異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第29話/Dark


「んぁ……?ここは……」

暗い車内、積まれた木箱。そうだ、俺はキリーと、汽車に乗っていたんだ。積荷によりかかって、いつの間にか眠ってしまったらしい……

(しかし、リアルな夢だったな)

それこそ、俺がこの世界に来て初めて見た夢と同じくらいに。あれは、俺の記憶なのかもしれない。

「ちがう!」

え?突然の叫び声に、俺は跳ね起きた。ちがう?いや、今のは切羽詰まった、キリーの声だ。

「キリー?どうしたん……」

「やだ!いやだ!」

薄暗い貨物車だったが、夜目のお陰でなんとか辺りは見渡せる。だがそんなことは関係なく、キリーの姿は見つけられた。

「うっ。うぅ……」 

キリーはうずくまって、嗚咽を漏らしている。その背中が、薄暗闇でもはっきりわかるぐらいに、輝いているのだ。
その光の色は、闇。そんなはずないのに、どう見ても闇が黒々と輝いて見える。キリーの背中は、まるで漆黒の炎に焼かれているかのようだった。

「き、キリー……?」

「ぅぅぅぅ……ゥァァアアア!」

キリーを覆う闇は、背中から全身へと広がっていく。それに伴って、キリーの声がまともじゃなくなってきた。

「キリー!おい、しっかりしてくれ!」

俺はキリーの肩を揺さぶろうと手を伸ばした。

バチン!

「うわっ!」

電流が走ったように、手が弾き飛ばされた。キリーを包む黒炎が、俺を拒むかのように渦を巻いているのだ。

「アアアアアアア!」

キリーの姿はもはや、漆黒の鬼だ。その身を黒い炎で焼かれ、怨嗟の呻きを吐き続けている。

「ガアアア!」

キリーの真っ黒な腕が飛んでくる。モロに食らった俺は、勢いよくぶっ飛んだ。ガターン!

「ゲホっ……!」

積み荷の木箱がバラバラになる。内臓が口から飛び出そうだ。

「ちくしょう……!どうなってやがるんだ!」

俺は全身に唐獅子の紅い炎を纏った。今のキリーは普通じゃない。下手すれば、こっちがやられる!

「キリー!正気に戻れ!」

「ウアアア!」

くっそぉ!俺は足を踏み込むと、キリーに突進した。

「うおおおおおお!」

ドガン!俺とキリーは正面からぶつかり合った。だが、キリーはびくともしない。それどころか、黒炎は俺の両腕にまとわりつき、少しずつ押し戻してきた。

「くそっ、はなせ……!」

俺は紅い炎を迸らせる。黒炎はなおも妨害してくるが、俺は深紅の怪力任せにそれを振り払った。

「キリー!起きろ、目を覚ましてくれ!」

俺はキリーの両肩を掴むと、がくがくと揺さぶった。肩に触れる両手は、黒炎に焼かれて燃えるように熱く、同時に氷のように冷たかった。

「キリー!」

「うあぁ……やだぁ、やめてよぉ……」

荒れ狂う闇の中に、一瞬だけキリーの顔が見えた。俺は闇からキリーをすくい出すように、力一杯抱きしめた。

「キリー、しっかりしろ!俺がついてる!」

必死にキリーの名を呼ぶ。それが正解なのかはわからない。けど今は、キリーに声を届けることしか思いつかなかった。

(届け……!)

「…………ユキ?」

「っ!キリー!」

キリーの目がぴくぴく動き、やがてゆっくりと開かれた。

「ユキ……?そこにいるの?」

「ああ。キリー、俺だ。俺はここにいるぞ」

開かれた瞳から、一筋の涙がこぼれた。キリーがうわごとのようにぼそりとつぶやく。

「……して」

「え?」

今、なんて言ったんだ?あまりに小さな声で、聞きとれなかった。
だがキリーはそれきり、くたりと脱力してしまった。眠ってしまったらしい。
それと同時に、彼女を覆っていた黒炎も霧散するように消えていった。

「終わった、のか……?」

緊張の糸が切れて、どっと疲れが襲ってきた。俺はキリーを抱えたまま、どっかりと腰を下ろした。なんだったんだろう、今のは?
しかし、これだけは理解できた。キリーが時おり覗かせていた、陰りのある一面。今夜俺は、その片鱗を見たんだろう。

