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71話 エール。


 71話 エール。


 決して、うつむくわけにはいかないという気概。

 そんな『ただの意地』だが、しかし、
 それは、勇気を与える大きな背中にも見えた。
 ただの意地であろうと、勇気を与える事はできる。
 いつだって、強い情動というものは、波及していくもの。

 だから、

「トウシくん!」

 まずは、岡葉が、

「君はすでに頑張っている。ここまで、とことん全力で、もうこれ以上ないってくらい、頑張っている。だから、本当は、この言葉は正しくない。けど、そんなことはどうでもいい。これは、言葉の意味が大事ではない、純粋な声援。せいいっぱいの想いを込めて、君に伝えるエール」

 スゥっと息を吸って、拳を握りしめ、

「がんばれ! 負けるな!」

 喉が枯れるほどの叫びは、
 打ち合わせした訳でもないのに、

「「「トウシくん! がんばれ!」」」

 どんどんと広がっていった。

「「「負けるな!!」」」

 数秒後には、声援の声は、世界を震わせるほどの合唱になっていた。

 それを受けたトウシは、



「……いらん、いらん。意味ないねん」



 渋い顔で、ボソっとそうつぶやいて、

「声援なんか何にもならん……応援されて活力が沸いてくる人間もおるかもしれんから、絶対に無意味とは言わんけど、ワシは、そういうんで盛り上がるタイプちゃうから」

 そう言いながらも、
 しかし、

「「「「「「「がんばれ!! トウシくんなら、勝てる!!」」」」」」」


「……うっさいのう、ほんま……」

 ググっと、腹の下に力を込める。
 不思議と、体重が重くなった気がした。

 魂魄のバトン。
 エールという言霊。

 ジュリアのハッパと、
 全員のエールを受けたことで、


(……きもちわるっ……ミットが、さっきより近づいとる……)


 遠かったキャッチャーまでの距離が、少し縮んだ。
 全員の精魂を丸ごと乗せたような声援が、
 タナカトウシという『器』に注がれる。

「ワシ……そういうタイプちゃうねんけどなぁ……ほんまに……」

 ググっと大胸筋が膨れた気がした。
 心臓のポンプが力強くなった気もした。

 乱れている訳ではなく、ただ、ドクンと力強くなる。

 トウシは、顎をあげる。
 呼吸を繰り返して体を調律する。

 ――投げる準備は整った。

 すると、
 『トウシの調律』と『爆音の声援』に呼応するように、

 ――敵である『虹宮本人』が、


「――負けるな……トウシくん……」


 バットを構えたまま、うめくように、そう声をだした。
 その事に、虹宮自身が、

「……ほう」

 と、まるで、落語のように驚いていて、
 そのまま、自分自身に対して言葉を並べていく。

「完全に俺の支配下にありながら、『自我』を通してみせたか……思ったよりも、ずいぶんと根性があるみたいだな。モブとは思えない胆力だ。褒めてつかわす」

 ボソボソとそう言った直後、
 その口で、


「がんばれ! トウシくん! 君なら勝てる!」


 まったく違うトーンでそう叫んだ。

 それを受けたトウシは、

「虹宮……ワシはお前を尊敬する」

 言いながら、トウシはプレートをふむ。

「対峙したワシには分かる。その神様の圧力は次元違いや。とてつもない超越者の覇気。ワシは、この距離……18メートルも離れとるのに、ビビって動けんようになりかけた。それにくらべて、お前は、ゼロ距離やのに……」

 ゆっくりとふりかぶり、

「それも、現状のワシみたいな『にわかボッチ』やなく『ホンマの完全な独り』やのに、ガツンと抵抗してみせた……カッコええやないか」

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