異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第44話/Riot
十字の瞳の男は、同じく十字架型のトンファーを鋭く突き出してきた。
「きくか!」
俺は再び腕でガードするが、今度は十字男もそれを読んでいたようだ。そのまま高く飛び上がると、俺の腕ごと踏み台にしてひらりと跳躍した。
「なに!?」
十字男は俺の背後に着地すると、俺のスーツの襟首にトンファーを突っ込んだ。そのままぐいと引っ張られる。
「ぐぉ……!」
「おぉらあぁぁ!」
バターン!俺は高々と宙を舞うと、そのまま床に叩きつけられた。
「ぐおっ……!」
「死ねえぇぇ!」
十字男が俺にトンファーを振り下ろす。
俺の目と鼻の先にトンファーが迫った瞬間、俺はとっさに足を振り上げた。
「……ッツ!」
ぐに!という感触。蹴りはうまい具合に男にヒットしたようだ。苦悶の表情を浮かべ、男がうずくまる。だが、様子が変だぞ。
「き、きさま……」
「あ」
男は股間を押さえていた。ああ、急所だったか。
「ひ、ひきょうだぞ……」
「悪いな。ヤクザなもんで」
少し気の毒だが、これでひとまずは大丈夫だろう……だが、少し聞いておきたいことがある。
「おい、お前。お前は一体、何者なんだ。なんで俺たちを……ウチの組長を狙うんだ?」
「くっ……組長、だと?あの女が……ふん、ふはは」
「あぁ?質問に答えろ!」
「お前は……何も知らなくていい。ここで死ね!」
男の十字の瞳がギラリと光ると、俺めがけてトンファーを投げつけてきた。
うおっ!ったく、油断も隙もないな。俺がかわしたトンファーは、ぐさりと壁に突き刺さった。いつのまにか、先端から鋭いスパイクが飛び出している。
「この野郎!いい加減に……」
だがその時、どかどかと騒がしい音が聞こえてきた。怯んでいた連中がようやく立ち直ってきたらしい。
「ちっ!」
長居すると厄介だな。そうこうしてるうちに、弾丸が掠め飛んできた。仕方ない、俺は十字の男にくるりと背を向けると、細い通路へと飛び込んだ。
「覚えていろ!俺からは決して逃れることはできない……!」
男の恨みのこもったセリフが後を追いかけてくるが、俺はきれいに無視した。気にはかかるが、今は脱出が先だ。
やがて、通路の先にウィローの姿が見えた。
「ユキ!こっちです!」
「ウィロー!悪い、遅くなった!」
「大目に見ます!ここから外へ出られますよ!」
ウィローが扉を大きく開け放っている。くぐり抜けると、そこはちょっとした喫煙スペースになっていた。
「ですが、塀の向こうへは出られません。出口は表にしか……」
「そうなんだよな……」
目の前には、立派な塀が白くそびえ立っていた。外敵から守る壁が、かえって逃げ道をふさいでしまっている。
「ここまで来ておいてなんですが、ここからどうしますか。もう逃げ場が……」
「いや。俺に一つ、考えがある」
俺は肩をぐるりと回して、目の前の壁を睨めつける。
「ユキ……?」
「出口がないなら……」
俺はふっと息をつくと、助走をつけて飛び出した。走り幅跳びのように、いち、にの、さんで、地面を思いっきり蹴り上げる!
「出口を作ればいいのさっ!」
おりゃああ!
俺は跳躍の勢いのまま、握りしめた拳をぶちかました!
ビシィ!ドコォン!
