『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。

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華、開く



「見た感じだけだと、ウチに勝ち目はありませんね。全員、背が高くてムキムキですよ」


 佐藤は、相手ベンチを見ながら、


「初戦の勝利は、どうにか世間様にも、ご納得いただけたようですが……ウチが、このムキムキのチームに勝つっていうのは、さすがに、納得しかねるものがあるような、ないような……」


「三国は、筋トレ重視のチームやからな。打者は長打力、投手は球威を重視する。ハマれば強い。崩されればもろい。特化型で単純なチームやから、弱点が多い。ウチの、データを重視するというチーム性(設定)を世間様にアピールできる絶好の鴨や」


 記録員としてベンチに入っているホウマが、


「ぴよぴよ(あなたのプランにケチをつける気はないけれど、でも、三国以上の高校には、さすがに三分くんを出さない方がよくない?)」


「あいつはウチのエースや。出さんという選択はありえん。この先、三年間、ワシらは、あいつの力で勝っていくんや。このチームは、あいつ一人のワンマンチーム。弱小高校を栄光へと導く超天才の救世主。そのイメージを作り上げることが、カンニングを疑われん五連覇へのカギや」


「言いたいことはわかりますが、しかし、本当に大丈夫ですか? ぶっちゃけ、三分くんって、クソじゃないですか」


「ぴよぴよ(潜在能力は認めるけれど、所詮は一年生という枠から抜け出せていないわ。甲子園レベルの高校が相手だと、使い物にならないと思うのだけれど)」


「いや、それがなぁ……そうでもないねんなぁ」


「え?」


「ぴよぴよ(どういうこと?)」


「初戦のあいつの結果を見る限り、どうやら、あいつは、真剣勝負で伸びるタイプの投手みたいや」


「ぴよぴよ(はは。なに、それ。マンガの主人公? ノゴローくんじゃないんだから、試合でパラメータが上がるなんて、そんな――)」


「笑いごとやない。試合で伸びる超進化型の投手いうんは、別に珍しくもない。むしろ、コツや感覚は、試合中やないと磨かれんことの方が多い」


「そうなんですか?」


「人間の筋肉は全部で600ある。そのうち、右足を一歩前に出すんに使う筋肉は200や。投げるという行為に必要な数は勿論その比やない。数百の筋肉を正確に動かす、そんなもん、本来、できるわけがない。基本的に、人間は、投げるという行為を完璧にはこなせへんねん」


「ぴよぴよ(それがなに?)」


「筋肉を正確に動かすための神経回路を鍛えるためには……より正確にいえば、肉体を投擲のためだけに特化させるには、二つの方法がある。一つは、ひたすらに繰り返すこと。どんなことでも、人間に可能な行為であれば、繰り返しで、ある程度はマスターできる」


「二つ目はなんですか?」


「脳に宣言すること」


「は?」


「好きこそ物の上手なれ。その格言では、上達の速さの理由を、好きなものに対しては熱心に努力をするからと説明しとるが、それは違う。熱心に努力するからとか、そんなんは関係ない。好きになる、惚れる、ハマるという、それそのものが、上達につながるんや」


「え、そうですか? 好きになるだけでは巧くはならないでしょう。下手の横好きという言葉もありますし」


「そもそもにして才能のないヤツの話なんかしとらん。認識の大半は自律的な神経細胞活動によって創られとる。心的現象のすべては、神経回路網を構成する細胞に、外的、あるいは内的な刺激が加わった際に活動する、現実に対応した知覚という名の幻想に過ぎ――」


「ぴよぴよ(そういう根本の説明はいいから、端的にお願い)」


 トウシは、渋い顔で頭をかきながら、一つため息をはさみ、


「……人間の視界や聴力なんかは、基本的に、二割以下の性能でしか作用してへん。理由は単純。必要がないから。人間の機能の大半は、必要ないという理由でサビついとる。マサイ族でも、視力5とか6とかあるんは、それが必要な環境におるヤツだけで、マサイ出身でも、都会で携帯電話の販売とかやっとるヤツの視力はそれほどでもない。才能とか生まれとかではなく、人間というんはそういうもんなんや」


