『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。

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希少フリーパス券

 数日後、古宮・ジュリアの二人は、西教高校のグラウンドに来ていた。


「偵察は、私一人で出来るのだけれど」


「あたしもマネージャーだ。同行して何が悪い?」


「もし、本当に力を貸してくれるのであれば、できれば、字石か三国に行って欲しいのだけれど。その二つも、同じく練習試合をしているみたいだから」


「あっ、もう始まっているようだな」


「……まあいいけど」


「トウシたちと違って、あいつら全員デカいな。比べれば、大人と子供ほどの違いがある」


「……あなた、たしか、田中くんに殺意を抱いているのよね?」


「それが?」


「なのに、なぜ、下の名前で呼んでいるの?」


「田中は、あいつの家の名前。あいつ自身の名前じゃない。あたしが恨んでいるのは、あいつ個人だ。だから、あいつそのものを現す名前で呼ぶ。当然のことだろう」


(当然かしら? ……この人、ほんとよくわからないわ。殺したい殺したいって息巻いているけれど、ここ数日、彼女がやっていることは、彼のサポート以外のナニモノでもないのよね)


「そんなことより、さっさと西教の偵察をはじめよう。時間は有限だ」


 言いながら、ジュリアは、双眼鏡とスコアブックとノートを取り出して、いそいそと情報分析を始めた。


(濡れタオルに水筒に着替え……うーん……『あんたを監視するため、あくまでもマネージャーの真似事をするだけ』なんて言っていたけど……なんで、こんなにマネージャーとして、行動のすべてが完璧なのかしら? 彼のマネージャーとして働きたくて仕方がなかったというのなら納得できるのだけれど……いろいろと分からない人だわ)










 ★










 試合後、ジュリアはため息をついて、


「どいつもこいつも、高校生とは思えないほどの実力だった。特に、二年の桑宮と清崎はとんでもない。一年生で二連覇したのも納得」


「そうね。この打線が相手となると、三分くんでは、ちょっと、お話にならないわ」


「あの三分なんとかって男、別に悪くはないけど、所詮は『中の上』。上の上しかいないチーム相手だと…うーん」


「三分くんに先発させるというハンデは、さすがにキツすぎると思うのよね。でも、田中くんは、言いだしたらきかない人だからねぇ……」


(ハンデ? なんのことだ? ウチのエースは実力的に間違いなく三分……あのヘタレ臭い男が先発するのはただの必然……)


「田中くんが頭から投げてくれれば、どんなハンデを背負っていようと、何の心配もいらないのだけれど……まったく、意識が高すぎるというのもどうかと思うわ。六割以下の球限定かつ先発三分くんという、異常なハンデを背負ったうえで五連覇を達成するのが目標だなんて……彼の実力を知らない人間が聞いたら、狂っているとしか思わないわね」


(トウシ? あいつは、男としてはともかく、野球選手としては、下の上が精々。あいつに投げさせたら、試合が壊れるだけ。なに言ってんだ、この女)


「まあ、でも、神を相手に投げ勝つという快挙を為すためには、この程度のハンデ、余裕で乗り越えないと話にならないのかもしれないわね」


(……神? おいおい、この女、本当に大丈夫? まさか、本当にラリってんじゃ――)


「本気を出さない理由は理解できるのよ? 田中くんほどの男が高校生相手にマジで投げるなんて、みっともなさすぎるもの。メジャーリーガーがバットの振り方も知らない園児相手に全力を出すよりダサい行為ね。かっこ悪いったらありゃしないわ」


(この女、ほんとに何言ってんの? まるで、トウシが圧倒的強者のような言い草……トウシは、確かに頭脳の方はズバ抜けて優れているけれど、高校球児としては二流以下のカス。投手としてだけなら、三分の方がはるかに上)


「さて、そろそろ帰ろうかしら……あ、そうそう、あなたに、一つ聞いておきたいことがあったのよ」


「……なに?」


「あなたが、田中くんを恨んでいるって話、あれ、本当に本当なの?」


「ええ」


「なぜ? 一応、チームメイトなわけだから、理由を教えておいてほしいのだけれど。言いたくなければ別にいいけど」


「隠すようなことじゃない。非常に単純。あいつは、私の復讐を邪魔した」


(復讐?)


