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5話 クールになれよ、兄さん。


 5話 クールになれよ、兄さん。

「だから、落ち着けって、シャブルン兄さん」

 シャブルンがきらめかせたナイフを、
 さっき死んだはずのガキが、ソっとつかんでいた。

 この異常事態に、シャブルンは、瞠目(どうもく)せざるをえない。

(……っ! っっっ?! どういう……確実に殺したはず……っ)

 一瞬、パニックになった。
 シャブルンは『徹底した暗殺者』の側面が目立つが、
 実のところ、『常識に精通した成人男性』としての側面の方が強い。

 だから、現状を理解することができない。

(残像? それとも、分身?)

 可能性はいくつか思いつく。
 暗部の人間にとって、『死んだと見せかける卑怯な手法』は、なじみ深いもの。
 問題なのは、そういう小技は、上位者相手には通じないという点。

(ぼくの目をあざむき、そして、ぼくのナイフをつかんだ? なぜ、このカスにそんなマネができる? ……というか……こ、この力はなんだ……ま、まったく、動かない……)

 シャブルンは、さっきからずっと、『センにつままれているナイフ』を引こうとしているのだが、しかし、本当に、わずかも動かすことが出来ない。

(これは……夢を見ている……のか?)

 信じられないことが起きた時、
 人は、本当に、『現状が夢である可能性』を模索する。

 その感情が理解できるセンは、
 シャブルンの表情から、疑念を読み取り、

「俺という異常事態は、夢でも妄想でもねぇよ。現実は、いつだって、無慈悲で唐突なんだぜ、兄さん。覚えておきな」

 と、真理を一つ口にしてから、

「兄さんに一つお願いがある。あんたは、フェイトファミリーの中でも、かなり上位に位置する超人。つまりは、強い発言権を持っている。その立場を利用させてもらいたい。なぁに、たいしたことをお願いするつもりはないよ。カティ姉さんの『家出』を、ファミリーに承認にしてもらいたいんだ」

「なぜ、ぼくが……貴様のお願いを聞く必要がある……?」

 慎重に言葉を選びつつ、プライドと意地は崩さないよう、
 そんな発言をしたシャブルンに、
 センは、おだやかな表情で、

「そのかわり、今回は兄さんのことを、殺さずに、見逃してあげるよ。よかったね、死なずに済んで」

 そう言いながら、
 センは、シャブルンのナイフをつまんでいる指に、ほんの少しだけオーラを込めた。
 直後、落とした豆腐みたいに、グシャリと粉々になるナイフ。

「……っ?!」

 シャブルンの瞠目が、さらに加速した。
 頭の中で、常識が音をたてて崩れていく。


(な、なんだ、これは、ほんとうに、なんなんだ……このガキのレベルは、間違いなく1……完全にただのゴミ……なのに、どうして、こんなマネが……)


「兄さん、二つに一つだ。俺を敵にまわすか、それとも、味方にしておくか。――俺に『貸し』をつくれるのはデカいよぉ」

 そう言いながら、センは、
 ほんのわずかに、
 自身が磨き上げてきた『魂の色』を『その瞳』に写し出す。

 他人から見れば、『フラットなセン』と『シャブルン』が、
 ただ、ジっと目を合わせているだけ。

 しかし、シャブルンの視点だとまったく違った。


「ぃいいいいっっ?!!」


 シャブルンも、そうとうにプライドが高い。
 だから、たとえ目の前の敵が、いくら強大であっても、
 『みっともなく悲鳴をあげたりなんかしてやらない』、
 ――と、心に決めて、これまでの人生を生きてきた。

 たとえ、皇帝に睨まれたとしても、
 シャブルンは、たおやかな笑顔を崩さない自信があった。

 ――だが、そんな信念など、
 『超越者』の前では『燃えないゴミ』でしかない。


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