異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第49話/Interview


「スー……本当に、スーなんだよね……?」

「キリーちゃんまで……もう、探さないでって言ったのに」

スーは困ったように笑うと、後ろに控える黒服の男たちに声をかける。

「ごめんなさい、少し外してくれませんか?」

「……お嬢様、それは」

「少しだけですから。まだ時間はあるでしょう」

「……お嬢様。ご自身の身分をわきまえてください」

「……はぁ、わかりました。可能な限りの範囲でいいから、離れて待っていてください。わたしも、あの人たちには近づきませんから」

「……かしこまりました」

スーが言い聞かせると、黒服たちはしぶしぶと言った様子で、数歩後ろに下がった。
俺は、スーと向かい合った。俺の目に映るのは、いつもと同じ、金色の髪の少女の、はずだ。けれど、ならどうして、こんなにも彼女を他人のように感じるのだろう。

「……スー。なにか事情があるんだろう?一人で抱えないで、いっしょに考えよう。だから」

「何言ってるの?ユキくん」

「え?」

「わたしは、自分で決めたの。ヤクザを、組を、抜けることを」



「……どういうことなんだ」

「どうもこうも、さっき言ったはずだよ?」

「それじゃあ、答えになっていない!」

目の前の彼女は、不敵に笑うばかりだった。 

「あんまりしつこいと、女の子にモテないんだよ?ユキくん」

ふわりと、柔らかな金髪が夜風に揺れる。金色に輝く建物を背にして、彼女はただ静かに微笑むばかりだった。

「さようなら、ユキくん。わたしは、組を出ていくよ」

「……どうしてなんだ、スー!」



「どうして?そんなの分かりきってる。先の無い組いるより、ここにいる方が将来安泰でしょう?」

彼女の言っていることは、正しいと思った。俺だって、ここに来て間もない頃だったらそう考えただろう。けど、俺たちはこれまで、いっしょにすごしてきた。いっしょに闘ってきた。

「……そんな理由を、信じられるわけないだろ!」

「別に信じてくれなくていいよ。どっちにしたって、わたしは出ていく」

「スー!どうしちゃったの?戻ってきてよ!わたし、いやだよ……!」

「……ごめんね」

キリーの悲痛な叫びにも、スーはうつむくばかりだった。

「……っわたし、もう行くね!今まで、お世話になりました……!」

きびすを返して、スーは駆け出してしまった。

「スー!待って!まだ……」

キリーがなおもスーを追おうとすると、黒服たちがさっと立ちふさがった。

「通して!」

「これ以上、お嬢様に近寄るな」

「知らないよ、そんな事!だいたい、あんたたちはスーのなんなの!」

「それに答える義理はない。とっとと帰れ」

「こっのぉ……!」

「キリー!」

俺はキリーの袖を引いた。

「なに!今大事な話を……」

「キリー、見ろ。あっち、あのむこうだ」

キリーは肩を怒らせながら、俺が指さした方向を見る。その先には複数人の黒服が佇み、こちらへ睨みを利かせていた。

「相手の数は目の前だけだって思わない方がいい。うかつに手を出すと、下手したら、向こうで待っているウィローたちにも危険が及ぶかもしれない」

「うぅー……」

キリーは歯をギリギリ噛みしめながら、一歩、また一歩と後ろに下がった。

「今は一旦退こう。ウィローたちと合流すれば、まだ機会はある」

「……うん」

俺たちは黒服に背を向けないよう、じりじりと後退し始めた。黒服たちはそれに満足したのか、持ち場を離れて追ってくることはなかった。
ふいに大きな歓声と、たくさんのフラッシュをたく音が聞こえてくる。

「この音……」

「さっきの、ウィローたちが待ってるところからだよ!」

「どうやら、始まったらしいな」

主役が向かった事で、会見が始まったらしい。

「みんなと合流してみよう。なにか話を聞けているかもしれない」

「わかった!」

俺たちは急いでウィロー達のもとへ向かう。しかしその途中には、熱狂したマスコミが大挙していた。とても近寄れそうな雰囲気じゃないぞ。

「ユキ、キリー!こっちです!」

声のした方に振りむくと、ウィローたちが人だかりから少し離れた場所に集まっていた。

「ウィロー!すごいことになってるな」

「ええ。私達がきた頃には黒山でした。それが今やこの調子です」

「ねぇウィロー!スーはいたの?」

「スー、ですか?いえ、というかあなた達が迎えに行ったのでは?

