじゃないが、刺青が無関係だったとは思えないんだ」

「そうだね。ユキ、きみの推測は正しいと思うよ。私もアレが、普通の墨だとは思っていない」

「やっぱりなにかあるのか?教えてくれないか、それがなんなのかを」

「いや、残念だがそいつはできないな……おっと、意地悪で言ってるんじゃないよ。私にもわからないんだ」

「わからない……?」

「ああ。彼女の刺青は刺したとたんに、黒く渦巻いて柄を覆い尽くしてしまったんだ」

「黒く……」

「そう。彫った私にも、あれが何なのか説明できない。そういう意味で、あの墨は普通じゃないのさ」

「そうか……」

やはりキリーの変貌には、その黒い刺青が関係あるのだろうか……

「あ、それなら……」

俺が話を続けようとした時だった。

「おい。三百二十一番、来い!」

格子の向こうで看守が叫んでいる。

「……呼び出しみたいだね」

「ああ。すまない、戻ってから続きを聞かせてくれ」

「ああ。なあに、時間は持て余すほどにあるさ」

リルはそれだけ言うと、もぞもぞと毛布にくるまった。
ち、しょうがない。まだ聞きたいことはあったんだが。

「……無事に戻ってこれたら、ね」

「……?」

「おい、もたもたするなよ。俺はお前らと違って忙しいんだ!」

リルが何かつぶやいた気もしたが、上手く聞き取れなかった。なんて言ったんだろう?
俺が格子のほうまで近づいて行くと、看守はガチャリと牢屋の戸を開いた。

「出ろ」

「へぇ。どういう風の吹きまわしだ?今までは檻の中ですら自由に動き回れなかったってのに」

「いちいちうるさいぞ!口の減らないヤツめ。……お前に面会だ、さっさとしろ」

続く

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