『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。
夏の大会がはじまる
二ヵ月半後。
「あ、そういえば、昨日、抽選会だったんですよね? 組み合わせ、どうなりました?」
「ここ」
春大のビデオを見ながら返事をするトウシ。
「新輝高校? ……あー、聞いたことあります。たしか、去年できた高校でしたっけ?」
「ぴよぴよ(新設かぁ、楽なところにあたったじゃない。なのに、なぜ、そんなに深刻な顔をしているの?)」
「……ここ、アホほど金かけて、選手集めてんねん。十年後には西教を超える高校にするとか息巻いとる」
「ぴよぴよ(十年じゃ無理じゃない?)」
「出来るかどうかはどうでもええ。問題なんは、そのつもりで人を集めとるというところや。調べてみたけど、この高校、ほんまにええ素材を集めてるわ。一・二年しかおらんから、現時点での総合力は微妙やけど、来年以降は、確実に、常時ベスト16くらいは保てるレベルになる。勝ち方がムズいで、この高校……」
「前から思っていたのですが、たかが高校の大会で勝つだけなんですから、無茶をしない限り、秩序なんて乱れないでしょう。単純に、1対0や2対1くらいの結果を出し続けていれば十分なのでは?」
「おまえって、ホンマに、現世の野球事情、まったく知らんねんなぁ」
「どういうことですか?」
「この新輝って高校、去年ベスト8になってんねん」
「ぴよぴよ(ああ、思いだしたわ。一時期、話題になっていたわね。一年だけでベスト8の快挙って)」
「まあ、ベスト8自体はただのクジ運やから、さほど気にせんでええ。問題は、去年の準々決勝。ここ、字石と当たっとんねんけど、そん時の戦績、二対八や。その意味、わかるか?」
「全然わかりません」
「去年の字石は、仕上がり的に絶好調でな。エースとショートがドラフト上位で指名された。対して、新輝はピカピカの新設。つまり、去年は一年しかおらん。中学出たばっかりのガキだけで、プロ級が二人おる名門チームに八対二。新輝は、そういう高校なんや」
「ぴよぴよ(確かに、面倒な相手ね。勝ち方が難しいという意味も、なんとなくわかるわ)」
「うーん、僕にはイマイチよくわかりませんね」
「直前のテストで偏差値三十台だったヤツが、偏差値62の学校に受かるみたいなもんや。そのうえで、誰にもカンニングを疑われんようにせなあかんねん。簡単か?」
「……なるほど、一発で理解できました」
「ぴよぴよ(まあ、でも、ウチが五連覇するには、それどころじゃない番狂わせをしなければいけないのよね。難易度が高いというのは、最初からわかっていたこと。あなたは出来るといったわ。勝算はあるのでしょう?)」
「最大の問題は新輝やない。そこに勝った後なんや」
言いながら、トウシは、トーナメント表を睨みつけ、
「二回戦が、確実に三国。あそこ、春に、初戦で字石と当たってシード取れんかったんや。ほんま、勘弁してほしいわ。春大でも、あの三つはシード取れるまでは当たらんようにしてくれればええのに」
「ぴよぴよ(二連続で奇跡を起こさなければならないのね。しんどいわ)」
「それだけやない。その次は、西教なんや」
「奇跡三連発ですか。えっと、つまり、偏差値30台のおバカさんが、早稲田・京大・東大と次々受かる、みたいな感じですか」
「ま、不自然さ的にはそういうことやな」
「できるんですか? なんだか、絶対に不可能なように思えてきたんですけど」
「筆記のテストと違って、野球の試合は、一緒に受ける相手がミスったら自分の方を正解にしてくれるマークシート式みたいなもんやと思っとけ。まあ、ホンマは全然違うけど、お前にも伝わるよう、抽象化するとそんな感じ」
「つまり、相手のミスを上手く誘うってことですか?」
「そうや。そのうえで、絶妙なラッキーを巧妙に演出していく」
「……聞けば聞くほど、不可能なような……」
「まあ、見とけ。幸い、ウチのチームには、三分・古宮・樹理亜という素晴らしいコマがある。あいつらの性能はガチやから、調整する必要はない。フルに活用させてもらう。なによりも三分がおってくれたんが、ほんまにラッキーやった。左の一年で140出せる天才。世間を騙す目くらましとしては十分合格。野球に超絶詳しい美人マネージャー二人が、天才投手を徹底サポート。認知度が上がるにつれ、三分に対する妬み嫉みが銀河のごとく渦を巻くやろうけど、しかし、それはむしろ大歓迎」
