異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第25話/Soleil
「獣人たちを斡旋する、人材派遣会社……考えたもんよね」
アプリコットは指先でペンを回しながらつぶやいた。
「ユキ、あんたずっとこの仕組みを考えてたの?」
「うん?いや、俺がいたところであったものを持ってきただけだよ」
「ふぅん……それもシノギ?」
「似たようなことはしてたな」
何でも商売になるもんね、とアプリコットはため息をついた。
俺たちが新たに始めたシノギは、獣人を社員として登録し、パコロの各地に派遣する……要は、人材派遣業だ。
今まで獣人は、雇い主と直接交渉していた。故に、立場の弱い獣人はどうしても搾取されがちだ。そこにメイダロッカ組が仲介する事で、跳ねられた上前をいただくのだ。何割かは獣人に還元し、獣人にはまともな暮らしを、俺たちは利潤を得ることができるようになる……理屈の上では。無論、そう都合のいいことばかりじゃない……
「はずだったんだけどな。こんなに順調だと、かえって不安だよ」
「あら、発案者がそんなこと言ってるの?情けないわね」
「いや、確かに案は出しはしたが。あくまで提案のつもりだったんだ。まさかこんなに早くとは……」
「だからこそ今やるんじゃないの。言ったでしょ、今がチャンスだって。獣人たちのユキへの人気はうなぎ登り、おまけにチャックラック組を倒してってことで、メイダロッカの名にも箔がついてるわ。これだけ揃えば、説得力は十分よ」
「うーん……」
「残念ながらあたしには、具体的に良いアイディアは出せなかったんだけど。あんたから妙案が出たもんだから、これを生かさない手はないと思ったの」
まあ実際は、アプリコットの言う通りだった。風俗街の獣人は、俺たちの提案に二つ返事で了承してくれた。そうなると、困るのは経営陣だ。労働力の大半が傘下にくだってしまい、なおかつ街を牛耳っていたヤクザを撃ち破った組ということで、メイダロッカの代紋に表立ってケチをつけられる所はいなかったのだ。
「ま、内心では虎視眈々と反逆の機会をうかがってるでしょうけどね。あたしたちがヘマしない限りは、この体制でいけるはずよ。そうなったら、ウチと獣人たちの未来は明るいわ」
「ほんとに、これだけ儲けが出るとはな……最初に帳簿を見た時はびっくりしたよ」
「当たり前でしょ。この町のほとんどの獣人が登録してるのよ?このへんで獣人を雇ってない店なんてほとんどないんだから、町全部があたしたちのお客さんみたいなもんだもの」
「けど、よかったのか?儲かってるならなおさら、もう少し獣人のあがりを大きくしても……」
以前に比べればマシというだけで、俺たちが獣人に払っている金額は未だ少ない。もう少し上げても、組の経営には何ら支障は出ないはずだが。
「あー、ううん。そのことなんだけど、あたしは当面このままでいいと思う」
「え?」
金銭面はアプリコットが一番気にしていると思っていただけに、その答えは意外だった。
「今までお金を持ってなかったってことは、それを使い慣れてもいないってことよ。そんな子たちに、大金を持たせたら危険だわ。妙なものに手を出したりとか……」
なるほど。この町には、悪い意味で手に入らないものはない。薬、風俗、人間さえ……もしかしたら、犯罪に巻き込まれるかもしれないしな。
「わかった。ならもう少し様子をみようか……っと、ぼつぼつ行くよ。今日は俺が見回りなんだ」
「ん。たまにはあの兎ちゃんにも顔見せてあげなさい。きっと首を長くしてるわよ」
「うん?ルゥのことか?ルゥはキリンじゃなくて兎だろ」
「いや、そうじゃなくて……はぁ、もういいわ。いってらっしゃいな」
「?ああ、それじゃあな」
俺は微妙な顔をしたアプリコットに手を振られ、事務所を後にした。
今の俺たちの役割は、外での用心棒の仕事と、内での事務仕事のだいたい二つに分かれていた。主に俺とウィローが外、アプリコットとスーが内だ。キリーは、よくわからない。俺たちにくっついて外についてくる時もあれば、事務所で逆さまに持った書類とにらめっこしている時もあった。
「いい天気だな」
俺は気持ちのいい風に吹かれながら、ポッドの弁当屋へ向かっていた。ケツモチと、獣人たちの見回りを兼ねたパトロールのためだ。
