俺と異世界とチャットアプリ

山田 武

スレ92 まずは足を奪うべし



 当然ながら、サーシャは逃走に成功した。
 ただでさえ、武具創造なんてチートな能力が俺の知識によって強化されたからな。

 隠れるアイテムなんて、数え切れないほど存在しているわけだし。
 魔力の微弱な放出すら防ぎ、五感での探索すべてを妨害するアイテムも存在する。

 そんな中でサーシャを見つけるためには、そのアイテムとサーシャ自身を超えるだけのスキルか自前の探知能力が必要となるのだ。

「──さて、どう逃げるか……」

 しかし、俺の場合はそれがどうにかできないわけで。

 少しだけなら、五感の一部だけなら限定的に抑えることができるが……空間全体を調べるクーフリ先輩を相手に、そんな甘い考えではやってられない。

「とりあえず、魔力はゼロだな」 

 魔力が解放されるまで、俺の存在感はいっさい無かったといっても過言ではない。
 今の俺の存在感だって、“虚無重圧アンリミテッドプレッシャー”で後付けされたモノだ。

 そして、いつの間にかハルカがステータスに追加してくれていたのだが……(存在希薄)というスキルを習得していた。

 いつ得たのか分からないが、まあ何か隠れようとしたときに称号を得たのだろう。
 その効果は──ありえないほどの存在感の無さ……要するに、原因はこれだったのだ。

 魔力の蓋を開くまでは、ある程度在ったから何かしらの条件があったんだろう……そしてこれを、己の意志で再び発動させる。

「傍から見るとさっぱりだが……どうだ?」

[一気に消えた]

「そうなのか?」

[ばっちり]

 サーシャの発言はチャットアプリ越しのモノで、チャットアプリを見ればそのログが必ず残っている。

 なので俺が音声で、サーシャがチャットでやればこうして会話ができるのだ。
 もちろん、こちらに関する情報が漏れないように防音はさせてもらっているぞ。

 それに、神器であるタブレットが見えないように扱ってもらっている……さすがにこれだけは、クラスメイトでもな。

「これ以上は不味そうだから、そろそろ回線は切るぞ……アイツらに、よろしく」

[り]

 ライブ中継の一つや二つ、やっているだろうし……微妙に話が合いすぎる会話から、さすがに理解しているさ。

 スマートフォンを秘匿状態にして、改めて意識を集中させる。

「…………」

 戦闘行為は必要ないので、索敵と隠蔽と歩術にのみ脳スペックを振る。
 魔力が無いので、昔習った気で行う方法しか使っていない。

 ──だけど……いたな。

 こちらの気配を探るように、少しずつ包囲網を縮めている。
 空間属性の探知──空間探知は狭めれば狭めるほど、その精度が向上するからだ。

「…………」

 完全に気配を消すことができないからか、その網は俺が入っている範囲内でゆっくりと狭められている。

 クーフリ先輩も確証が持てないからか、それでもこちらへ転移はしてこない。

 ──タイミングは、ワンツースリーっと。

 ついにその範囲が俺の半径1mほどとなった瞬間、俺の存在が完全にバレた。
 そのとき、俺も同時に探知にスペックを全振りし──空間の揺らぎを見つける。

「ハッ!」

『──ッ!?』

 遠くで驚愕に揺らぐ魔力の気配を感じた。
 空間と空間の間を捻じ曲げ、こちらへ来ようとするクーフリ先輩を拒絶し、逆探知の要領でこっちの魔力を流し込んだ。

 隠す必要が無くなったので、俺の気配に気づくようなこともできるようになった。

 制限を外した膨大な魔力を注ぎ、クーフリ先輩が死なない程度に魔力暴走を強制的に引き起こすことで、空間魔法を使えなくする。

「さて、これでまず一安心。さすがに強制的に送られると、こちらも負けが確定しますので……ねぇ、クーフリ先輩」

「……凄いね、君。かなり力技だった」

「お察しの通り、無属性の適性しかないからな。技よりも力押しの方が向いているんだ」

「けど、それだけじゃ序列入りは無理……裏があるなら、見せて」

 不穏な気配を感じ、立ち位置を変えた俺が見たのは──大地から生えた鋭い棘。

 探知に振っていたスペックをとっさに歩行術に切り替え、その恩恵である無詠唱での軌道を以って次々と生えるそれを回避する。

 スペックを全振りにすれば、俺もアイツらより少し劣るぐらいの力なら発揮できる。

 たとえば──アイツらなら息をするように凄まじい威力を出せる無詠唱、それを今の状態ならどうにか性能を維持して実行可能だ。

「土魔法ですか?」

「似たようなもの……次にいく」

 大地が揺れると、人形がニョキニョキと生えてくる。

 土でできたとは思えないほどツヤのある人形が五体、手には盾や剣や槍などを握り締めて襲いかかってきた。

「“魔力弾バレット”」

 一発分として籠められる限界まで魔力を注いだ無属性の弾丸、それを五つ指先に生みだして払うようにして命中させる。

 スペックを戦闘にも注いだので、これぐらいならば回避中でもどうにかこなせた。

「“魔力壁ウォール”、“身体強化ブースト”」

「むっ」

「転移ができない今の先輩が相手なら、逃げるのも勝つ方法の一つですよね?」

「……そろそろ回復する」

 転移ができないだけで、それ以外のことならばすでにできるようだ。
 土でできた足の踏み場を空に放ち、それを空間属性の魔力で固定している。

「──そしたら、君の負け」

「勝ちますよ──“魔力弾”」

 とりあえず、人形とクーフリ先輩本人が上に来ることは防がないとな。
 弾丸を放ち続け、制限時間が終わるまでひたすら耐えないと。


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