『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。
転
(こんなものじゃない。俺は、もっと高く飛べる)
三分は変わった。
試合で投げることによって、投げ勝つ快感を知ることによって、
彼の脳みそは、投手の魅力という熱で焼き切られた。
(まだ足りない。今程度の球じゃ足りない。もっとだ……もっと……もっと……)
三分の投球に対する姿勢の変化は、誰の目にも明らかだった。
三分は渇望する。『より良い投手になるためのすべて』だけを希求する獣になる。
『本物の投手』という化物になる。
「田中」
「あ?」
「どうすれば、俺の球は、もっと速く、お前に届く?」
「は?」
「おまえなら、わかるんだろう? お前は天才だ。お前なら、俺をもっと高く飛ばせる。教えてくれ。俺はどうすれば――」
「黙れ、殺すぞ」
「ぇ?」
トウシは、ハっとして、口を押さえながら、ごまかすように、んんっと息をついて、
「試合中にゴチャゴチャ喚くな。ワシの言う通りに投げたらええ。ワシの言う通りに練習したらええ。それだけでええ。アホなんやから、なんも考えんな。天才のワシに全部任せとけ」
「……分かった。従う」
そう言って、トウシから離れたベンチの隅にこしかける。
なんとなく気まずい空気がベンチに流れた。
「トウシくん」
「あん?」
「なんか、イラついてません?」
「……」
「なにか、問題でもあったのですか? この試合のプランに差し支える問題でも?」
「いや、なんもない。それどころか、ようやっと運が回ってきた……運が……まわりすぎとる」
「まわりすぎ?」
「なんでもない。気にすな」
「ぴよぴよ(気にするなというのが命令なら従う他ないわね。でも、この試合の今後の展開については質問させて。で、どうなの? この試合、この先、うまくいくの?)」
「問題無い。今の三分の球なら、ワシがリードしとる限り、点は取られん。相手のミスを待って、奇襲をしかけ、一点をもぎとる。それでしまいや」
「頼みますよ。トウシくんだけが頼りなんですから。あ、ところで、一つ、気になっていることを聞いてもいいですか?」
「なんや?」
「なんで、僕って、捕手なんですかね?」
「……あ?」
「ほら、僕らを拉致ったミシャンドラって、デビルチームの正捕手じゃないですか?」
「ああ、そう言うとったな。それが?」
「トウシくんのプランを聞いたり、野球を勉強してみたりして、捕手の重要性に気づかされました。仮に欠員が出た場合、どんなチームでも、普通、捕手と投手以外を補いませんか? ライトとか、レフトとか。なんで、僕を捕手特化に改造したんでしょう」
「ぴよぴよ(体型の問題じゃない? 捕手は走る必要がないからデブでも問題ないわ)」
「それだけなんですかね? なんか釈然としないというか」
そこで、二人は、トウシの表情に現れた変化に気づく。
口元を抑え、目を見開いて、三分を睨んでいた。
「ど、どうしました? トウシくん」
「……あいつや……」
「はい?」
「なんでツカムが捕手として改造されたんか……なんで、そこに、気づかんかった? ワシはアホか? くそが……」
「どういう……」
「おまえらに投げられる魔球の種類が違うことを知った時に気づくべきやった……ほんまにワシはアホやな。くそ……くそが」
歯ぎしりしながら頭をかきむしるトウシに、ツカムが、
「どういうことなんですか? ちゃんと教えてくださいよ」
「単なるデビルの野球哲学なんやと思っとった。あと、ワシの頭を計算したうえで、捕手をはずしたんやと思っとった。リードはいらん、むしろ、二遊間をしっかりすることこそ最低限なんやろうと……違った。そんな深い理由やない。単純に、資質の問題なんや」
トウシは、自分の右腕を見ながら、
「たぶん、魔人改造は、必要な性質を持ったヤツやないとアカンのや。ホウマが半分壊れたという状況から鑑みる限り、おそらく、改造に耐えられるかどうかの問題もあるんやろ。そして、試合に全勝しておけという、よく考えれば不可解な命令……間違いない……ワシらは捨て駒や」
「全然分からないんですけど。何を言っているんですか?」
「前提1、魔人改造の結果は、対象者の資質・才能によって変化する。前提2、ウチの学校には、才能はあるが、本来それが開花する予定のなかった天才がおる。前提3、そいつは、試合で覚醒するタイプの超進化型投手やった。ここまで言えばわかるやろ。結論は?」
「ぴよぴよ(私たちは、三分くんのエサ……ってこと?)」
「三年後……神に投げるんはワシやない……あいつや……」
「……」
「……」
「いろいろと運が悪いとは思っとったが……それ以前の問題で、相手にもされとらんかったとはな……は、はは……ははは!」
★
「気づくの早ぇ。ほんとに、あいつ、頭いいな」
ミシャンドラのつぶやきに、隣で現世を見ていた投神が、
「ミーちゃん、だっせー。ぜんぶ看破されてんじゃん。笑うわー」
「うるさい。……ちっ。本当に、ヤバいな。田中がふてくされて動かなくなると、三分の成長が止まってしまう。田中がやる気をなくせば、試合に勝つことも、適切な練習指示を受けることもできなくなる。なあ、近所のオッサンとしてしか動かないと誓うから、三分に助言だけでもさせてくれないか?」
「だーめー。あの三人を改造するのが、現世に関与する行為のギリギリでーす。てか、ぶっちゃけ、それもアウトだし。田中ちゃんを使うっていうからOK出したってだけの話。彼がいなきゃ、秩序乱さずに立ちまわるとかマジ無理だしね。ま、田中ちゃんにフォロー入れるくらいは許すけど、それ以外の関与はノンノンノーン」
「はぁああ……めんどくせぇ……」
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