的外れな催眠チート ~面倒臭がりが召喚されました~

山田 武

訳あり少女と旅をする



「なんだか、物凄く忘れられていた気がするな……どうしてだろう」

「どうかした、ユーシ?」

「……いや、なんでもないさ。それよりも、早く行くことにしよう」

「はーい」

 どこかにあるとある場所で、二人の人族が歩を進めていた。
 そんな彼らは注目の的になっている。


 一人は黒髪黒目の少年。
 特に目立つ特徴もなく、腰に携えた剣さえなければどこにでも居そうな平凡な男。

 彼を見る者は誰もおらず、隣を歩く者の従者のように振る舞っている。

 もう一人は白髪赤目の少女。
 病的なまでに真っ白な肌を外套で隠す、少年とは圧倒的に釣り合わない美貌の持ち主。

 可愛さと美しさを同時に兼ね揃えた顔立ちは、会った者たちを老若男女問わず振り向かせるほどだ。

「私があそこを出てから半年……ユーシもまあ、ゆっくりしてたよね」

「うん。イム君がいつ来るか分からない状況だったからね。迷宮を出るのは早くしたかったんだよ。けど、そのときはまだノープランだったし……って、あのときは君もそれで良いって言ったんじゃないか」

「私はずっと、外に出れなかったんだから仕方ないじゃん。ユーシが言うその男の子だって、視た範囲だと何もしてなかったよ」

 彼らは迷宮の中で出会い、ある約束を交わした仲だ。
 出会って以来目的を果たすため、共に旅をしている。

 ……その目的の一環として、ユーシと呼ばれる少年は彼女にある頼み事をした。

「他の人はともかく、彼だけは油断ができないよ。僕の予想が正しければ、五感全部を誤魔化せるからね」

「つまり、私も騙されてるってこと?」

「たぶんね。もしそうだったとしても、僕はそれに気づけない。彼の催眠術を受けているし、それを解く気はないから」

 ──少年はかつて、迷宮の底へ落ちた。

 本来ならばそこで、己の倫理を捨ててでも生き残ろうと足掻く……はずだった。

 イムと呼ばれる少年は、それを防いだ。
 自身のスキルを用いて、彼の倫理が一生そのままであるように封じて。

 そして同時に、いくつかの催眠を施す。
 その催眠がこれまでユーシの生死を決めたこともあり、彼はそれを手放そうとしない。

 ……もちろん、それが催眠の効果であるかどうかも疑ったが、実際便利であるのでそこは考えないようにしている。

「まあ、ユーシがそれでいいなら構わないんだけどさ……。それよりほら、次の街が見えてきたよ!」

「えっ? 僕は君ほど、目はよくないから分からないよ」

「眼を強化すれば視えるでしょ? ほら、壁があるじゃん!」

 言われるがままに視覚を強化すると、たしかに薄っすらと壁が視えてくる。

「うん、いちおう視えたね。やっぱりもう少し、魔物を倒した方がいいのかな?」

 少年は迷宮で覚醒し、とある能力をその身に宿すことになった。

 ──殺した魔物の能力スキルを奪う唯一能力オンリースキル

 先ほど視覚を強化したのも、簒奪したスキルを使うことで可能としていた。

「やっぱり慣れないんだよね。無意味な殺生は、僕の国じゃ許されなかったんだ」

「セートーボーエーってヤツでしょ? ユーシは私を助けるために闘ってくれたんだし、殺ればできるよ」

「イントネーションが違うよ、それ」

 そうツッコみながら、移動を続ける。

「──だいたい、ユーシはもっと横暴に振る舞ってもいいんだよ。力はある、金もある、なのにどうしてそこまで卑屈なの?」

「卑屈って言うか……地球での僕は、力なんてない負け犬だったから」

「……チキューって凄いわね。こっちでこんなに活躍できる人を、イジメの対象に指定できるなんて。私もそっちにいったら、またイジメられるわね」

「……うーん、君は狙われるだけだよ」

 少年はそれ以上語らなかった。
 少女も彼が何も教えてくれないと分かり、ため息を吐いてから話題を変える。

「? そういえばユーシ、そういえば次は何するの? いっつもコソコソした陰険なことばっかりだったから、内容を忘れちゃった」

「陰険!? そ、そんなことないよ……。いい? これから僕たちは、中迷宮に潜る。人目につくと怪しまれるから、可能な限りこっそりと移動する必要がある」

「ほら、もう陰険だよ」

 うぐっ、と息が漏れるが互いにそこは知らぬふりをしておく。

「……。それで、もう少し君の力を強化しておく。ユウキ君やコウヤ君、他にも強い人はたくさんいるし」

「例のイムって子も?」

「彼は何もしてこないから外すよ。僕たちの目的には当てはまらないし、選別者じゃないことは調べたんだよね?」

「……でも、唯一スキルの持ち主だよ?」

「催眠がそうだって、話したじゃないか。たぶんまだ他にもあるだろうけど、僕たちに接触しないなら関わっちゃダメ」

 どうしてもイムとの接触を拒む少年。
 そこに違和感を感じるのはいつものことなので、少女は話を戻す。

「それで、迷宮巡りはいつまで?」

「うーん……そろそろ大迷宮を一つ巡ってみたいけど、あんまり今の状態で行けそうな場所が無いんだよね」

「だから殺ろうって言ってるの。ユーシは私より、もっともーっと強いんだから」

「けどなー」

 彼らはそうして楽しげに会話をしながら、今日も目的のために歩み続ける。

 それを知る者は誰もいなかった。

『…………ホウコク、ホウコク』

 ──人型の存在には。


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