壁に蜘蛛の巣のようなヒビが走ったかと思うと、一瞬で粉々になった。
その勢いで俺はごろごろ転がる。何とか体を起こすと、大穴のむこうからみんなが唖然としているのが見えた。
「な、いい考えだっただろ?」
俺はスーツに付いた土ぼこりをポンポンと払うと、取り繕うように笑いかけた。
「どこが“考え”ですか……かんっぜんに力技ですよ」
「ま、そうとも言えるな。それより、早くここから離れよう。またいつ追手が来るともわからないぞ」
「あ、そうですね。みなさん、急ぎましょう」
みんな次々に穴から飛び出してくる。気絶したレスは俺とウィローとで担ぎ出した。全員出たら、最後の仕上げだ。
「よし、あとはこいつで……」
俺は近くに停められていた車を持ち上げると、壁に押し付けて穴をふさいだ。これでやつらはすぐには追ってこれないはずだ。
「これでバッチリだろ?」
「アンタ……なんていうか、ほんとにデタラメなのね。もう慣れたけど」
アプリコットがあきれ半分、関心半分な口調でぽつりとつぶやいた。
「まあな。さて、それでこれからどうする?とりあえずここは離れたほうがよさそうだが。警察もじきやってくるだろ」
ウィローがうつむきながら考え込む。
「そうですね……もういっそのこと、首都を離れるのも手ではありますが……」
「本家が襲われたのにか?下手すれば鳳凰会存続の危機に、俺たちだけ引っ込むのは……」
「そう、ですよね。私もあまり賛成できません。ただ、この状況で何ができますか?私たちは今、巣を追われたネズミ同然です。ここにいて、むざむざくたばるくらいなら……」
「なんだぁ?お前ら、もう逃げ打とうってつもりなのかよ」
え?誰だ、だがこの声、どこかで……
「あっ!あなたは……」
「ニゾーの、兄貴……」
暗がりの中から現れたのは、チョウノメ一家のニゾーだった。
「よう。メイダロッカ、全員元気そうじゃねぇか。まったくしぶとい奴らだぜ」
ニゾーはぎらりと歯を見せて笑う。その顔はススと血で薄汚れていた。
「……兄貴こそ、よくご無事で」
「ああ。悪運は昔から高えからよ。ま、それはおめぇらも一緒か。なぁ?」
「……」
「けど、ある意味じゃ当然かもしれないな。そうだろ?」
……なんだろう。ニゾーの様子が、どうにも釈然としない。何か含みを持たせているような……
「……兄貴、何が言いたいんです?」
「あ?それはお前らが一番よく分かってるだろ?」
「いいえ……あいにくですが」
「そうか。なら、一つずつはっきりさせてやる。これはあくまで推測だが……」
ニゾーはふところから、タバコを取り出して一本咥える。ウィローがさっと火を差し出した。
「……ふぅー。まずはじめに、今回の爆弾騒ぎだ。こいつは明らかに、身内が一枚噛んでる。よりにもよって歳納めのこの時を狙ってきやがって、しかも何ら苦労せず細工できたとあっちゃ、どう考えても手引きがあったとしか思えねぇ」
それには……同意見だった。少なくとも、鳳凰会の情報を敵に流した内通者がいるはずだ。
「で、その裏切り者が誰かと言やぁ、上層陣にある程度顔が効く奴のはずだ。じゃなきゃ、本家にホイホイ顔が出せるはずがねぇ。そして……」
ニゾーは深く煙を吸い込むと、ゆっくり吐き出した。
「俺は、とある組が怪しいと睨んでる。どこだか分かるか?」
「……もう一度聞きます。何が言いたいんですか」
「なぁに、簡単なことよ。最近ぽっと出の新顔を捕まえて、生意気にも本家に直談判し、今日も何やら一人で姿を消したかと思えや、とうとう会長をぶっ殺しちまった。これだけ揃えば、馬鹿でも分かるな」
な……!こいつ、まさか!ウィローが流石に聞き捨てならないと口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってください!まさか、私たちが裏切り者だって言いたいんですか!?」
「ハッ、やっぱり分かってんじゃねぇか。ようやく認める気になったか?」
「バカなこと言わないでください!どうして私たちが……!」
「あ?話聞いてたのかよクソガキ!どう考えてもお前らしか居ねえだろうが!おまけにお前らは全員無事ときたもんだ。あの爆発を無傷で切り抜けるなんて、最初から吹っ飛ぶって分かってなきゃ出来るわけねえ!」
とうとうニゾーが本性を現した。だが、言ってることは無茶苦茶だ。
「ニゾー!アンタの推理は屁理屈だ!だとしたら、俺たちがあの場にいること自体おかしいだろ!それに、俺が出て行ったのは会長に呼ばれたからだ!」
「そうですよ!だいたい、私たちは本家の人間を助けています!転覆を計っているなら、そんなことするはずないでしょう!」
ウィローはビシリとレスを指差した。だが、それにもニゾーは不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。確かに、その女は会長のお気に入りだった。だがよ、俺はその女も怪しいと睨んでるんだよな」
「なっ……とうとう分別すら付かなくなったらしいですね。本家にまで刃を向けますか、
この逆賊め!」
「はっ!賊はどっちだろうな?いっそここで白黒つけてやろうか……!」
ニゾーのやつ、結局この前の喧嘩をさか恨んでるだけじゃないか。もしかしたら、この混乱に乗じて鳳凰会を乗っ取ろうとしているのかもしれないが……
「ニゾー!今は身内でやり合ってる場合じゃない!俺たち共通の敵がいるはずだ!」
「るせんだよ!俺の敵はテメェらだ!」
ちっ!言葉で聞くようなヤツじゃないか!
