この世界はフィクションです。

ナナシノシロ

02 不安と期待と

「神……様……?」
    
    訳の分からない事の連続で優希の頭はショートしてしまいそうになる。生憎、何事にも動じす柔軟な発想が出来る程に優希の頭は出来ていない。

「戸惑う気持ちも分かるし、聞きたいことも増えただろうけど、一旦待ってね。秘密にしててもしょうがないし、教えてあげる。優希の容態を」

    容態……?違和感のあるその言葉に優希は首を傾げる。同時にヒシロが此方に何かの書類を提示してきた。隙間なくびっしりと埋められている文字。その書類の下部に記載されている写真に目を落とす。

「………………!?」

    白い空間の中央に1つのベット。医学部の優希でさえ知らない複雑な機械がベットの周辺に取り囲まれ、ベットの上には女性が横たわっている。

…………私だ。
    
    身体中に包帯が巻かれ、不気味に赤い液体が染まっている。顔は大部分が医療器具で隠れ、唯一見えている右目部分はただ瞼が覆われていた。その余りの衝撃に口に手を当て目を逸らしてしまう。

「トラックとの正面衝突。見ての通り身体はズタボロで意識不明、一命はなんとか取り留めたけどこのままだと目が覚めるかは分からない」
「……追い打ちをかけるようで申し訳ありませんが目が覚めたとしても以前のように生活は不可能かと。奇跡が起きても車椅子が限界です」

    絶句。事実を知った優希の身体はただひたすら小刻みに震えていた。死にたくない、生きたいと藻掻く身体に自然と力が入る。

「あれ……血?」

    違和感を感じ、右の掌に目線をずらす。爪が肉に深々と刺さり、力んだ指が鮮血を垂らした。それでも指は力むのを止めない。やがて掌一杯に溜まった血が私の顔を写す。

「恥ずかしっ、私。いい歳こいて人前で泣くなんて……」

    掌に溜まった血で書類を塗りつぶし、顔を上げて優希はティフォを見つめる。その眼はまだ希望を捨ててはいないようだった。

「教えて、ティフォ。私はどうすればいいの?」

    興味深そうに頬杖を付き、優希を見つめていたティフォは軽やかに席を立ち私のすぐ隣にまで接近する。

「立ち直れないと思ってたけどそれは杞憂だったね。ヒシロ、取り敢えずあれ持ってきて」

どこからともなくヒシロが白い救急箱から包帯や消毒液などその他諸々を取り出し、優希の右手の治療を試みも、上手くいかない。

「……ヒシロ、私がやるからそれ貸して。相も変わらず不器用なんだから」
「……申し訳ありません」

  「全く」と満更でもなさげな表情で優希のの手を手際良く治療するティフォと、重々しく自分を責めるように謝罪の意を示すヒシロ。そんな光景を微笑みながら静かに優希は眺めていた。

「……うわ、痛っ!痛い痛い痛い!ティフォちょっと待って!」

    優希の顔が一転、苦悶の色が広がる。死の恐怖という麻酔が切れ本来の痛みが掌に広がりながら、追撃をかけるように多量の水が傷口に浸食されているのだ。無意識に右腕が暴れ出すがティフォに容易く抑え込まれてしまい、為す術もなく激痛に怺えることしか出来なかった。

「こんなので音を上げる様じゃこの先生きていけないよ?」

    優しく私の手を撫でながらぼそっと呟く。……暖かい。遠くからしか見えていなかったティフォの顔をハッキリと写した優希の目は不思議そうに真っ直ぐ捉えていた。整った顔立ち、パッチリとした可愛らしい少女の様な瞳の中にもどこか大人びた風格が纏っている。優希はこの同じ特徴を持つ人物を知っている。

「ユリ……」

    不意に親友の名が口から溢れる。見れば見るほど疑惑が膨らんでいく。それ程までにティフォとユリは似ているのだ。

「……よく聞いて、優希。貴女を助ける代わりに私がやって貰いたいのはとても危険な事。それでも優希は私に協力してくれるの?」

    優希がそんな事を考えていると、ティフォが優希に問いかける。声色は至って真剣で、優希をどこか心配する様な言い方だった。

「それこそ杞憂だよ、ティフォ。私だって19年も生きてきたんだ、そこまでヤワじゃない」

    ティフォから見れば19年などとても短小なもの。しかし、優希の発言に説得力を感じティフォは静かに目線を下ろし治療に集中する。

「じゃあ消毒するよ。ヤワじゃない所を見せてね」

    治療はもう充分だと脱兎のごとく逃げ出そうとするも背後に居たヒシロに肩を掴まれがっしりと固定されてしまう。弁明の機会すら与えられず、無慈悲にも消毒液が優希の手にかかる。

    断末魔の様な叫び声が部屋中に響き渡り、優希の瞳には再度涙が浮かんでいた。

✤✤

「優希がヤワじゃない事はなんとなく分かったし、もっと具体的な話をしようか」

    治療が終わり、自席に座ったティフォが淡々と話を始める。対して優希は疲弊した様子で静かに右手に巻かれた包帯を撫でていた。
「(そもそもティフォは神様なんだから治療くらいわざわざ手動でやらなくてもいいと思うんだけどな……)」

    思考回路が弄れた事を思いながらも、ティフォの話は聞き漏らさずに優希はその事を口には出さなかった。

「私がするお手伝いについて、だよね」

    そして冷静さを取り戻し始めた優希は話の概要は分かっていた。ティフォの後方で日代が再び書類の準備をしている。

「さっきも言ったけどこの手伝いは危険を伴うんだ。最悪の場合死に至る。だから、しっかりと頭に詰め込んで」

    優希に向けられた真剣な眼差し。余計な事は考えずに準備は出来たと頭を縦に動かす。

「優希達が住む、私達は『箱庭』って呼んでいる世界とは別の『虚構世界』に行ってもらいたいの」
「此方を、どうぞ」

    丁度ヒシロに書類を渡される。先程とは打って変わったその膨大な書類の量に優希は狼狽するも、直ぐに目の色を変え西洋風の街並みが映されている写真を見る。

「綺麗……ここは?」
「虚構世界の五大都市の1つ、ディスノミア。素敵でしょ?」
「ディスノミア?……何処かで聞いたことのあるような」
「へえ、凄いね優希。ディスノミアは神の名前、つまり私の友達の名前を使ったんだ」

    正確には私の部下だけどね。と何故か照れ笑いの様な表情を浮かべるも、直ぐに何かを思い出したかのように緩んだ口を素早く結ぶ。

「そ、そんな事はどうでもいいんだ!どうせ優希も実際目にするだろうしね。すぐ話が脱線しちゃう、私の悪い癖だ」

    何処か焦ったような表情を見せ、取り繕うかのように話を戻すティフォ。優希も少し疑問に思いつつも言葉には出さず、そのまま話を聞く態勢に戻す。

「では、詳しい内容を伝えようか。優希を助ける代わりにやって欲しい事は……」

    息を整えて静かにティフォが言葉を発する。同時に優希の心臓は高鳴り、呼吸が荒くなる。死ぬかもしれない仕事の内容に対して抱く想いは、9割の『不安』と1割の『期待』。ドラムロールが脳内で響き、遂にティフォが口を動かす。

「ーー落し物を拾ってきてほしいんだ。」
「…………へ?」

訂正。10割の『不可解』であった。

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