俺たちが介入してからずいぶん少なくなったとはいえ、獣人がらみのトラブルは後を絶たない。うわさではチャックラック組が退けられたことで、ほかのゴロツキどもが後釜を狙おうと活発になっているらしいのだ。まだまだ油断はできない。だからこうして、暇さえあれば店の軒先を回っている。
それに、もう一つ理由もあった。
俺が店先に着くと、一人の少女が箒を片手に掃除をしていた。大きな兎の耳に、短い白髪を風に揺らす少女。その子は俺に気が付くと、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ユキさん!来てくれたんですね!」
「ルゥ。元気そうだな」
ルゥはにっこりと笑顔を浮かべた。その瞳は片目が深紅、もう片方は髪と同じ白色だ。
あれからルゥは、唐獅子の力のおかげか、順調に回復していった。骨ばかりだった体は、うっすらとではあるが肉が付き、病的に白かった肌には血色が戻った。ごっそり抜けてしまった髪も、今は風にそよぐくらいの長さに生えそろっている。
だが、それでもルゥの右目、白く褪せてしまった瞳の視力は、完全に失われてしまった。診察したポッドの話では、両目を失わなかっただけ奇跡だったらしい。まるで唐獅子の閉じた左目が、ルゥに受け継がれたようだった。
「ルゥ、今日はポッドの手伝いか?」
「はい。この後、お弁当の仕込みを手伝うんですよ」
今、ルゥはポッドの店で、住み込みで働いていた。といっても、病み上がりのルゥを気遣ってか、それほど仕事は多くないらしい(もともとそこまで繁盛してもないと、屋台のオヤジは言っていたが)。ポッドの手伝いが無い日は、オヤジの仕入れに付き合ったり、押しかけてきたレットと出かけたりしているそうだ。
「今日はトラブルとかはないか?」
「はい。朝から何事もなく、お仕事も順調ですよ」
「そっか。なによりだな。じゃあこれで……」
「あっ。あー!そ、そうでした、実は問題が!」
「なに?何かあったのか?」
「あ、その、えっとぅ……」
ルゥはしどろもどろ、目をあちこちに動かしている。
「あっ、そうだ!今度、私が一からお弁当を作ることになったんです!」
「う、うん?そうなのか。料理、得意なんだな」
「いえ、そこまでは……だから今、特訓中なんです。それで……」
ルゥは耳をへにょりと伏せると、上目遣いに俺を見上げた。
「もし、よろしかったら……お弁当、ユキさんに食べてもらいたいなって」
「俺に?」
「あ、その、あんまり美味しくないかも知れないんですけど……」
「いや、そんなことはないさ。俺でよければ」
「ほ、ほんとですか!わぁ、私、頑張りますね!」
「ああ……それで、他は特にないか?」
「あっ。その……はい……」
「そうか。じゃあ、そろそろ行くよ。ルゥ、無理はしないようにな」
俺が頭をぽんぽんなでると、ルゥはくすぐったそうな、けれども少し物足りなそうな顔をした。
ルゥの名残惜しそうな視線に見送られながら、俺は店を後にした。実を言うと、少し気恥ずかしい気持ちもあったのだ。
「手料理か……」
何だろう。娘を持つ父親は、こんな気持ちなのだろうか。幸いにも、ルゥも俺をそこまで嫌っているわけではいないようだし……少しほっとした。
俺はルゥのことは、それこそ一生面倒を見るくらいの覚悟だった。俺のせいで、ルゥの人生をずいぶん引っかき回してしまったから。それに……
「悪魔になんて、なってたまるか」
こんな俺でも、せめてあの子の前でだけは、王子様でいたんだ。
その為にも、まだまだ頑張らないと。俺は気合を入れ直して、次の場所へと向かうのだった。
「ありゃ、ユキ坊のやつ、もう行っちまったのかい。ったく、アタシにあいさつもなしに」
「……ユキさんは、お忙しいですから。それなのに引き留めてしまって……ルゥは悪い子です」
「あん?でも弁当の話はできたんだろう?あいつ、あんたの料理を食べるって言わなかったのかい?」
「いえ、言ってくれました。ですが……お仕事の話だと思われちゃったみたいで。すぐに流されちゃいました」
「はぁ~……」
(あのバカ真面目、ルゥの前ではカッコつけようとして、かえって肩肘張ってるようだね……)
「ったく、朴念仁な男だねぇ。アンタも不憫なもんだよ」
「あはは……」
そう切なく笑うと、ルゥは遠くに見える背中を見つめた。片方だけになってしまった目では、豆粒のようなそれはぼやけてよく見ることはできない。