「つまり避雷針ですか」
「ぴよぴよ(エゲつないわね)」
「けど、これで、あいつは百パー指名される。十二球団ドラ一も十分ありえる。もしそうなれば、どこのチームに行こうと安泰。無茶な要求でも通りやすい。ガラス細工くらい大事に使ってほしいという、あいつのクソ鬱陶しい願いも通る。そうなれば、あいつの望みである二十年間投げ続けるという望みも叶う可能性がある。あいつにとっては最高の結果や。文句を言われる筋合いはない」
「そう言われれば、確かにそうですね」
「ま、あいつの将来なんか、ぶっちゃけ、どうでもええねんけどな。さて、とりあえず、一回戦を、どう切り抜けるか……んー、向こうエースの山田ってやつが、なかなかメンドくさいねんなぁ。コントロールがなぁ……」
「いいんですか?」
「いや、良くも悪くもないんや」
「……はぁ?」
「わからんか? つまりや。制球が悪かったら、相手のミスのせいにすればええ。制球が良かったら、巧妙に配球を読んだ事にすればええ」
「中途半端が一番メンドくさいってことですか?」
「そういうことや。ワシらは、五連覇……つまり、だいたい六十連勝くらいせなあかんねん。高校野球で公式戦無敗言う記録は、野球知らん人間でも首をかしげる異常事態や。それを為すためには、三年通した綿密な計算が必要になる。誰がどんだけ勝利に貢献したかを計算し、かつ、それが不自然やと思われんようにせなあかんいうこっちゃ。……相手の力量が鬱陶しいハンパさやった場合、計算が異様にムズぅなるから、めんどくさいねん」
「大変そうですね。……ずっと考えていたのですが、全部押し付けるのも悪いですし、なにか、手伝えることがあれば、手伝いますけど?」
「ぴよぴよ(私も同じ気持ち。何かできることはない?)」
「命令通りに動いてくれればそれでええ。てか、お前ら、野球の計算とかできへんやろ? これはバカにしとるとかやなくて、単純に、できるかできんかの話や。たとえば、セーフティバントの成功率で、ファースト方向・サード方向、どっちに転がせば確率が高いか、投手の利き腕では、右・左どっちの方が成功させやすいか、その確率は数値にするとどのくらいか、とか、勉強してへんから知らんやろ?」
「……そうですね。感覚的には、サードに転がせば、単純に送球の距離が遠くなるのでいいと思いますが」
「正解はファースト方向と左投げ。左投げ投手のほうが五パーほど成功しやすく、二塁手に取らせるのが成功率六割強と一番確率が高いからファースト方向が正解。理屈は単純で、左投手は捕球時の体勢が右より悪いから。で、ファースト方向にころがった球は、ベースカバーの判断と捕球を、投手・一塁手・二塁手の三人が完璧に判断せなあかんから、どっかでミスが起こる可能性が高い。サードの場合、捕ったら投げるだけ。その分、成功率はファースト方向の方が高い」
「ああ……なるほど」
「カウント別の盗塁成功率とか、球種ごとのゴロを打たせられる割合とか、単純に、速度やコースによる空振り率とか……そういう、小さなことから全部、一試合通して、なにもかもを完璧に、それも、ワシらが強豪校を相手に自然に見えるようにという条件つきで、数十試合分計算せなあかんねやで。できる自信があるんやったら、頼むから、代わってくれや。めんどくさぁてしゃーないねん」
「……つつしんで、すべて、お任せいたします」
「ぴよぴよ(申し訳ないけれど、できそうにないわね。その代わり、どんな指示にも従うと誓うわ)」
「話が早ぉて助かるわ。……はぁ」
★
家に帰ったトウシは、いつもどおり、ベッドにダイブし、
「なんで、ワシ、こんないやがらせばっかり受けてんのやろ……」
溜息がとまらない。
時折、たまらず、頭をかきむしる。
「ええかげんにせぇよ。なんやねん、三試合連続で強豪て……なんで、ワシばっかり、こんな目にあわないかんねん……もう、いやや……もうええ、ほんまに、もうええ……あぁ……辛い……苦しい……最近、それしか言うてへん……なんやねん、ワシの人生……はぁああああああ」
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