的外れな催眠チート ~面倒臭がりが召喚されました~

山田 武

盗聴しよう



 婚約者がいるか、そう王様は俺に訊いた。
 言葉の意味は理解できるが……その意図まではさっぱりだな。

「いない、というかこっちの世界だとそれの方が普通だ。基本は自由恋愛だな」

「なるほど、それは好都合だ」

「好都合? おい、まさか……」

 ニヤリと笑う王様、それはなんだか悪戯を思いついた子供のようにも腹の底まで黒い会社の社長のようにも思えた。

「イム、お前にはこの中から」

「──断る!」

「……まだ言い切ってないではないか」

「こればかりは本気だ。自由恋愛が基本とは言ったが、世の中には例外ってものが存在する……俺もまた、その一人だ」

 王様よ、アンタの近くに居る娘様がたから物凄い殺気が出てるのに気づいているだろ?
 冷や汗流してないで、さっさと言葉を撤回しておいた方がいいだろ。

「ふむ、例外とな?」

「特定の職業を目指す者には修練が必要になり、そのためにはあらゆる煩悩を消し去らなければならない。いつ元の世界に戻るか分からないんだ、俺はそれを遵守し続ける」

「して、その職業とは? 聖人……いや、性人のことか?」

 まあ、ある意味正解だな。

「魔法使い……いや、この場合は賢者とでも言っておこう。長き修練の果てに辿り着く大賢者ともなれば、俺の世界でもごく数人しか確認されていない」

「なるほど……イムにもイムの事情があったのか。仕方がない、今のところは諦めて話はなかったことにしておこう」

「今のところ、じゃなくて今後一生口に出さないことをお薦めしておくよ」

 苦しい言い訳だが娘たちの前でこれ以上は話せない王様、そこにつけ入りどうに逃げる算段を築き上げた。

 もちろん、俺たちは一連の話に意味が無いことなど百も承知だ。
 ……それでも押し通し、すべてを忘れることが重要である。

「それじゃあな、俺はこの辺で失礼を」

「──ああ待て、本題を伝えよう」

「……それ、先にやっておけよ」

 大切な話は先にしておくべきだ。



 ここで俺が居なくなった後の話でもされるのが、創作物の王道パターンだろう。
 だが現実にそんな展開はないので、普通に王様の話を聞く。

「──新しい迷宮ができた?」

「これはまだ、ここに居る者以外には発見した者たちとギルドの者しか知らないことだ」

「結構知られてそうだな」

 壁に耳あり障子に目あり、それらが無くとも情報収集はできるんだし。

「構わない。だが、そこに魔族が潜んでいるという報告があったのだ……例の件、関係しているのでは?」

「ああ……はいはい、そういうことね」

「新たな迷宮は歓迎すべき資産だが、それ以上に魔族が居るのであれば出ていってもらいたいのだ。イム、責任を果たせ」

「あいよ、撒いたのは俺だ。お代はその迷宮で勘弁してくれ」

 そちらも了承の意を受け、ようやく城を降りることができた……そして今の俺は、かなり上機嫌だと自負できる。 

「やっと来た、ようやく来た。連絡の仕方を変えたのがよかったのか?」

 スマホでの連絡ではなく、直接口で伝えるのが正解だった……的な? 面倒だったのでそういうコミュニケーションのやり方は、理解していなかったため失念していたよ。

「さぁて、早く準備をしないとな」

 まったく、迷宮が楽しみだぜ。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「どうなっている?」

「はい。どうやら本当に帰ったようです」

「やはり魔族……いや、魔王との接触ともなれば準備に時間がかかるか。今の内に、言っておかねばならないな」

 先ほどまでイムが居た場所に娘たちを立たせ、王は話の続きを行う。

「……何らかの手段で、まだ聞いている可能性の方が高いから重ねて言っておこう。介入されないだけマシだ。イム、お前は異世界に帰る気がないのだ、この国に永住しろ」

『──迷宮を楽しみたい、そう思っていたのは事実なんだけどな』

 謁見の間に突然聞こえたイムの声。
 王女たちは若干動揺するが、残りの二人は表情を変えない。

「見つけました、こちらの魔物です」

『安心しろ、どうせ何か話をすると思って置き土産をしただけだ。実際、本当にやっているんだから文句は言わせないぞ』

「ふんっ、普段から置いているのだろう。だからこっちも自由な時間が減っていく」

『それも覚悟の上で住まわせてんだろ? それで、婚約も結婚もしないぞ』

 イムの声は、天井に隠れていた小さなスライムから発せられていた。
 現在それは王の前でプルプルと揺れ、話を行っている。

「永住だけで構わない。お前のことだ、どうせ異世界人が何を求められているのかも理解しているな……それもしなくていい」

『当たり前だ。さっきの話はある意味本当のことだったんだぞ、俺も実際そうする気だった……ったく、面倒な』

「それだけ異世界人の血が優れているということだ、イムが望めばお手つきの奴隷でなくともすぐに可能であろう」

『ヤってねぇよ』

 最後にそう言うと、スライムは粒子となってその場から消えていく。

「……どうだ?」

「異世界人のスキルが使われているようで、特定はできません。しかし、居ますね」

「──と、いうわけだ。お前たちにはイムがこの国に居たくなるよう、努力してもらう。別に体を合わせろと言っているのではない、ただ国に居てもらえればいい。重ねて言っておくが、そちらの意味では期待していない」

『どういう意味(だ)(よ)!?』

 三姉妹の声は、見事に一致した。


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