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61話 絶対的リーダーがいなければ、完全なる世界政府は不可能である。


 61話 絶対的リーダーがいなければ、完全なる世界政府は不可能である。

 未来に対する不安から、センエースという希望にすがろうと考える者は極めて少数派。
 ナバイアやゾーヤのように、シニカルに現実を捉えているほうが支配的。

 心に『シニカルの獣』を飼う者たちは、
 けっして、盲目的に何かを信じたりはしない。
 それは『積み重ねてきた信条』ではなく『生まれ持っての性質』である。
 ゆえに、なかなか揺るがない。
 絶対ではないが。

 ――ナバイアは、幼いころ、幾度となく、教会に連れていかれたが、キリストを信じたことは一度もない。
 ブッダもアッラーも信じない。

 ナバイア以上に神を求めていないゾーヤは、
 これまでの人生において、天に祈りをささげたことが一度もない。

 両者とも、
 欲しいモノは、すべて、己の才能で手に入れてきた。
 のぞむ未来は、すべて、己の努力で切り開いてきた。

 両者とも、極端な無神論者というわけではなく、純粋なリアリスト。
 目にうつる現実だけが全てで、
 『形而上の概念に対して意識を向けるほどロマンチストではない』、
 という、徹底したスタンス。

 ゾーヤは、思う。

(魔導書には、『アウターゴッドの召喚』は『世界の終焉』と同義である、と記されていたけれど、現状すでに、二体も召喚されていながら、結局のところ、どちらも、たった一人の人間に対処されている。所詮は、その程度の脅威)

 ゾーヤは、
 『人が最も恐れるべき存在は、神ではなく人である』をモットーに生きている。

 それこそが、『神話生物という存在』を『知る前』からのゾーヤの絶対的信条であり、
 神話生物という存在を知ってからも、その心境が変化したことはない。

 彼女にとって、神話生物など、
 『対処方法が限定的な猛獣』程度の存在でしかない。

 『ナメているか』というと、それは、また、少し違う。
 認識のスタイルの問題。

(携帯ドラゴンが日本にしか存在しない現状で、さらに、センエースという過剰な戦略兵器まで保有しているとなれば、日本の発言権がさらに高まってしまう。このままいけば、日本が世界の覇権国家になってしまう。それは許されない。覇権国家は存在してはいけない)

 彼女は、賢者である。
 経験も大事にしているが、歴史も同じぐらい重んじる。
 『一つの国が突出してしまった場合』における軋轢の邪悪さを、彼女は理解している。

 ゾーヤは、日本がトップになることを忌避しているが、
 それは、『自国をトップにしたいから』ではない。
 自国を全力で愛してはいるが、自国がトップになることは一ミリも望んでいない。

 7つぐらいの列強が、いい具合にトントンの実力を持ち、
 常に、互いが互いを睨みつけている、
 という状況が、ゾーヤにとっての理想。
 より正確に表現するのであれば『ゾーヤにとっての妥協した理想』。

 『世界のバランス』が崩れれば厄介な面倒事が起こる、
 と理解しているだけの話。
 『完全なる世界政府』は、絶対的リーダーが不在であるため不可能であるという、シニカルなリアリストとしての諦観。

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