俺たちが肩を落としたを見ると、ウィローもがくりと肩を落とした。

「だめ、だったんですね……」

「すまない」

ウィローも物憂げな表情だったが、どこか納得したようにも見えた。

「いいえ……ユキとキリーでもダメなら、もう誰にも説得できなかったでしょう。それに、スーの方にも、なにやら込み入った事情があるみたいなんです」

「事情?」

「会見が始まる前、今回のいきさつを記者達が話していたんです。恐らくそれが、スーの行動の理由かと」

スーの理由……さっき頑なに話してくれなかった事情とは、いったい何なのだろう?

「それ、詳しく聞かせて……」

その時、ものすごい歓声が聞こえてきた。声の方をみれば、報道陣の前に設置されたステージに、一組の男女が上がっていた。一人は金髪に白いワンピース姿のスーだ。だが、もう一人は……? 

「みなさま!長らくお待たせいたしました!今夜の主役の登場です!」

その男は自らを手で指し示して、高らかに叫んだ。

「恐るべき誘拐犯から可憐な乙女を救いだした、勇猛なる男!アンカー・カルペディと!そのフィアンセ、スー・クラントン・カルペディ!」

「な、なんだって?」

「フィアンセぇ?」

アンカーと名乗ったその男は、華やかな笑顔で手を振っている。凄まじいフラッシュに包まれるなか、スーずっとうつむいている。

「みなさま知っての通り!ここにおわすカルペディ家次期党首、スー嬢は、長らく行方不明でした!このアンカー・カルペディも、日々野に山にと彼女の足跡の捜索を続けておりましたが、結果は芳しくございませんでした……」

くぅ、とアンカーはわざとらしい嗚咽を漏らした。

「どうしてスーを探して、野と山に行こうと思ったのよ……犬かなにかと勘違いしてるんじゃないの?」

アプリコットが呆れた声で言う。しかし、それよりも気になることがあった。

「カルペディの次期当主だって?」

「ええ。どうやらスーは、あの巨大財閥の正統の血を継いでいるそうなのです」

「なに……?」

俺は言葉を失ってしまった。あまりに荒唐無稽で、うまく呑み込めなかったのだ。

「私もまだ信じられませんが、報道陣の話ではどうやら本当らしいです。そしてその特ダネをリークしたのは、ほかでもないあのアンカーとかいう男だと」

ウィローの言った通り、報道陣はわぁわぁとアンカーに質問を投げ掛けていた。

「どうして警察に届け出なかったんですか!?」

「世間にバレるのが怖かったんですか!」

記者たちから鋭い追及が飛ぶ。しかしアンカーは余裕たっぷりにそれを受け止めた。

「なにをバカなことを!ワタシがどれだけ胸を痛め、お嬢様を心配していたことか……ですが!そうせざるを得ない、事情があったのでございます!」

アンカーは拳を握り、汗をほとばしらせながら熱弁している。

「卑怯にも、私たちは謎の集団に脅迫されていたのです!そう、スクラント嬢を誘拐した、犯人グループからです!お嬢様を無事に返してほしくば、警察には言うんじゃない、とね」

