『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。
退屈
(つまらん)
トウシは、ため息をつきながら、ボリボリと頭をかいた。
(アホと将棋やっとる気分や。クセを突かれて誘導されとることくらい、さすがにもう分かっとるはずやのに、まったく対処できてへん。そこからが勝負の醍醐味やないか。いかに裏をかくか。裏の裏をかくか。せやのに、こいつら、裏をかかれた段階で手も足も出てへん)
匂い、気配、空気。
流れや雰囲気から、あらゆるすべてを見通し対策を練る。
一投一打に価値と魅力を与える。その積み重ねが、美しい試合を形成する。
(美しくない。面白くない。クソつまらん)
また、溜息がこぼれる。
(神との試合は、楽しかったな……ボコられたけど、美しい試合やった。すべてが完璧で、一投一打がキラキラと輝いとって)
論理の究極。思考の最終形態。技術の最果て。
「ハッキリわかった。カス相手に投げてもおもろない」
一時的に人間にもどったのは、存在証明が最大の理由だが、しかし、どこかで思っていた。
神に投げた時のように、美しい試合がしてみたい。
非力な人間に戻り、高校野球としては史上最高の現西教を相手にすれば、あの日と同じ、極上の快感を得られるのではないだろうか。
そんなことも思っていた。しかし、現実は違った。
(話にならん。クソどもが……晒した上で、どまんなかに速球系を投げとるだけやのに、なんで打てへんねん。クソすぎるやろ)
三回からずっと、トウシは、ド真ん中速球のサインを出したうえで、本当に、ド真ん中に速球系を投げ込んできた。
だが、まだパーフェクト。
トウシの球は、前に飛ぶことすら、ほとんどない。
(スコアやビデオを見るだけでは分からん事がある。ええ勉強になったわ。高校野球のレベルがここまで低いとは思わんかった)
データの解析や外野からの観戦では分からないこと。
(棋譜を見たって、そいつらがその時、どれだけ深く潜っとったかまではわからへん。ワシは勘違いしとった。もっと深く考えてやっとるもんやとばかり……けど、なんてことない。こいつら、なんにも考えてへん)
実際に浮いているハイスピンと、それよりも初速と終速の差が少ないのに沈むジャイロを軸にした究極の投球。
思考の誘導と四次元上の幾何学的錯視が、打者の眼を完璧に狂わせる。
才能あふれるとはいえ、所詮高校生でしかない彼らに、トウシの球が打てるわけがない。
(ほんま、おもろない……もうええわ。はよ、終わらせよ)
★
「完成した」
「は?」
投神の唐突な発言に、ミシャンドラは首をかしげる。
「田中東志に、唯一足りなかったのはアレだ。彼は、私たちとの試合の後、現世に戻った時、こんなことを言った」
――ワシかて、結構ビビってんねん。達成できるかどうか不安でしゃーない――
「投手にはふさわしくない思考形態だ。投手は、常に、ふんぞり返っていなければ、君臨していなければならない。王様として、神様として、マウンドの上でふんぞりかえっていなければならない。危機的状況下に平伏すようでは話にならない。何を前にしても、決して屈しない魂こそ、投手に求められる最大にして必須の条件」
ニコリとほほ笑み、
「世界一といわれる高校野球の歴史上でも最高峰と評されている現在の西教、そのレベルの低さを肌で感じ取った彼は、ついに、相手を見下し、ねじふせることにすら飽きるという絶対的な豪気の極地にたどり着いた。今後、どれほど絶望的な危機を前にしたとしても、彼の中に芽生えた絶対者としてのプライドが、否応なく彼を奮い立たせる」
――ワシほどの男が、この程度の状況を、どうにかできんはずがない――
「心はもろい。わずかでも隙間があれば、そこから簡単にヒビ割れていく。田中東志の心は純度の高いプライドで満ちた。神を背負うにふさわしい投手の誕生。圧倒的デビュー。彼は――」
「しゃべり方がチャラくなくなってんぞ」
「田中ちゃん、マジでパなくない?」
★
ツーストライクに追い込まれた清崎は、必死に、それまでの打席で見てきたトウシの球をイメージする。
(なんで打てない? なんでだ? ……タイミングか? 遅すぎるからか? いや、違う。もう十球以上みているんだ。目は十分に慣れている。遅いってのは、打てない理由じゃねぇ。わからねぇ。なんでだ? どうして打てない?)