俺は拳を握り、ウィローは鉄パイプを掲げた。その時だ。
「……お待ちください。ケホッ」
かすれた、だが凛とした声。
「レス!目を覚ましたのか!」
「ええ……すみません、無様に気をやってしまいました」
レスは少し頭を振ると、ふらつきながらも起き上がった。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「ええ。それに、おちおち寝てもられません。あなたたち、何をしているんですか」
レスがぎろりと俺たちを睨む。
「こんな時に、仲間割れをしている場合ですか。今こそ互いに協力して……」
「いや、俺たちもそう言ったんだが」
「ん?どういうことですか」
「俺から願い下げだって言ったんだよ、レスさん」
ニゾーはタバコをぷっと吐き出すと、足でそれを踏みつぶした。
「……それはどういう意味ですか、ニゾー組員」
「どうもこうも無ぇよ。こんな状況で足掻いたところで、むざむざ死ぬだけだ」
「……鳳凰会を見限ると?」
「違えな。今は勝負を下りるべきだと言ってんだ。ここで突っぱねるのは馬鹿だけだ」
「今は手札を整えると、そう言いたいんですね」
「そうさ。だが……」
ニゾーは冷たい笑みを浮かべた。
「俺はあんたたちと組むつもりはない。どうにもきな臭すぎるんだよ、お前ぇらは。寝首をかかれたんじゃたまったもんじゃねえ。俺は俺のやり方でやらせてもらう」
ニゾーはそう吐き捨てると、踵を返して歩き出した。その背中にレスが叫びかける。
「後悔しますよ!私の手を拒んだ事を!」
「それもじきわかるだろうさ。どちらが正解だったのか、な」
レスはしばらくの間、ニゾーの去っていった方向をじっと見つめていた。やがてため息のような声をこぼす。
「……私では、まだまだ力不足ってことですか」
「え?なんて……」
「すみません。こちらの話です。それと遅れましたが、ありがとうございます。おかげで命拾いしました」
レスは改まって、頭を下げた。
「いえ……あなただけでも、助けられてよかった」
「……状況を確認したいところではありますが、今は悠長にもしてられませんね。まずはここを離れましょう。ついてきてください」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ」
「なんですか。チョウノメに続いてあなたたちまで、手を切ると言い出すわけではないでしょうね?」
「それはないが、けどどこへ行くんだ?安全に隠れられるような、そんな都合のいい場所があるならだが……」
「ああ、そのことですか……ありますよ」
「でしょう。そんなとこ……」
え?なんだって。ある?
「この近辺に鳳凰会の隠れ家があります。ひとまずはそちらへ向かいましょう」
「そんなものが……」
「初耳です……先代からはそんなことは一言も」
ウィローが首をかしげる。
「知らないのも無理はありません。鳳凰会の中でも一部の人間にしか知らされていない情報ですから」
レスはそう言うと、はぁ、と息をついた。
「……では行きましょうか。覚悟、してくださいね」
「……は?」
覚悟?レスのいう、その言葉の意味とは……
「うわあああぁぁぁぁ!」
ドスン!
「くおぉ……い、いいぞぉ!あ、いや、まだ待って……」
「ひゃあぁぁぁぁあ!」
ドスン!
「いたた……く、ない?」
「ぐぅ……」
「わぁ!ご、ごめんねユキくん!」
スーが慌てて、俺の上からおしりをあげた。
「いや、平気だ。スーは軽いからな、ハハハ……」
俺はむりやりに笑みを作った。
他のみんなも、次々に丸い穴から滑り降りてくる。しかし……
なんで隠れ家の入口がスライダーになってるんだよ!
「よっと……まったく、スーツが痛んでしまいますね……」
最後に滑り降りてきたレスが、ポンポンとほこりを払いながら言った。
「……どうしてこんな構造に?」
「三代目の趣味です。ちなみに、出口もこれ一本です」
え、今度はあれを登るのか……?