(それでも、貴方を追っていいのなら……)
ルゥは『次はもっと早く来てくれますように』と静かに天に祈るのだった。
続く
《次回は土曜日投稿予定です》
アプリコットは指先でペンを回しながらつぶやいた。
「ユキ、あんたずっとこの仕組みを考えてたの?」
「うん?いや、俺がいたところであったものを持ってきただけだよ」
「ふぅん……それもシノギ?」
「似たようなことはしてたな」
何でも商売になるもんね、とアプリコットはため息をついた。
俺たちが新たに始めたシノギは、獣人を社員として登録し、パコロの各地に派遣する……要は、人材派遣業だ。
今まで獣人は、雇い主と直接交渉していた。故に、立場の弱い獣人はどうしても搾取されがちだ。そこにメイダロッカ組が仲介する事で、跳ねられた上前をいただくのだ。何割かは獣人に還元し、獣人にはまともな暮らしを、俺たちは利潤を得ることができるようになる……理屈の上では。無論、そう都合のいいことばかりじゃない……
「はずだったんだけどな。こんなに順調だと、かえって不安だよ」
「あら、発案者がそんなこと言ってるの?情けないわね」
「いや、確かに案は出しはしたが。あくまで提案のつもりだったんだ。まさかこんなに早くとは……」
「だからこそ今やるんじゃないの。言ったでしょ、今がチャンスだって。獣人たちのユキへの人気はうなぎ登り、おまけにチャックラック組を倒してってことで、メイダロッカの名にも箔がついてるわ。これだけ揃えば、説得力は十分よ」
「うーん……」
「残念ながらあたしには、具体的に良いアイディアは出せなかったんだけど。あんたから妙案が出たもんだから、これを生かさない手はないと思ったの」
まあ実際は、アプリコットの言う通りだった。風俗街の獣人は、俺たちの提案に二つ返事で了承してくれた。そうなると、困るのは経営陣だ。労働力の大半が傘下にくだってしまい、なおかつ街を牛耳っていたヤクザを撃ち破った組ということで、メイダロッカの代紋に表立ってケチをつけられる所はいなかったのだ。
「ま、内心では虎視眈々と反逆の機会をうかがってるでしょうけどね。あたしたちがヘマしない限りは、この体制でいけるはずよ。そうなったら、ウチと獣人たちの未来は明るいわ」
「ほんとに、これだけ儲けが出るとはな……最初に帳簿を見た時はびっくりしたよ」
「当たり前でしょ。この町のほとんどの獣人が登録してるのよ?このへんで獣人を雇ってない店なんてほとんどないんだから、町全部があたしたちのお客さんみたいなもんだもの」
「けど、よかったのか?儲かってるならなおさら、もう少し獣人のあがりを大きくしても……」
以前に比べればマシというだけで、俺たちが獣人に払っている金額は未だ少ない。もう少し上げても、組の経営には何ら支障は出ないはずだが。
「あー、ううん。そのことなんだけど、あたしは当面このままでいいと思う」
「え?」
金銭面はアプリコットが一番気にしていると思っていただけに、その答えは意外だった。
「今までお金を持ってなかったってことは、それを使い慣れてもいないってことよ。そんな子たちに、大金を持たせたら危険だわ。妙なものに手を出したりとか……」
なるほど。この町には、悪い意味で手に入らないものはない。薬、風俗、人間さえ……もしかしたら、犯罪に巻き込まれるかもしれないしな。
「わかった。ならもう少し様子をみようか……っと、ぼつぼつ行くよ。今日は俺が見回りなんだ」
「ん。たまにはあの兎ちゃんにも顔見せてあげなさい。きっと首を長くしてるわよ」
「うん?ルゥのことか?ルゥはキリンじゃなくて兎だろ」
「いや、そうじゃなくて……はぁ、もういいわ。いってらっしゃいな」
「?ああ、それじゃあな」
俺は微妙な顔をしたアプリコットに手を振られ、事務所を後にした。
今の俺たちの役割は、外での用心棒の仕事と、内での事務仕事のだいたい二つに分かれていた。主に俺とウィローが外、アプリコットとスーが内だ。キリーは、よくわからない。俺たちにくっついて外についてくる時もあれば、事務所で逆さまに持った書類とにらめっこしている時もあった。
「いい天気だな」
俺は気持ちのいい風に吹かれながら、ポッドの弁当屋へ向かっていた。ケツモチと、獣人たちの見回りを兼ねたパトロールのためだ。