「ぴよぴよ(なるほど、言いたいことがなんとなくわかったわ。つまり、野球を好きになるという事は、脳みそに対し、『これから、野球の能力が必要な世界にどっぷりつかるつもりだから、覚悟しておけ』と宣言する行為だと言いたいわけね?)」


「そういうことや。そうなれば、適応するために、神経の質が変わる。シナプスとニューロンの性質が環境や状況によって変化するんは、周知の事実。脳髄のシステムが変化すれば、筋肉の動きにも当然変化が生じる。となれば、もちろん、技術が劇的に進化する」


「それが、三分くんの件となんの関係が?」


「あいつ、たぶん、今まで、野球を面白いと思ったことがない」


「は? え、いや、それはないでしょう。プロを目指しているんですし」


「肩を大事にするという目的が第一にあるあいつは、試合で投げるという行為を拒んで、こんな高校にまできた。つまり、あいつは、今まで、試合で投げたことがないんや。壁やネットに球を投げてきただけ。それがあいつにとっての野球のすべてやった。そんなもん、なんもおもろない。あいつは、野球の面白さなんか知らんでここまできた。けど、ワシのリードで投げたことによって、あいつは、投手の面白さを、ほぼ百パーセント理解した。初戦、ワシは、投手が一番気持ち良くなれるリードをしたからな。あいつの脳は、今、投手中毒の初期状態にある。見てみぃ。落ち着いた演技しとるけど、ウズウズしとるやろ。初戦の直前までは、『やっぱり試合では投げたくない』とかぐずぐず言っとったくせに、今では、もう、投げたぁて投げたぁて仕方ないってオーラがあふれ出とる」


「ああ……まあ、確かに、そう見えますね」


「投手やるやつで、たまに、壊れるまで投げ続ける奴がおるんは、この症状のまま抜け出せんようになったヤツや。ワシが制御したるから、あいつの肩は壊れへんけど、このまま放置したら、あいつ、腕がへし折れるまで投げ続けるで」


「ぴよぴよ(狙ってそうしたの?)」


「当たり前やろ。意味のないことはせぇへん。ま、あそこまでハマるとは思わんかったし、その結果、ここまで覚醒するとは思わんかった。良質な緊張感と集中力が、あいつの神経回路を完璧に覚醒させ、急速に研ぎ澄ましていった。この先、あいつは、試合で投げるたびに磨かれていく。どんどん投げることが好きになり、加速度的に成長していく」


「ぴよぴよ(いいことじゃない。彼の力はチートじゃない。どれだけ上手くなろうと、秩序は乱れない)」


「ま、そういうこと。ただ、あそこまでハマられると、ちょっと、制御するんが面倒くさいねんなぁ。脳が焼けつくほど投手の魅力にハマったやつは、ほんまに、へし折れるまで投げ続けるからな。せっかくの優秀な飛雷針に壊れられたらたまらん。こっから先は、あいつの行動に目を光らせなあかん。ぶっちゃけ、それが鬱陶しい……ほんま、ワシの人生、色々と、随所でうまくいかんわぁ……なんやねん、これ……はぁ」


 ★


 端的に言うと、トウシの予想ははずれていた。


 五回の守備が終わった段階で、トウシは天を仰いだ。


(信じられへん。なんや、あいつ……)


 ここまでの三分の投球を思い出し、トウシは奥歯をかみしめる。


(天才やとは思っとった……けど、ここまでの超天才とは思ってへんかった……)


 投手に魅了された三分の投球は、トウシの予想を超えて上達していった。


 小学校時代から続けている走り込みや筋トレなどで下地だけは十分にできていた。
 そのうえで、この数か月、トウシ指導のもと、投球に必要な体の動かし方を完璧に学んだことで、三分の土台は盤石なものになった。






 そして、華、開く。






(あのアホは、数日前まで、『この程度できていれば十分』という感覚で野球をやっとった。偏差値60のやつが、偏差値50の高校を目指しとるような状況。現状維持が最上と判断するやつは、決して向上心を抱かん)


 三分はバカじゃない。自分の才能は理解していた。
 左で、一年で、MAX140を超える球を投げる投手。


 プロになるには十分な資質。
 だから、抜いていた。すべてで。練習でも、なんでも。だが、


(……本物の資質、本物の才能……)


 トウシは、天を仰いだまま、ため息をついて、ボソっとつぶやいた。










「ウゼェ」



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