俺と異世界とチャットアプリ
スレ42 一番安いセットは無料です
──俺、突然チートになりました。
何度確認しても、魔力の数値は『∞』。
微細なコントロールはこれまで通りできるのだが、今まで以上に魔力を解き放つということはできない。
「サーシャ、一度に出せる魔力の量って増やせるもんなのか?」
……あれだ、蛇口が狭いんだ。
魔力タンクから魔力を出そうにも、栓が固くてあんまり出ない、と言った感じだな。
[さあ]
「……うん、サーシャに訊いた俺があれだったな。使わないもんな、魔法」
[魔法は使っていなかった]
「でもさ、このままだとMP100分しか魔力を繊細に操作できないんだよ。0か1か5か100か、それしか選べなくてさ」
サーシャはあくまで、武具を生み出すことにのみ魔力を消費している。
魔法に関する才は生前無かったらしく、魔力操作も内循環の身体強化用のみらしい。
対して俺は身体強化は魔力よりも気力で行うことの方が多く、魔法ばかり使っている。
だからこそ、俺だけがそんな問題に悩まされているわけだ。
[最大量を絞り、そこから少しずつ解放量を増やしていく]
「魔道具か、でも∞の魔力を絞れるような代物あるのか?」
[無論、無い]
「……とりあえずは、“虚無庫”に入れて溜め込んでおけばいいか。あれを媒介にすれば無限に力が使える……ん、無限?」
自分で言った言葉に疑問を感じる。
そもそも、どうして“虚無庫”に入れて置いた武器はすべて魔力が飽和するまでチャージされていたのだろうか。
「もともと、魔力は∞だった? それが今回のことで解放された? そう考えれば、まあ妥当だと思えるけど……ちょっと違う気がするんだよな」
[どういうこと?]
「…………いや、考えるのはよそう。過程はどうでもいい、大切なのは結果だけ。今の俺は魔力チートを手に入れた。完全には使いこなせていないけど、いつかは死なないように生きるための力として使ってみせる」
[たぶん、世界最強になってると思う]
ハハッ、サーシャもおかしなことを言う。
成長したリア充君や強奪チート持ち、異世界人だけでも強いのがいっぱいいるのに、この世界産の魔王やアンデッドの元騎士もそれ以上に強いんだぞ?
いやいや、俺が最強なんて……どんだけ狭い範囲での話なんだよ。
今この場所でも、そんな台詞は言えないに決まっているじゃないか。
「まあ、特訓は早い内から始めた方がいいよな。サーシャ、明日は忙しくなりそうなんだし、さっさと寝とけよ」
[睡眠不要]
「不要なだけで、寝れるんだろ? 友達ができたんだから、清々しい気分で明日も会ってやれよ」
[り]
サーシャを説得して寝かせると、俺はとある魔道具を起動する。
魔力を籠めて念じると、俺の姿は学生寮からなくなった。
[バカ]
俺がいなくなった部屋で、サーシャがそう呟いたらしい。
普通は分からないんだけど、チャットだからログが残ってました。
◆ □ ◆ □ ◆
翌日、何食わぬ顔で食堂へ向かう。
学生寮についてまったく説明していなかったけど、特に問題ないよな?
「ここの飯って、どんなものなんだろう」
[美味しいと教わった]
参考程度に言っておくと、サーシャの部屋が2階にあり食堂が一階にある。
全3階建ての構造だが、Y軸ではなくX軸とZ軸がデカい寮であった。
「へえ、クラスメイトのお墨付きかー。いっしょに食べようとかは言われなかったか?」
[お昼]
「はいはい、そのとき俺は別の場所でボッチ飯を……ん? なんだその眼は」
寂しいし、護衛兼友達として“虚像偶像”でも使おうかと悩んでいると、サーシャが肩にポンッと手を置いて──
[ちゃんと貴方も来れるよう、言ってある]
「……あれ、二人っきりの予定だったんじゃないのか?」
[ブラストも来る予定だったみたい]
あのびしょ濡れになった赤髪君だな。
アイツら、付き合ってるのか?
[幼馴染だそう]
「ほうほう。エルフの幼馴染とは……彼も相当に良い運命を持っているもんで」
妖精種のエルフ族、人との付き合いはあまりなく、森に引き籠もる者が多いと聞いたことがあるのだが……テンプレか。
そういえば……(従来は)妖精種だけの特別な魔法、そんな代物もあるらしいな。
再現できるものなら、ぜひ使ってみたいものである。
「まあ、今は朝食を食べようか」
[り]
この食堂では、A・B・Cと複数に分かれたセットメニューから一つを選び、金を払って食べるとのこと。
学生寮なのに有料? と思う貴方、Aセットだけは無料で、あとが有料なのだ。
何度も言うが、貴族も居るこの寮。
それなりに品質も高いため、全員に同じ食事を用意するのは極めて困難である。
なので有料、故に有料。
貴族たちは好んで一番高いセットを注文していく、これで学園に金が回るんだから誰も不幸にならない金循環システムである。
「サーシャはどれがいい? 金と魔力だけは大量にあるからな」
[A]
「やっぱりそうだよな」
本来食事も不要なアンデッドと、質素な暮らしをしてきた俺には無料が一番だ。
互いに悩むことなくAセットを注文し、食堂で働くおばちゃんに言う。
「──はい、Aセット二つ!」
「[ありがとうございます]」
お盆の上に乗っていたのは、ライ麦でできたパンと野菜入りのスープ。
それに新鮮なサラダと、何かの肉を焼いたヤツ……無料なのに結構入っているな。
それらを空いている席まで運び、テーブルの上に置く。
二人で両手を合わせて、こう言ってから食事を始めた。
「[いただきます]」
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