「それだけじゃない。あいつはあたしの命まで救いやがった。絶対に許さない。許せるものか」


(なぜ、この女は、エリートサイヤ人みたいな事を言っているのかしら? わけがわからないわ)


「あたしは死にたかった。私を玩具にした連中に復讐を果たして死ぬ。それだけが私のすべてだった。あいつは、私のすべてを奪った。絶対に許さない」


(おもちゃ? 性的虐待? それともイジメ? 彼女に降りかかっていた何かしらの面倒事を、彼が処理したって解釈でいいのかしら? どう推測しても、彼女にとって、田中くんは恩人としか思えないけれど……人間って、わけわからないわね。まあ、そこが面白いから、神は人間の不具合にパッチをあてようとしないのでしょうけれど)




「こんにちわー」
「どうも」




 帰り支度をしている二人に声をかけてきた二人の高校球児。
 その二人の男は非常に有名なので、ジュリアも古宮も、一瞬で頭に名前を思い浮かべた。


「いやー、君たち、マジでかわいいね。いや、ほんと……ちょっとマジで、なかなかないレベルだ。誰の応援? もしかして俺? てか、俺だよね? 少なくとも、俺か、こいつか、どっちかだよね?」


「清崎くん、僕に決まっているだろ。投手が一番モテるんだから」


「わからねぇだろ、なっ、どっち? さっきの練習試合見てたよね? 俺の豪快な打撃に目を奪われちゃったでしょ? な、な」


「……確かに、そこそこいいバッティング技術だったわ。まあ、まだまだ荒いけれど」


「おっとっと、厳しい評価をもらっちゃったな。なに、君たち、野球オタク? いいねー、美人のオタクは大歓迎だよ。で、どっちのファン? おれ? 桑宮?」


「悪いけれど、私が夢を抱いた男は一人だけ。あなたたちは、確かにまれな実力者だけれど、所詮は高校レベル。巨人で指名一位の契約金一億が精々。お金だけではなく、実力でも、スケールの大きさでも、あなたたちは、田中くんの足もとにも及ばない」


「田中? マーくん? 君ら、結構ミーハー系? てか、メジャーリーガーと高二の俺を比べないでくれよ」


「言っておくけど、僕の場合は、球速だけだと、既にトントンだよ。九キロくらいしか差はないからね」


「絶望的な差じゃねぇか」


「最後の冬に、しこたま走りこんでウエイトを詰めば、差は五キロほどに縮まる。というか、縮ませる」


「勘違いしないでくれる? ウチの高校のエース、田中東志の事を言っているのよ」


「田中とーし……桑宮、知ってる?」


「いや、聞いたことないね」


「それ、だれ? てか、君ら、どこの高校?」


「赤松学園」


「アカコー? ふっ……ははっ」


「清崎くん。人の高校を笑ってはいけないと思うよ」


「いや、だって……アカコーって、稀少フリーパス券のことだろ? いや、頭はいいぜ? ぶっちぎりだ。学力で競えば、こっちが初回コールドをくらうだろうぜ。けど、野球部のレベルは底の底じゃねぇか。そんな所のエースって……ぷっ」


「まあ、清崎くんのいうように、噴飯ものだというのも確かだけどね。……君たち、実は野球について、そんなに詳しくないみたいだね。女子に野球のレベルを正確に測れというのはムチャな話だから、失笑モノの的外れ極まりない愚かな侮辱を受けたところで文句を言うつもりなんかないけど、でも、これだけは言わせて。僕たち二人は、間違いなく天才なんだ。血反吐はくほどの努力だってしている。そして、日本一レベルの高い野球部で、毎日、身を削るようにして切磋琢磨している。言っても分からないだろうけど、次元が違うんだよ。君たちの所とは、やっている野球の」


