異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第13話/ Prima donna
コツコツとヒールを鳴らしてやって来たのは、ふわふわの髪をした娘だった。頭には猫のものだろうか、ふさふさの耳がぴょこんと生えている。 
「久しぶりじゃない。やっぱりあんたたちだったのね」
猫娘は親しげに笑うと、俺たちと同じテーブルについた。ウィローは驚いたように目を見開いたが、同時に納得したようにこくんとうなずいた。
「アプリコット……あなただったんですね」
「白々しいわよ。知ってて来たくせに」
さっきとは一転、刺々しい口調で、猫娘は食って掛かってきた。
「今日はなんの用。いっとくけど、あたしは組には戻らないわよ」
なんだって?組に戻る?
ウィローは猫娘とは対照的に、静かに首を振った。
「……修正が二つあります。私たちは本気であなたの行方を知らなかったし、組に戻るよう説得しに来た訳でもありません」
「じゃあなんだっていいわ。あたしはもう関り合いになりたくないの。それを言いに来たのよ」
「アプリコット、あなた……」
俺は我慢できなくなって、隣に座るキリーをつんつんと小突いた。
「なぁ。この人は元組員なのか?」
「え?アプリコットは、う~ん……まあそうっちゃそうかな」
「なんだよそりゃ。どういうことだ?」
「え~、なんて言ったものか……」
俺たちがおしゃべりしていると、猫娘・アプリコットは、耳障りだというように猫の耳をピクリと震わせた。横目で俺のほうを見る。
「……誰よこいつ。見ない顔だけど」
「彼は新入りです。つい最近舎弟になったんですよ」
「ふ~ん……」
アプリコットはいちべつだけすると、興味なさげに視線を移した。
「それより、あのジジイは一緒じゃないの。あたし、あいつに一言いってやりたいんだけど。あいつのせいで、あたしたちどれだけ迷惑したか……」
ジジイ?キリーはきょとんとした顔でたずね返した。
「じじいって、おじいちゃんのこと?おじいちゃんが何かしたの?」
ああ、先代の組長のことか。アプリコットも、彼を知っているんだな。
「あんたたちのボスはねえ、あたしたち獣人を裏切ったのよ!」
なんだって?獣人を裏切った?
「え……アプリコット、どういうこと?」
「……あんたたち、ホントーに何も知らないの?」
キリーがこくんとうなずくと、アプリコットは苛立たしげに腕を組んだ。
「あのジジイ、自分の組員にすら話してなかったのね……いいわ。しょうがないから、教えてあげる」
アプリコットは、ギッと椅子に深く腰掛けた。
「あたしが組に入る前、別の店で働いてたのは覚えてるでしょ」
「うん。おじいちゃんの行き付けだったもん」
へえ。それがどうしてヤクザの組員になったんだ?疑問符を浮かべる俺を見かねて、ウィローが説明してくれた。
「彼女はもともとホステスだったのを、先代が勝手に組へ籍を置いたんです。だからほとんど組に顔を出したことがないんですよ」
な、なるほど。幽霊組員、とでも言うのか?聞いたこともないけど。
「もうっ、ちゃんと会いに来てって言ってるのに」
「あのねぇ、勝・手にって、聞いてなかった?あたしはあんたたちと仲間になったつもりはないの!」
「え~?でもおじいちゃんと会う時は、まんざらでもなさそうだったじゃん」
「ばっ、な、なわけないでしょ!適当言わないで!」
アプリコットは耳をピーンと立てて叫んだ……分かりやすい娘だな。
「けどね、だからこそ分かんないよ。どうしておじいちゃんを恨んでるの?まあ確かにテキトウなとこはあったけど……悪い人じゃないことは、アプリコットもよく知ってるでしょ?」
アプリコットは口をつぐむと、キリーの顔をじーっと見つめた。キリーも負けじと見つめ返す。やがて諦めたように、アプリコットはため息をついた。
「……あいつが初めて店に来たのは、あたしが下っ端としてこき使われてる時だったわ」
その口調は誰に話すでもなく、ただ昔の記憶を思い起こしているようだった。
「あの時は地獄だった……ろくなものも食べられず、店ではこの耳のせいでいじめられて……正直、死にそうだった。けどそんな時に、あいつはやって来た」
「あいつはおせっかいで、デリカシーのかけらもなくて……気が付いたら、あたしはあいつの組の一員にされてた。そしてそこには、あたしの他にも“生き場”のない女の子がいたわ」
「あたし、きっとヤバイやつに捕まったんだって思って、大慌てで逃げ出したのよ。ちょっと前に獣人さらいが流行ったばかりだったし。まぁ結果として、あいつは何もしてこなかったけど」
「それから、あいつはちょくちょく店にも顔を出すようになった。店で獣人だからってもめ事が起こると、それを仲裁してくれるようにもなった。あいつのおかげで、獣人たちはずいぶん働きやすくなった……けどね」
「一度良くなったぶん、そこから転がり落ちた痛みはより大きくなってしまったのよ」
店におもむいて、トラブルの解消。先代は俺たちのシノギと似たようなことをやっていたんだ。そして、それは実際に成功していた。ならなぜ?