俺が呆然と今落ちてきた穴を見つめた。この隠れ家は地下にあって、入口はマンホールに偽装されていた。真っ暗な穴をすべり落ちてきたせいで、ここがどれくらいの深さなのかさっぱりわからない。
「さて……少し時間を下さい。私は他の組に当たってみます。本家以外にも、首都に組を置くヤクザがいますから」
そういうと、レスは壁際に置かれた黒電話のもとへと歩いていった。
「では私たちは……現状わかっていることを、整理してみましょうか」
ウィローは木製の椅子を、ぎぎっと引いた。
丸い形をした部屋には、長机が一つと、椅子が何脚かあるだけだった。本当に緊急用のためだけにあるらしいな。俺たちが落ちてきた滑り台も、どちらかというと、元々あったものを入口に使っているようだ。ここはもともと、なにか別の施設だったのだろうか?
「しかし、わかっていることよりも、わからない点のほうが圧倒的に多いですね」
ウィローは厳しい顔で言った。
「……まずは、確かなことから整理すべき。今の時点で確かなのは、三つ」
ステリアが、スッと指を三本立てた。
「一つ。謎の集団が、今夜私たちを襲ったということ。二つ目。その集団の狙いは、明確に鳳凰会だったということ」
「明確に?どういうことよ?」
「爆弾は、鳳凰会トップである三代目を狙っていた。それに襲撃のタイミングも、幹部たちが集まる今日に合わせてある。無差別なテロだったら、ここまでの計画性はないはず」
そうか。そいつらは鳳凰会の、それも上層部を狙って襲った。それはつまり、本気で鳳凰会を潰しにかかっているということだ。
「……敵は、鳳凰会に強い恨みを持つ連中かもな」
「まだそこについては、何も言えない。ただ、最後に分かっていることがある」
ステリアは、最後の指をぴっと立てた。
「そいつらは、非常に強力な武装を有しているということ。生半可な力じゃない、とても危険な集団」
思わず、みんなの間に緊張が走った。爆弾に拳銃、一般人じゃ容易には手に入れられない代物だ。
「………少し絞れてきたな。つまり、敵は鳳凰会を強く恨み、なおかつ強力な平気を有することができる集団だってことだ」
「現状得られる情報を整理するとそうなる」
「それに加えて、敵は鳳凰会の儀礼を完璧に把握していました。ということは、裏社会にも繋がりがあるのではないでしょうか」
「なら敵も、裏社会の人間かもしれないな……」
その時、ガチャン!と鋭い音が鳴り響いた。
「くそ!ここもダメですか……!」
それは、レスが受話器を電話に叩きつける音だった。レスはぎりっと歯を食いしばると、またダイヤルを回し始めた。
「……状況は思ったよりも、深刻なようです。現状、すべての組と連絡が付きません」
「なによそれ……!首都中のヤクザが、襲われてるってこと!?」
ガタンとアプリコットが椅子を跳ね飛ばした。ステリアが眉間にしわを寄せて続ける。
「下部組織まで正確に把握している。もはや、詳しいとかそういうレベルじゃない」
「……内通者か。ニゾーの言っていた裏切者ってのが、いよいよ否定できなくなったな」
「そう考える方が、無難」
裏切り者。その言葉は、俺たちの間に重い沈黙をのしかからせた。
「っ!もしもし、聞こえますか!」
うお。電話をかけていたレスが、いきなり大声を出した。誰かにつながったのか?
「そちらの状況は?なにが起こって……あぁ!」
びくり、とレスが受話器から顔を遠ざけた。
「もしもし?もしも……ちくしょう!」
ガッチャーン!レスは叩きつけるように受話器を置いた。
「レスさん?何かわかったんですか」
「はぁ、はぁ……ええ、少しは」
レスは髪をかき上げると、険しい顔で口を開いた。
「首都にあった鳳凰会傘下の組、全十三か所のうち十二が全滅、もしくは電話をとれない状況にありました」
「……最後の一つは?」
「そこも今しがた、連絡が途絶えました。最悪です……」
レスはスーツの腕のあたりを、ぐしゃっと握りしめた。
「ですが、最後の場所はかろうじて会話ができました。非常に短い時間でしたが、おかげで敵の正体が判明しました」
「え!」
「誰なんです、そいつらは?」
レスは目を閉じると、吐き捨てるようにつぶやいた。
「マフィアです」
続く
《投稿大変遅れました。誠に申し訳ございません。
盆前は忙しくって嫌ですね。
次回は木曜投稿予定です》
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