「大方、その田中なんとかってやつは、かなりのイケメンなんだろ? このレベルの女を落とし狂わせるほどの男……よっぽどなんだろうな。うらやましいねぇ。で、そこそこ、速い球も投げられると見た。120……後半ってところか? まあ、女子の目から見れば、それでも十分すごい球だろうぜ。けどなぁ」


 そこで、清宮は、ニヤァっと笑みを浮かべて、


「話になんねぇんだよ。根本の話、アカに行ったヤツなんざ」


「そっちの黒髪の君も、こっちの彼女と同じ意見なのかな?」


「いや……今日の試合を見させてもらって確信した。正直、ウチの高校があんたらの高校に勝てる可能性はゼロ。投手としてのレベルも……ハッキリとは知らないから断定はできないけど、運動神経でいえば中の上がいいところのトウシが、あんた……桑宮だっけ? あんたに勝てるとは、正直、思えない」


「ジュリアさん、あなた、中学が同じなのに、彼の実力を知らないの?」


「知らん。あいつ、中学で野球なんかやってなかったから。野球関係の本とかは、腐るほど読んでいたけれど」


「はっ、ははは……聞いたか、桑宮。その、とーし君ってやつ、高校まで野球やってなかったんだってよ。くはは……ここまできたら、もはや笑うしかねぇな」
「どうやら、こっちの彼女は、完全にヤラれちゃっているようだね。噂に聞く、恋の病とかいうやつかな?」


「……ふん」


 そこで、古宮は鼻で笑い、


「恋? 私が、『彼の未来』に抱いた夢は、そんな幼稚で低次元な錯覚なんかじゃない。ふふ、なんというか、無知というのは残酷ね。宣言しておくわ。あなたたちは、今日、無知故に愚かしくもバカにすることしか出来なかった投手に何度も完敗し、彼がたやすく五連覇を果たす神々しい姿を、日影で、指をくわえて見ていることになる」


「えっと……この女、マジ大丈夫か?」


 清崎に、すがるような目を向けられ、ジュリアは、ため息をつきながら、


「見ればわかるだろ。大丈夫な個所がない」


「君の方はまともみたいだね。どう? 番号交換しない?」


「このあたしが、お前みたいな低能を相手にするわけないだろ、クソが。一人で一生、バカみたいに球遊びやってろ」


「……」


「どうやら、そっちの女も、まともじゃないみたいだな。おい、行こうぜ」


「そ、そうだね」


 危ない人を見る視線を残して逃げるように去っていく二人を意識からはずすと同時に、古宮が、


「あなた、本当に、田中くんがどういう投手か知らないの? それとも、情報を隠したの?」
「……あんた、マジで、あいつがすごい投手だと思ってんの? あいつの運動神経、マジで中の上なんだけど。高校に入った後、グラウンドで投げているところを二・三回見たことある程度だから、あいつが試合で実際に発揮できる投手力みたいなものは分からないけれど、球速は120そこそこで、変化球も微妙。どこにでもいる普通の一年生でしかない」


「ふふ……彼のすごいところはね。本気で、その、二割くらいの球だけで全国制覇しようとしているところよ。彼が本気で投げてしまったら、全試合が三振パーフェクトで終わってしまう。それじゃあ、彼は成長できない。甲子園大会という絶好の成長ツールは、できるだけ有効活用すべき。まったく……彼の意識の高さにはおそれいるわ。ちょっとやりすぎな面はあるけれど、そうでもなければ、神に投げ勝つなんて、とてもじゃないけどできないけどね」


(そうか、なるほど……この女、本当の本当にイカれているのか。これは、マジでガードしないと。いつ刃物を抜くか分からない)


「さて、今度こそ帰りましょうか。あ、そうだ。一応、田中くんに試合の感想だけでも伝えておきましょう」



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