「痛みって……どういう、ことなの?だって、アプリコットだって嬉しかったんでしょ?」
キリーは納得できない、と身を乗り出した。
「そうね。ここまではよかった。けど、その後が問題なのよ」
アプリコットもずいと身を乗り出すと、キリーを真っ向から睨み返す。
「あいつに守られてる間、獣人たちは安全だった。けどある日突然、それは消え去った。あいつはふっつりと、店に来なくなったのよ」
「え?」
いままで面倒見てきたのに、いきなり?もしかしたら、その時もう先代は……
「ねえ、あいつも今日近くにきてるの?いるならぶん殴ってやりたいんだけど」
「……おじいちゃんは、もう」
キリーが物憂げに告げた。
「え……」
アプリコットは目を見開いた。
「だって……あいつ、つい最近まで」
「……おじいちゃんが、いなくなってから。まだ一年も経ってないから」
「ッ……そうだったのね。まあ、なんとなく……そうだろうとは思ってたわ」
アプリコットの耳は悲しげに伏せられていた。だが次の彼女の言葉に、俺たちは目を丸くした。
「けど……ならなおのこと。あたしはあいつを許せない。老い先長くないなら、人助けなんかすべきじゃなかったのよ」
彼女の言葉に、キリーは驚いたように声を震わせた。
「ど……どうして?助けてもらって、嬉しかったって……」
「その時はね。けどあいつがちょっかいを出したおかげで、獣人たちはいっそう目の敵にされるようになったのよ。そんな状況でいきなりほっぽかされて、あたしたちがどれだけ大変だったか……」
俺は昨日キリーとした話を思い出した。最後まで守るだけの力が無ければ、かえって人を不幸にすることがある……先代は、あの話での悪魔に変わり果ててしまったのだろうか。
「けど、けど!おじいちゃんだって、悪気があったわけじゃ……」
スーがなおも食い下がろうとするも、アプリコットはそれをぴしゃりと遮った。
「たとえそうでも、一声かけるとかはできたはずでしょ。その策が講じれなかった段階で、無責任だわ」
「……」
キリーはなにも言い返せなかった。アプリコットが言っていることは、昨日キリーが話した事そっくりそのままだったから。
「……先代については、今は置いておきましょう。大事なのは、アプリコットが私たちに協力してくれかどうか、です」 
ウィローが場を仕切りなおす。確かに、いま大切なのはそこだ。俺たちには、上納金という差し迫ったリミットがある。
「っていっても、あたしの答えは出てるけどね」
ふん、とアプリコットはそっぽを向いた。
「……一応、聞いていいですか」
「ノー、よ!決まってるでしょ!」
アプリコットは、い~っと八重歯を剥いた。
「しかし、アプリコット。これはあなたたちにとっても悪い話では……」
「い・や・よ!ヤクザの言ううまい話ですって?芋虫がしゃべったって言うほうがまだ信じられるわ」
「アプリコット。そう意地を張らないでください。いい年して、大人げない」
「……あんですって。あたしが大人げないなら、あんたはちんちくちんね。そんなんだからいつまでたっても貧乳なんでしょ」
ブツン。うわ。ウィローの血管が切れた音が聞こえそうだ。
バアン!ウィローが思い切りテーブルを叩いた。スーがびくりと身を縮こまらせる。
「……言っていいことと悪いことの分別もつかねーようですね、このメス猫!」
「あーら、あんたよりはついてるつもりよ!そっちこそ、目上への口の利き方がなってないようね!」
バン!アプリコットも一歩も引かずに手を叩き付ける。これじゃ話し合いどころじゃないな。
「おい!落ち着けよ二人とも。ウィロー、俺たちはケンカをしに来たわけじゃないだろ」
「あぁ!?」
「アプリコット、あんたも。冷静になってくれ。少しくらい話を聞いてくれてもいいだろ」
「あんですって!?」
今にも取っ組み合いをしそうな彼女たちを、俺は無理やり押し戻した。
「まずは、話し合いから……」
「ふん!あたしは話すことなんかないわ!これでこの話は終わり!お金はいいから、とっとと帰って。あたし、この後忙しいの。延長料は……高くつくわよ?」
