異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第40話/Unrest
「あなたたち、ケガは?特にアンタ、切ったりしてない?」
「は、はい……」
「ええ……今は何とも……」
「そう。怖かったわね、もう大丈夫だからね」
アプリコットは、馬耳が生えた娘の頭をやさしくなでた。娘はぐっと口を引き結んで、こぼれそうな涙をこらえていた。
黒蜜が早速話を切り出す。
「さて、では今回の事件についてなんですけど」
「あんたねぇ……空気読みなさいよ。今すぐする話?」
「なっ、う、うるさいですね。これだって大事なことっすよ!」
んん、と黒蜜が咳払いをする。
「今回は脅迫罪、殺人未遂も含んだ、重篤な犯罪行為っす。どこまで余罪を追及できるかはわかりませんが、それなりに重い処罰が……」
「あ、あの!待ってください。私たち、訴えを起こすつもりはありません」
「は?」
獣人の母親の言葉に、黒蜜はぽかんと口を開けた。
「ですので、もうこれ以上お世話になるようなことは……」
「い、いや、いやいや!待ってくださいよ、あれだけのことをされて、黙ってるっていうんですか!」
「あの、大変申し訳ないのですが……」
「そういうことじゃないです!いいですか……」
「ちょっと!もうちょっと落ち着きなさい。怯えているじゃないの」
アプリコットに止められ、ぐっと黒蜜が口をつぐむ。アプリコットは獣人の母娘に、にこりと笑いかけた。
「耳付きは耳付き同士で話しましょうか。なんとなくだけど、あなたたちの言いたいこと、わかってあげられると思うわ」
母娘は、いくぶんか表情が和らいだようだ。そのままアプリコットに促され、貨物車のすみに歩いていった。
「……なんだっていうんですか。泣き寝入りするなんて、信じられない」
納得できない様子で黒蜜がぼやく。
「たぶん、彼女たちなりの事情があるんだよ。獣人が生きていくのは、俺たちの想像以上に大変なんだ」
「……なんですか、知ったような顔しちゃって。センパイまであっちの肩を持つんですか?」
「いや……俺だって、まだまだ知らないことだらけだ。アプリコットたちから、少しだけ聞いただけで。彼女たちは我慢強いけど、あまり多くは話さないからな……」
「辛いなら、辛いって言えばいいのに……ばかみたい」
黒蜜は暗い顔でぼそりとつぶやいた。が、すぐに顔を上げて、パンと手を打った。
「さて、それじゃあこっちの仕事をしましょうか。そこで寝てるチンピラさんに起きてもらいましょう」
黒蜜は簀巻きにされて転がされているボジックに、スタスタと近づいて行った。
「おーい!起きてください!こらー!」
ぺちぺちと、黒蜜が男の頬を叩く。
「……どいてください。私が代わります」
はぁとため息をついて、ウィローが男のわきに立った。ウィローは男のみぞおちのあたりに手をつくと、ふっと強く押し込んだ。
「っげほ!ごほごほごほ!」
激しくせき込みながら、ボジックが目を覚ました。男は目を白黒させながら、辺りをきょろきょろと見まわしている。
「動くな。これから、聞かれたことだけに答えろ」
ウィローが、低くドスの利いた声を出す。俺が初めてウィローに会った時、背後から脅された時の声だ。
「わかったな。わかったらうなずいて返事をしろ」
ボジックは黙ってこくこくとうなずいた。
「よし。では警察官さん、後は任せますので、好きにやって下さい」
「え、ええ……では、取り調べを始めます。よろしいですか」
「ちっ……この状況で断れるわけないだろ」
「ま、それもそうですけどね……っと、センパイ?ここからは任務の詳細にも関わってくるんですけど……」
「あ、そうか」
ここから先は立ち入り無用ってことか。だが、ウィローは先刻承知とばかりに、ふてぶてしくうなずいた。
「そんなの、わかってるに決まってるじゃないですか。最初からそれが目的で協力してたんですよ」
「は?」
あー……ウィローの不自然なまでの態度は、そういう目的だったのか。見れば、キリーもにっこり笑っている。
「コイツの話が目当てだったんすか……!」
この二人、始めから情報をいただく腹積もりだったんだな。
「さ、尋問を続けてください。やめると言うのであれば、この男をまた落とすだけです。今度は目覚めるまで三日は掛かるようにしますけど」
「く……公務執行妨害で逮捕しますよ!」
「私はまだ何もしていませんよ。それどころか、早くしてくださいと頼んでるじゃないですか」
「ぐっぬぅ~……」
「はは……悪い、黒蜜。そういうことらしい。ここは手伝い料だと思ってくれないか?」
「セ、センパイまで……ですが!私は屈しませんよ!」
黒蜜はビシッとウィローたちを指差した。
「あなたたち!これから話すことは絶対に聞かないでください!たとえ聞いても即刻忘れるように!」
「はい?」
な、なんだって?ウィローもぽかんと口を開けている。 
「よし。これで私は任務に反しません。では聴取を始めましょう」
黒蜜はあくまで、俺たちに聞かせないスタンスらしい。
「……面倒な人ですね」
「あーあー!聞こえません!」
黒蜜は腰に手を当てて、ずいっとボジックに向き合った。
「さあ!洗いざらい吐いてもらうっすよ!」
「……それで?小芝居は終わったのか?なんならもっと続けてもいいんだぞ?」
「うるさいっすよ。さて、それじゃ最初に。あなたは今日、どうしてこの汽車に乗ってたんすか?」
「……」
口をつぐむボジックに、ウィローがかちゃりと鉄パイプを突きつける。ウィローの無言の脅しに、ボジックは観念したように口を開いた。