脅迫という言葉に、報道陣からざわめきが上がった。キリーがそれを見てぷっとふき出す。

「ぷぷ。ユキ、スーって誘拐されてたんだって。本当はわたしたちのところに居たのにね」

「……それってつまり、俺たちが誘拐犯ってことになるんじゃないか?」

「あ」

ああ、とキリーが手を打った。ステリアが納得したようにうなずく。

「彼女が出ていったのは、それが理由かも。私たちが誘拐犯として報じられる前に、自分から出ていったと推測できる」

だとしたら、スーは俺たちを守ることを選んだことになる。自分の身柄と引き換えに……
アンカーはなおも、フラッシュを浴びながら饒舌に語り続けている。

「ですが、私はそんな卑怯な犯人の脅しには屈しませんでした!永きにわたる戦いの末、ワタシはついにお嬢様を取り返したのです!」

「それは、どのような方法を取ったんでしょうか!」

「その犯人グループの正体はー!」

「おっと。詳しくはこの場では語れません。知りたい方は近日発売のワタシの自叙伝をお求めください。ともかく!」

ドンッ、とアンカーはステージを踏み鳴らした。

「重要なのは、ワタシが悪を滅ぼし、正義の名の下に、可憐な乙女を救いだしたことなのです」

ぽん、とアンカーがスーの肩に手を回した。スーは肩に虫でも止まったかのように、嫌悪感をありありと顔に浮かべた。

「……はっはっは、少し緊張なさってるようです。無理もありません、本日はお嬢様を救いだしたことと同時に、ワタシたちの婚約会見でもあるのですから」

「そうだっ、フィアンセとはどういう意味ですかー!」

「お二人はいつから交際をー?」

あ、そうだ。跡継ぎの話に持ってかれていたが、そっちも意味が分からない。アンカーは記者の質問にいやらしい笑みを浮かべる。

「ふふふ、そちらに関してはたっぷりとお話ししましょう。といっても、簡単なことです。悪い魔法使いを退治し、王子が姫を救いだした後には、二人は結ばれるものではありませんか!」

わっと、マスコミが盛り上がった。スーは終始うつむいていたが、俺はアンカーがどさくさに紛れて、スーの腰まで手を滑らせたのを見た。

「それでは、カルペディ家の次期党首は誰になるのですかー!」

「アンカーさんも、継承権は持たれていますよね!?」

「ご心配なく。そこはきちんとスー嬢に継いでいただきます。ワタシはあくまで夫の立場から、お嬢様を支えさせていただくつもりですよ」

なに?あいつも党首候補なのか?けどそういえば、やつはアンカー・カルペディと名乗っていた。あいつもカルペディ家の人間ってことだ。
首をひねる俺に、ウィローが教えてくれた。

「あの男は確か、カルペディ家の養子だったはずです」

「養子?なんでまた」

「確かな理由は知りませんが……ただ、スーが家出をしたということなら、なんとなく想像はつきます」

スーが家出してたなら……ああ、そういうことか。

「つまり、スーの替え玉だな?」

「そういうことかと。跡を継ぐ実子がいなくなったなら、その代わりを用意すればいい。そう考えたのでしょうね。実際、あの男が養子になったとき、巷ではちょっとした話題になっていたのを記憶しています」

だからあいつが養子だと知っているのだと、ウィローは言う。つまりアンカーは、カルペディ家の跡継ぎになるべくして連れてこられ、そして本当ならそうなるはずだったのだろう。今日このとき、スーが現れるまでは。
会見の場に目を戻す。アンカーは人受けのいい笑顔を浮かべているが、本心ではどう思っているのだろうか。不意に記者から質問が飛ぶ。

「挙式はいつですかー!」

「はっはっは、まあ近いうちにとだけ答えておきますよ」

アンカーは上機嫌に答えると、何か思いついたようにニタリと笑った。

「なんなら、いまここでキスくらいなら……」

アンカーがすうっと顔を近づけると、スーは嫌そうに顔をうつむかせた。それが気に入らなかったのか、アンカーはうつむくスーのあごを掴むと、無理やり顔を上げさせた。

「……!」

「照れなくてもいいでしょう?お嬢様」

アンカーはからかうようにニタニタ笑っている。悔しそうなスーの目には、うっすら涙が浮かんでるように見えた。

「……もう我慢できません、あいつを今すぐ潰してやります……!」

「ちょ、ウィロー!落ち着きなさいよ!」

今にも突撃しようとするウィローを、アプリコットが必死に押しとどめた。

「ちょっとユキ、アンタもよ!気を付けてよね。殺気を抑えられてないわよ!」

言われて、俺は握り拳を作っていることに気付いた。力を入れすぎて、手のひらは真っ白になっていた。 
アンカーはスーの様子をひとしきり楽しむと、パッと手をはなした、

「……ふふふ、冗談ですよ。それではみなさん、本日はここまでで終了させていただきます!」

「カルペディさん、あと一点だけ質問がー!」

「もう少しお話をー!」

「申し訳ない!お嬢様はもうお疲れのようですので。次は披露宴でお会いしましょう!」

アンカーは再びスーの肩に手を回すと、そのまま連れたってホテルへ戻っていく。

「ど、どうしよう!スーが連れていかれちゃうよ!」

ちっ!こうなったら、もうやけだ。力づくででも……!

「それは、止めておいた方がいいと思いますよ?ヒヒッ」

その時、見透かしたかのような気味の悪い笑い声が、背後から聞こえてきた。

「なっ……お前は……!」

続く

《投稿遅れました。次回は日曜日投稿予定です》


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