「キリー……お前に一体、何があったんだ……?」

俺は腕の中でくぅくぅと寝息を立てる少女に、一人問いかけた。



「……ふわぁ。はれ?」

あれからしばらくして、キリーが目を覚ました。

「お。キリー、目が覚めたか?」

「へ?ユキ?」

キリーは目をキョロキョロさせた。やがて、今の自分の状況……つまり、俺に抱かれていることを認識したようだ。

「え、えっ?ユキ、やだ、どうしちゃったの?そんな、いきなり……」

「ん?」

キリーの様子がおかしい。あたふたと、焦ったように頬を染めている……

「キリー?覚えてないのか?」

「えっ。まさかわたし、気絶しちゃった?うわぁ、トんじゃうってホントなんだ……」

「んん?キリー、もしかしなくても勘違いしてないか?」

「はれ?なんだ、そうなの」

つまんない、とキリーは口を尖らせた。つまんないって、それどころの騒ぎじゃなかったからなぁ……

「ねぇ、じゃあどうしてわたしは抱きしめられてるの?今夜は情熱的な気分?」

キリーが俺のシャツをツンと引っ張った。

「バカ……本当に、覚えてないんだな」

キリーはきょとんとしている。さっきの暴れようがウソみたいだ。
俺は逡巡したが、全てを説明することにした。きっとアレは、放っておいては……見て見ぬ振りをしちゃ、いけないものだと思うから。



「……はぁ。ごめんね、ユキ。もう平気だから……」

そうは言いつつも、キリーの声は暗く沈んでいた。

「そっか……わたし、“また”暴走しちゃったんだね。ホントごめん……」

「いや、かまわないが……驚いたよ」

「……うん」

「その、俺には事情はよくわからないが……」

「うん。ユキには、きちんと全部話すよ。聞いてくれる?」

「……ああ」

「ありがと。じゃあさっそく」

言うが早いか、キリーはボタンを外して、服を脱ぎ始めた。

「え、おい」

「んしょっと。ユキ、まずはこれを見てほしいの」

そう言うと、キリーはくるりと背を向けた。

「……これは」

「うん。これが、わたしの墨……ううん、“呪い”なの」

そこにいたのは、闇。キリーの背中は、真っ黒な墨をぶちまけたように、漆黒に染まっていた。だがそのところどころに、鎖のような模様が見える。

「わたしの墨は、ステリアの師匠に彫ってもらったって、知ってた?」

「あ、ああ。ステリアから聞いたよ」

「そっか。けど、それは半分間違いなんだ」

「間違い?」

「わたしには、もともと“透明な刺青”が刻まれてたの」

透明な、刺青?そんなものがあるのか?

「わたしの墨は普段は見えない。けど時々、表にでようと暴れ出す時があるの。それを押さえつけるために、その人には鎖を彫ってもらったんだよ」

「……すごいな。そんなことができるのか」

「うん。その人は“継ぎ足し”の名人だって、ステリアが言ってたよ。まあ詳しくはわたしもわかんないんだけど、それのおかげで墨はずいぶん大人しくなってくれてたんだ」

「そう、だったのか。いや悪い、まだよく飲み込めてはいないんだけど……」

呪いだとか、その封印だとか、聞き慣れない単語ばかりが飛び出してくる。

「キリー。そもそもどうして、そんな墨がきみに刻まれてるんだ?」

「うん……わたしにも、分からないの。気付いたら彫ってあったって、おじいちゃんは言ってた」

「そんな……」

それならその刺青は、キリーが相当幼いころに彫られたってことじゃないか。そんな小さな子どもに、あの激痛を味合わせた人間がいるのか……!

「わたし、小さい頃の記憶が無いんだ。たぶんその頃にいろいろあったんだろうけど……そしてその時に、こうして暴走しちゃう原因も生まれたんだと思う」

「……そいつは、いったい何なんだ?」

キリーは一呼吸置くと、意を決したように口を開いた。

「……わたし、拳銃恐怖症なんだ」 

「拳銃、恐怖症?」

「そう……ヤクザ、なのにね」

キリーは自嘲気味に笑う。

「もうほとんど忘れちゃったけど、小さい頃になにかあったんだ、と思う……けど、これだけは覚えてるの。わたしは、大切な人を銃で亡くしたんだ」

「銃で……」

「ぼんやりとだけどね。それが理由かは分からないけど、銃声を聞いたり、銃を見たりすると、もうどうにもならなくなっちゃうんだ……」

そう言えば、この前チャックラック組にガラスを割られた時も、調子が悪そうだった。銃声にそっくりだったからな……あれ、けど。

「でも、今はどこにも銃はないよな?」

「うん……ユキ。そこの積荷の箱、中身って見た?」

「箱……?」

俺は後ろを振り返った。さっき俺がぶつかって壊れた箱から、中身が辺りの床に散らかっている。

「これは……!」

緩衝材にまじって転がっていたのは、黒光りする拳銃チャカだ。一丁や二丁じゃない、弾丸もあわせて、相当の数が積まれている。まさかこの箱の山……全て武器か?