深呼吸。落ち着けと、自分に言い聞かせる。
落ち着けば打てる。焦るな。大丈夫だ。必死に言い聞かせる。
その様子を見て、トウシは、
(打者としての才能の量りは大きく分けて二つ。スイングスピードと、リリースポイントからの軌道予測精度)
飛距離を出すだけなら、物理的に、入射角に気をつけて芯に乗せればいいだけなので軌道予測精度だけでもいいが、どんな球にも対応するためにはスイング速度が不可欠。
(こいつはどっちもすぐれとるうえ、アジャスト機能も高スペック。まるでオーダーメイド。打者になるために生まれてきたような超天才。それは事実。それは認めたる、けど)
振りかぶり、
(あのなぁ……超天才……ごときが……)
足をあげる。スゥっと息を吸い、
「史上究極の天才であるこのワシに勝てるか、ボケェ!」
投じられたのは、120キロ中盤のハイスピンフォーシーム。速度だけでいえば、清崎の大好物。
だが、前の二球、100キロのツーシームと80キロの0シームジャイロによって、清崎の脳は完全に混乱している。
彼の常識にはない回転や軌道に、脳がまったくついていけず、結果、視覚情報の組み立てが上手くできない。
狂った補完情報によって組み立てられた結果、
パシッ!
「はぁあ! 嘘だろ!」
大幅に振り遅れる。清崎は、ボールがミットに収まってからバットを振った。
「なんでだぁああ! はぁあああ?!」
怒り心頭でわめき散らしている清崎とは対照的に、トウシの反応は冷ややかなモノだった。
(下手クソやから打てへんねん。それだけのこっちゃ)
虫を見る目。ただ呆れている瞳。
(てか、三振したんやから、はよ、どけや。邪魔。こっちは、さっさと終わらせたいねん、クソが)
打席上でワナワナと肩を震わせている清崎に、審判の注意が入る。
ようやく打席から降りた清崎は、奥歯をかみしめたままベンチに戻り、壁にヘルメットを叩きつけた。
そんな騒動など全く意に介していない表情の桑宮が打席に入る。
桑宮は、目をギュっと閉じて、
(速度の錯覚……軌道のズレ……たぶん、脳が、勝手に間違った修正をしているんだ。リセットする。脳みそから情報を消す。反射で打つんだ。下手に球種を読もうとするとおかしくなる。速度は遅いんだ。見てからでも十分に対応できる。来た球に逆らわず、なにも考えずに打つ。それでいいはず……いや、それでいいんだ)
パっと開き、頭をからっぽにして、マウンド上全体をボォっと見る。
その様子を見て、
(周辺視でどうにかなる問題やないんやけどな、まったく。下手に野球知っとるヤツを相手にする方が、なに考えとるか手に取るようにわかって楽やな。読みを捨てて、脊髄反射で打とうって? しょーもな。反射に頼るアホは一番のカモやって、なんでわからへんねん)
溜息をつく。
また想像の下を行かれて、心底呆れかえる。
(反射いうても、実際にバットを振る際には脳の奥での調整が必要になる。人間は、火に触れた際なんかの回避反射は完璧にできても、打撃という複雑な技能を必要とする行動で完全な反射はできん。必ず、頭のどっかで調整が入る。打撃で反射に頼るぃうんは、その調整をズラされたら御終いってこと。お前の打撃における反射のクセは既に理解できとんねん。ズラすんは造作もない)
ゆっくりと振りかぶる。
速度と回転に気をつけて投げる。
当然のように空を切るバット。
その光景を見て、
(おまえがやっとんのは、玉の守りをわざわざ自分で剥いだようなもん。雑魚が。お前は、初球で詰んだ)
あくびをかみ殺す。
トウシの言う通り、桑宮は初球で終わった。あとは、アホでも読める単純な配球でも確実に打ち取れる。
(あー、つまらん)
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