彼女があごでしゃくった方を見ると、屈強な姿の黒服たちが、大勢でこちらを睨んでいた。その荒々しい風貌はまるで狼の群れだ。
「あっ!ちょっと待ちなさい!話はまだ……」
俺たちが気をとられている間に、アプリコットはコツコツとヒールを鳴らして行ってしまった。
「……困ったことになったな」
「はぁ、全くです!」
「とりあえず……ここを出ようか。長居してもいいことはなさそうだ」
俺はいまだ怒りまくるウィローを引きずりながら、店を後にした。
車まで戻ってくるなり、ウィローはガスンとタイヤを蹴りあげた。
「なんなんですかあのメス猫!ちょっと出世したからってえっらそうに!」
「こーら。ウィロー、一応同じ組員なんだから。悪く言わないの」
キリーがなだめるように声をかける。しかし、その声は明らかに元気がなかった。そりゃそうか、慕っていたじいさんのことを、ああもいろいろ言われちゃな。
「けどあの人、本気でおじいさんのこと嫌ってるようには見えなかったね。ちょっと怖いけど、悪い人じゃないのかも……」
「ちょっとスー、あなたどっちの味方ですか!」
「えぇ!?」
「……なんにせよ、目下の問題は。このままじゃ金が集まらないってことだな」
結局のところ、そこが大問題だ。
「もういっそのこと、あの店を襲ってむしり取りますか」
え……俺たち三人が凍り付いたのを見て、んんっとウィローが咳払いをした。
「冗談ですよ。あれだけ大きな店だと手を出しづらいです」
「……きみが言うと、冗談に聞こえないんだよな」
そうですか?とウィローは首をかしげている。
「けど、本当に大きな店だったな」
俺はプラムドンナのまばゆい内装を思い出した。あれだけ箱がでかいと、きっと稼ぎも大きいのだろう。
「だけど……獣人って、身分が低いんだよな?アプリコットはどうやってあの店のオーナーになったんだろう」
「そう言われれば……」
それだけじゃない。彼女は風俗街を掌握するボスでもあるのだ。夜の女帝ってのは聞いたことがあるが、現実に年端もいかない娘が街一つを牛耳るとなると、一筋縄でいかないだろう。
「……なにか、カラクリがあるんでしょうね」
ウィローがこめかみを押しながらつぶやいた。
「ですが……もしその秘密を暴けたなら」
俺はこくりとうなずいた。
「シノギがうまく流れ出すだけじゃない……ひょっとすると、もっとでかい金鉱にぶち当たるかもな」
アプリコットがどんな手を使ったのかはわからないが、風俗街のボスという、絶大な権力を生み出す秘密だ。俺たちが一枚噛めれば、大きな利益につながるに違いない。
儲け話の予感に、キリーがにわかに瞳を輝かせた。まさしく、現金なやつだ。
「いいじゃん!わたし、そういう話だいすき!」
「よし。それなら、この辺りをうろついてみないか?なにか手がかりがあるかもしれない」
「……そうですね。このまま手ぶらで帰るよりかはマシそうです。ですが」
ウィローはぴっと人差し指をたてた。
「行くなら個人個人で行きましょう。私たちが固まって動いていると目立ちすぎます。アプリコットの目にとまったら、何されるかわかったものではありません」
それは確かにそうだ。背後から闇討ちなんて、冗談にもならない。
「わかった。じゃあ各々ある程度聞き回ったら、ここで落ち合おう」
「りょーかい。ユキ、お小遣い持ってる?持ってるね、おっけー。ふふ、この辺はひさびさだから楽しみだな。じゃあね!」
言うが早いか、キリーははずむように駆け出していった。
「では、私も行きますね」
「……ウィローちゃん、一緒に行っちゃダメ?わたし、こういうとこは怖くって……」
「もう。スー、あなた話を聞いていたんですか?」
なんのかんの言いながら、二人は連れ立って町へ消えていった。
後にはぽつんと一人、俺だけが残された。
「……俺の相棒はお前だけだよ」
俺が車体を撫でると、ボロ車は冗談じゃない、というようにぎしぎし揺れた。くそぅ……
続く
《次回は土曜日に投稿予定です》
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