「な、なんなんだこの荷物……」

「わかんない。軍で使うのか、それとも個人の積荷か……こんなもの必要な人なんて、限られてくるけどね」

「……“同業者”、かもな」

「うん。もしかしたら鳳凰会のだったりして。なんにしても、わたしたちには預かり知れぬ話だよ。見なかったことにした方がいいと思う」

これだけの武力を手に入れるつてのある連中だ。首を突っ込んだ先で、何が待ち構えているか分かったもんじゃない。

「じゃあ、きみはこれを……」

「うん。まったく、蓋くらいしっかり閉じておいてほしいよ。汽車の揺れで落っこちて、目が覚めちゃった」

「そう、だったのか……その、キリー。大丈夫か?」

俺の憂える声にも、キリーはゆるゆると首を振った。

「今下りたら、明日間に合わなくなっちゃうよ」

「だが……」

「へーき。だけど……ねぇ。一つだけ、お願いしてもいい?」

「ん?」

「ぎゅってしてよ……さっきみたいに」

キリーは、子どもが親に甘えるように手を伸ばした。そうやって面といわれると、少しあれだが……俺は多少どぎまぎしながらも、キリーを胸に抱いた。キリーが俺の背中に手を回す。

「あったかい……ユキは、生きてるんだよね……」

「……ああ。俺は生きてる。記憶を取り戻すまで死なないって、言っただろ」

「ふふ、そうだったね。ならずーっと記憶が戻んなきゃ、ユキは不死身かも」

「おい……縁起でもない」

「あはは、ごめんね」

キリーはくすくす笑うと、俺の胸に頭をぐりぐり押し付けた。

「ダメだね、わたし……組長として、しっかりしなきゃって思ってるのに。いつもみんなに助けられてばっかりで。こんなんじゃ、おじいちゃんに顔向けできないよ」

「キリー……」

「ユキも、あきれちゃうでしょ。こんな小娘が組長だなんて。わたしだってわかってるんだよ、器じゃないって。けど、わたし……」

「キリー」

俺に呼ばれ、キリーはようやく顔を上げた。

「キリー。誰もそんなこと思っちゃいない。俺もウィローもスーも、アプリコットもステリアも。じゃなきゃ、きみを組長と呼びはしないさ」

「……誰一人として、そう呼んでない気がするけど」

「あ、あれ?そうだったか。すまない」

「ぷっ。あははは!」

キリーは俺の胸の中で、ころころと笑った。

「心配するな。きみはよくやってるよ。俺はそう思ってる」

「……ほんと?」

「ああ。そりゃ、まだまだ頼りないなって時もあるけど」

「うっ」

「けど、そん時は助けてやりたいなって思うよ。きっと他のみんなだってそうだ。そう思われる人間が上に立つのは、俺は悪くないと思う」

「……いいのかな。そんなんでも」

「それでうまく回ってるんだから、別にいいんじゃないか。きみがそれで嫌なら、変わっていけばいい。俺たちだってそれくらいは付き合うよ」

「ユキ……」

キリーは、ぎゅっと俺の胸に顔を埋めた。

「やっぱりわたし、ユキが好き。初めて会った時もそうだったよね。ユキだけだよ、わたしたちを“否定”しないで、“認めて”くれたのは」

「あ、ああ。そういや、そうだったな……」

あの時はそれ以上に、心配な気持ちが一番大きかったから。特段、意識したつもりはなかったんだけど……

「けどあれは、俺も記憶を失くしてたからっていうのも……」

俺は照れくささをごまかすように重ねたが、胸の中からはくぅくぅと小さな寝息が聞こえてきた。

「キリー?」

キリーは安心しきった顔で眠っていた。それでも俺の背に回された手は、しっかりはなさなかった。

「……おやすみ」

俺もそれに応えるように、キリーの頭をぽんぽんと撫でた。
きっと今晩のことは、忘れたほうがいいんだろう。明日からは、いつも通りの俺たちだ。キリーも、それを望んでいる気がする。

「……」

それでも、今夜彼女が打ち明けた心の闇は、きちんと覚えていよう。いつか彼女がそれと、きちんと向き合える時が来たら……その時は、また背中を押してやれるように。

続く

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