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86話 紅院正義。

 86話 紅院正義。

「こっちが必死になって止めたのに、まったく聞かんと、GOOの群れに飛び込んでいったんは、あんたの妹やからなぁ! おかげで、今、めっちゃ困っとる! 守ってやれんかったんは間違いない事実やけど、あいつに死なれてこっちが『死ぬほど困っとる』んも事実なんじゃい!!」

 本音をブチまけるトコ。
 その行為には『複数の想い』が見え隠れしている。

 ――トコは気づいている。
 『一那の精神』が不安定になっていること。
 だからこそ、トコは、全力の本音をブチまけたのだ。

 人間関係の、それも『精神問題が大きく関わる難題』において、
 『何が正解か』など、誰にもわかりはしない。
 だからこそ、トコは、『本音』だけでぶつかろうと決めた。

 それが正解か否かは知ったこっちゃない。
 ただ、心の底から『真摯』であろうとした。
 そんだけ。

 ――バチバチしている二人を尻目に、
 センは、

「お忙しそうだから、俺は、そろそろ失礼して――」

 と、どさくさに紛れて帰ろうとしたら、
 まず、カズナが、

「宣言など不要! というか、いつまで、そこにいる! さっさと消えろ! 無価値なド庶民が!」

「いや、だから、帰すなぁ、言うとるやろ、ぼけぇえええええ!!!」

 収集がつかなくなった、このヤバい現状。

 そこで、





「――いくらなんでも、さわがしすぎる」





 と、重低音の声音でそう言いながら、
 威厳たっぷりの老年男性が入ってきた。

 白髪全開、シワビッシリと、
 見た目は70~80にも見えるほど、
 極めて質の高い貫禄と品格で包まれているが、
 実際の年は52で、まだまだ現役世代。

 高身長で、
 スっと伸びた姿勢と、
 たっぷりの口髭が特徴的な、
 バッキバキに高価な和服に身を包む男。

 『紅院(くれないん)正義(まさよし)』。

 並んで立つと、祖父と間違えられることも多いが、
 実際のところは『ミレー』の父である。

 正義の姿を見た瞬間、

「……もうしわけありません」

 カズナは、すぐさま頭を下げた。

 トコに対しては横柄な態度のカズナだが、
 さすがに、正義が相手だと、そうもいかない。

 別に、正義に対して、心から平伏しているわけではないが、
 その荘厳なオーラにあてられて、つい、頭が下がってしまう。

 場が静かになったと同時、
 正義は、ゆっくりと歩を進め、
 センの目の前までくると、

「娘たちを守ってくれたこと、心から感謝する」

 そう言いながら、スっと手を出してきた。
 大きな手だった。
 『この国の歴史』を支えてきた家の現当主。
 絶対的支配者の血脈。

「あ、えっと……まあ、はい」

 などと、軽く狼狽しつつも、
 センは、正義との握手に応じた。

(雰囲気、エグいな、このオッサン……)

 などと、センが心の中で思っていると、
 正義が、

「目が覚めたばかりで、万全ではないだろう。今日は帰って、家でゆっくり体を休めるといい。車を手配させよう」

 そう言った直後、
 トコが、

「ちょっ……オジキ?!」

 目を丸くして、

「まだ、話は終わって――」

 と、文句を言おうとしたトコを、
 正義は、強い視線で制し、

「……トコ……」

 多くの言葉を使わず、
 名前を口にするだけで、
 トコの猛抗議を黙らせる。


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