「……取り引きの予定だったんだ」
「なんの?」
「……ヤクだよ」
「麻薬……!出所はここだったっすね」
ヤク……いま巷で出回ってるっていう、違法薬のことか。
「それを、誰から買うつもりだったんすか?」
「……マフィアだ」
「マフィア、っすか?ヤクザじゃなくて?」
「ヤクザは俺らのことだろうが。連中は首都でシマ張ってんだ。最近は不景気なもんだから、妙なもん売り捌いてんのさ」
マフィア……ヤクザの他にも、裏社会に生きる組織があったのか。俺はウィローにひそひそとたずねる。
「ウィロー、マフィアってどういうヤツらなんだ?」
「いえ、私もあまり……近年は衰退の一方で、首都からの撤退も考慮していると聞きましたが」
「……そのつもりは、ないみたいだな」
マフィア……けど、首都を根城にしている連中が、どうしてこんな田舎で闇商売なんかしているんだろう。
黒蜜の尋問が続く。
「それじゃあ、そのマフィアとの取引場所はどこの予定だったんすか?この先の駅だって話っすけど」
「は?なに言ってるんだ。この汽車が取引場所だよ」
「え」
なんだって。相手も、俺たちと同じ列車に乗ってたのか?それじゃあ……
「これだけ騒ぎを起こしたんだ。今ごろ、とっくにトンズラこいてるだろうな」
キッキッキ!歯をむいて笑うボジックを前にして、黒蜜は呆然としていた。
「そ、そんな……それじゃあ、取引現場を押さえるっていう任務は……」
がっくりと、黒蜜は膝から崩れ落ちた。
「黒蜜……」
「うぅぅ〜……」
「わ、悪かった、そうとは知らず……」
「……いや!けど片割れだけでも捕まえたんすから、まだ糸は切れてないっす!それに、あの状況を放っておくほうが、人としてどうかしてるっすよ。センパイも、あやまんないでください」
黒蜜はふんっと息をつくと、すくっと立ち上がった。よかった、けっこうポジティブだ。
「なんにせよ、あなたは逮捕っす」
「おい!アイツらは訴えないって言ってるだろ?」
「なに言ってんすか。警官を脅したんだから、立派な公務執行妨害っす。ま、罪は軽くなると思うっすよ。残念ですが、それでも勾留するには十分な罪状なのが幸いっすね」
「……最悪の間違いだ。くそったれ」
ボジックはがっくりうなだれた。
「……ねぇ、そっちの話は終わったかしら?こっちもあらかた聞き終えたわよ」
獣人の母娘といっしょに、アプリコットが戻って来る。
「やっぱり大事にする気はないって。このまま静かに、汽車を降りたいそうよ」
「そうっすか……まぁそれなら、その意見を尊重するっす……」
「だって。よかったわね。さ、じゃあもう行っちゃいなさいな。そろそろ目的地なんでしょ?」
「え、ええ……すみません、本当にありがとうございました」
「ま、ました!」
獣人の母娘は深々と頭を下げて、貨物車を出ていった。
親子を見送ったところで、ウィローが黒蜜に声をかける。
「さて、黒蜜警官?あなたもすぐに降りたほうがいいんじゃないですか?」
「へ?」
きょとんとする黒蜜に、ウィローは男を縛る縄の端っこを握らせた。
「ホシは捕まえたんですから、早く報告しないと。すぐにでも駅に戻るべきでしょう」
「あー、そうっすね……じゃなくて、言われなくてもそうするつもりだったっすよ!」
黒蜜はいーっと歯を剥くと、ボジックを起き上がらせた。その時だ。
ドン!
「きゃあ!」
「黒蜜!」
「へへ、甘いな!こういう時のために、縄切ナイフくらいは用意しとくもんだろ!」
くそ!ボジックはいつの間にか、自分を縛る縄を切り落としていた。
男は黒蜜を突き飛ばすと、一目散に扉へ駆ける。
「と、止まるっす!どうせ駅に着くまでは逃げ場はないですよ!」
「おっと、そうとは限らねぇぜ?」
なに?
男は大きく扉を開け放つと、轟音鳴り響くジョイントの上に出た。まさか、飛び降りる気か?
「バカなマネはよせ!この速度の中で飛び出したらミンチになるぞ!」
「それは、下が地面ならの話だろ!」
その瞬間ガタンと列車が揺れた。ゴウゴウと風を切る音が一層強くなる。まさか……鉄橋を走ってるのか!
「おい、まて!お前まさか……」
「待てと言われて待つやつがあるかよ!ひゃあぁっはーーー!」
バッ。
男は空中に身を躍らせたかと思うと、一瞬で見えなくなった。
「くそ!」
急いで車外に身を乗り出したが、そこに男の姿は欠片もなかった。見れば、列車は大きな川をまたぐところだった。下までは数十メートルありそうだが……
「え、うそ!ほんとに飛び降りちゃったんすか!?」
「ああ。下が川になってるんだ、水かさのあるところに飛び込めば、どうにか助かるかもしれない」
「なんつー危険な……そこまで、捕まりたくなかったんすかね」
それは俺も引っかかるところだった。逮捕と言っても、あの親子が起訴を取り下げたから、罪状はすこぶる軽い。面倒はあるだろうが、少し我慢すればすぐに釈放させただろう。
「よっぽど、警察に取り調べられちゃまずかったのかな」
「もしかしたらクスリも持ち歩いていたのかもしれないっす……ちくしょう、密売人を一網打尽にするチャンスだったのに……」
黒蜜は悔しそうに唇を噛んだ。それに、奴が言いかけた言葉……俺たちの中に、凶悪犯がいると言うのが引っかかる。口から出まかせにしては、あいつの怯えようは真に迫っていた。
「嫌な予感がするな……」
続く
《次回は土曜日投稿予定です》
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