俺たちが介入してからずいぶん少なくなったとはいえ、獣人がらみのトラブルは後を絶たない。うわさではチャックラック組が退けられたことで、ほかのゴロツキどもが後釜を狙おうと活発になっているらしいのだ。まだまだ油断はできない。だからこうして、暇さえあれば店の軒先を回っている。
それに、もう一つ理由もあった。
俺が店先に着くと、一人の少女が箒を片手に掃除をしていた。大きな兎の耳に、短い白髪を風に揺らす少女。その子は俺に気が付くと、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ユキさん!来てくれたんですね!」
「ルゥ。元気そうだな」
ルゥはにっこりと笑顔を浮かべた。その瞳は片目が深紅、もう片方は髪と同じ白色だ。
あれからルゥは、唐獅子の力のおかげか、順調に回復していった。骨ばかりだった体は、うっすらとではあるが肉が付き、病的に白かった肌には血色が戻った。ごっそり抜けてしまった髪も、今は風にそよぐくらいの長さに生えそろっている。
だが、それでもルゥの右目、白く褪せてしまった瞳の視力は、完全に失われてしまった。診察したポッドの話では、両目を失わなかっただけ奇跡だったらしい。まるで唐獅子の閉じた左目が、ルゥに受け継がれたようだった。
「ルゥ、今日はポッドの手伝いか?」
「はい。この後、お弁当の仕込みを手伝うんですよ」
今、ルゥはポッドの店で、住み込みで働いていた。といっても、病み上がりのルゥを気遣ってか、それほど仕事は多くないらしい(もともとそこまで繁盛してもないと、屋台のオヤジは言っていたが)。ポッドの手伝いが無い日は、オヤジの仕入れに付き合ったり、押しかけてきたレットと出かけたりしているそうだ。
「今日はトラブルとかはないか?」
「はい。朝から何事もなく、お仕事も順調ですよ」
「そっか。なによりだな。じゃあこれで……」
「あっ。あー!そ、そうでした、実は問題が!」
「なに?何かあったのか?」
「あ、その、えっとぅ……」
ルゥはしどろもどろ、目をあちこちに動かしている。
「あっ、そうだ!今度、私が一からお弁当を作ることになったんです!」
「う、うん?そうなのか。料理、得意なんだな」
「いえ、そこまでは……だから今、特訓中なんです。それで……」
ルゥは耳をへにょりと伏せると、上目遣いに俺を見上げた。
「もし、よろしかったら……お弁当、ユキさんに食べてもらいたいなって」
「俺に?」
「あ、その、あんまり美味しくないかも知れないんですけど……」
「いや、そんなことはないさ。俺でよければ」
「ほ、ほんとですか!わぁ、私、頑張りますね!」
「ああ……それで、他は特にないか?」
「あっ。その……はい……」
「そうか。じゃあ、そろそろ行くよ。ルゥ、無理はしないようにな」
俺が頭をぽんぽんなでると、ルゥはくすぐったそうな、けれども少し物足りなそうな顔をした。
ルゥの名残惜しそうな視線に見送られながら、俺は店を後にした。実を言うと、少し気恥ずかしい気持ちもあったのだ。
「手料理か……」
何だろう。娘を持つ父親は、こんな気持ちなのだろうか。幸いにも、ルゥも俺をそこまで嫌っているわけではいないようだし……少しほっとした。
俺はルゥのことは、それこそ一生面倒を見るくらいの覚悟だった。俺のせいで、ルゥの人生をずいぶん引っかき回してしまったから。それに……
「悪魔になんて、なってたまるか」
こんな俺でも、せめてあの子の前でだけは、王子様でいたんだ。
その為にも、まだまだ頑張らないと。俺は気合を入れ直して、次の場所へと向かうのだった。
「ありゃ、ユキ坊のやつ、もう行っちまったのかい。ったく、アタシにあいさつもなしに」
「……ユキさんは、お忙しいですから。それなのに引き留めてしまって……ルゥは悪い子です」
「あん?でも弁当の話はできたんだろう?あいつ、あんたの料理を食べるって言わなかったのかい?」
「いえ、言ってくれました。ですが……お仕事の話だと思われちゃったみたいで。すぐに流されちゃいました」
「はぁ~……」
(あのバカ真面目、ルゥの前ではカッコつけようとして、かえって肩肘張ってるようだね……)
「ったく、朴念仁な男だねぇ。アンタも不憫なもんだよ」
「あはは……」
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