『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。

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究極のピッチング



「トウシくんがサインを出すのって、やっぱりやめた方がよくないですか? バレたら終わりですよ?」


 二回の守り時に、ツカムが、心配そうにそう声をかけてきた。


「初回からバレとる。変化球の時と速球の時で掛け声を変えとるアホがおるから間違いない」


「え、じゃあ、変えないと」


「かまわん。もともと、バラすつもりで、わかりやすいサイン出してんねん」


「どういうことですか?」


「ええから、戻れ。審判の顔が怖なってきとる。あいつらは、試合を円滑かつ高速で進めることに命をかけとる珍生物で、遅延する奴に対して殺意を抱くねん。審判を敵に回してええことはひとつもない」


「……え、でも……ふぅ、わかりましたよ」


 ★


 打席に入った桑宮は、現状を鋭く考察する。


(おそらく、ウチの打線は調べつくされている。あの田中って投手の頭がいいのは、アカコーってだけで確定だし、コントロールもいいみたいだから、苦手なコースを軸に、キチンと、論理的な配球をしてくるのは確実。でも、それは、つまり、同じことができるぼくには通じないということ。教えてあげるよ。頭使っているのが、自分だけだと思わないことだ)


 ★


 トウシは、打席の桑宮の表情や構えを観察し、一つの結論をだした。


(ワシの速度にバットを寝かすいうんは、比較的打率の低いローコースを意識しすぎとるから。アホやな、こいつ。もしかして、自分の頭がええとでも思ってんのか? ワシの配球を読んだるて? 苦手なコースを軸に投球してくるやろうから、それを軸に狙い球を決めてこうて? アホちゃうか)


 思わずため息が出る。
 わかった気になっているバカを相手にするのが一番しんどい。
 対処するのが難しいのではない。厨二患者を前にした健常者の気持ちとでもいおうか。


(大事なんは苦手なコースやない。その時点におけるトータルでの打撃のクセをよんで、そのつど対処法を考えること。苦手なコースを中心とした配球いうんは、ジャンケンで例えれば、グーで負ける確率の高いヤツに、パーを出しとけば勝てると考えるんと同じ愚考中の愚考。なんも考えてないホンマもんのアホ相手やったらいざ知れず、西教でエースやっとる、最低限はクリアしとるアホ相手に、そんな配球せんわ、ボケ)


 振りかぶる。
 息を吸う。


(苦手なコースに、読み・根性・技術で合わすことはできても、打撃のクセだけは、一打席・二打席で簡単に対処することはできん。なぜなら、クセは、技術で対処できる弱点やなく、こびりついたただの性質やから。そして、打者が、良くても三割しか打てんのは、打撃という技能が、それだけ複雑かつ繊細で難易度が恐ろしく高いから。遅い変化球に目がすぐに慣れてしまうクセをどうにかするには、時間をかけた弛まぬ努力がいる。ビジョン系のトレーニングで動体視力を鍛えるだけでも年単位は軽く必要。すべてのクセを極限のレベルで矯正できとんのは、ワシが知る限り、神と悪魔だけ。人間には、必ず、どうしようもないクセ、穴がある)


『ボォル!』


(桑宮の打撃のクセは、コントロールのええ投手に対して、苦手意識のあるアウトローに全感覚が向きすぎてしまうこと)


『ツーボォッ!』


(中途半端に配球のセオリーを知っとるアホは、絶好のカモ。意識の枠外に何球がズラしてやれば、動体視力と神経回路が鈍る。ノーツーというカウントも、状況しだいでは、投手有利になる。『この投手は自分にビビっている』。『次は入れてくるはず』。『ノースリーを期待するのは、むしろ危険』。『こここそが打つべきタイミング』……考えるよな。アホみたいに、自分にとって都合のええことを。考察できた気になる。推察できた気になる。それがお前の限界や)


 キィン!
 鈍い音が響く。


 インハイの2シームジャイロに対応しきれず、打球は捕手の頭上に高くあがった。
 なんなくキャッチしてワンアウト。


 トウシは、アクビをしながら、マウンドをならした。


(なんつーか……こいつら、思ったより弱いわ……)


 ★


 所詮は、クソ遅い三流投手。
 いつでも打てる。楽勝、楽勝。


 そう楽観的でいられたのも、五回を終えるまでだった。
 現在、点差は1対0。


 負けているのは西教。


 初回の裏、田中にコツンと当てられ、盗塁からの佐藤のポテンで、あれよあれよと、一点を取られた。


 大したことない。一点くらい。田中とかいうクソから二点とればいいんだろ? 楽勝、楽勝!


 だが、一向に点を取れる気配はない。










「……なんで……打てねぇんだ? おかしいだろ……どうなってんだ!!」


 わめく清崎の横で、桑宮が、絶句した表情で固まっていた。


「お、おい、どうした、桑宮」


「……完璧……」


「あ?」


「僕の……理想とする……ピッチング……」


「なにいってんだ、おい。なにトリップしてんだ? おーい」


「ずっと、計算していた……初回から……彼の球種で、僕だったらどう投げるかって。ウチの打者相手に、あの速度で完全試合をするには、こうすればいいっていうプランは頭の中にすぐ浮かんだ。でも、それを実行するためには、九分割以上のコントロールと、全球種を一キロ単位でアジャストする力がいる。そんなもん、もちろん、人間には無理だ。だから、僕は、すぐに、ミスを含めたうえで考え直した……」


「……で?」


「必要なかった」


「あ?」


「あいつ……田中東志は……人間には不可能だと思ったピッチングを……そのままやっている……」


「ちょっと待て。は? おまえ、さっき、九分割以上のコントロールとか言ってたよな? おいおい、まず、それは絶対に無理だろ。お前でも、調子良くて六分割が限度。それだって、異常なレベルで、とにかくすげぇんだ。九分割以上なんて、人間にできるわけねぇだろ」


「……彼はやっている……」


「つーか、そもそも、相手投手が何分割で投げているかなんて、そんなもん、わかるわけ――」


「わかるよ……ぼくは、一流の投手だから」


「理由になってねぇ。つーか、落ち着け。冷静に現状を見ろ。あいつは、球がクソ遅くて、変化球のキレが微妙な、しかし、運だけは異常に良い投手だ。それ以上でも以下でもねぇ。どんな相手も侮らないって精神は御立派だが、ゴミをダイヤモンドと見間違えるのは、ただのバカだ」


「……」





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