俺と異世界とチャットアプリ
スレ38 学生には戻れない
「ここが……学術都市か。地球ではありえないぐらいに大きな学園だな」
[これにはビックリ]
「これ丸々一つが学園ってのは、あんまり信じられないけど。国って言われても違和感ないしな」
遠目に見えるその場所は、それほどまでに広大な場所であった。
かなり離れているはずなのに、視界いっぱいに防壁が築き上げられている。
中央の辺りには時計塔のような物が見受けられ、そこから結界が展開されていた。
「これからしばらく、この場所にお世話になるんだけど……準備はいいか?」
[り]
「了解、だな。はいはい、それじゃあ行くとしますか」
俺たちは次の街──学術都市アウェイオンへと向かっていった。
◆ □ ◆ □ ◆
入場審査に少々戸惑ったものの、サーシャが魔物だとバレることもなく、無事入ることに成功した。
『こちらへは、何をしに?』
『いえ、有名な学術都市を見て回りたいと思いまして』
『そうですか。──そちらの方は?』
『…………護衛です』
こんな会話があったとか無かったとか。
いっさい言葉を発しなかったため、少し怪しまれたそうだ。
「それで、このあとはどうする? 俺は本を探すけど、何かやりたいことは──」
[ない]
「……そうですか」
細かいことは教えてくれなかったからな。
一番デカい図書館を探せば、どこかに置かれているかもしれない。
とりあえずこの都市で、俺はそれを見つけることを目的にしている。
サーシャには予め護衛を頼んでいたが、ここに来て心境の変化があると思っていたのだが……特に無かったようだ。
「そっか、ならいっしょに来てくれるか? まだどこが危険か分からないしさ」
[り]
「……いや、透明でも武器を出すのは止めてくれよ」
バレたら捕まるからな。
永い間迷宮に居たからか、ヤケに攻撃的なサーシャを説得してから図書館を探した。
あれから数日、俺はなぜかブレザーのような物を着ていた。
いや、『のような』ではなくブレザーだと認めよう。
「うん、たしかに読みたかったけどさ。どうして図書館を探していたのに、俺は学園に入学することになっているんだろうか」
[乙]
「……そっちも似合ってるぞ。鎧の上から羽織ったブレザーがな」
[そう]
サーシャもまた、ひょんなことから似たような恰好をしていた……甲冑の上に。
格好はおかしいはずなのに、着ている者に違いがあるからな。
内面から滲み出ている、溢れんばかりのイケメンオーラが全然違うや。
俺の少々嫉妬の念が籠もった発言にも、知らんぷりしてやがる……ちくしょうっ!
いろんなことがあった、その一言に限る。
図書館を探していたらトラブルに遭い、その結果重要な本が学園にあることを知り、それから学園に向かい……サーシャがチートを見せつけて入学。
──サーシャの従者として、俺もまた入学することになった。
「……うん、どうせなら俺も普通に入学したかったな。まさか、入学試験で落ちることになるとは。勉強って、ちゃんとやらないとダメだな」
魔法やスキル、戦術に関する問題などまったく分からなかった。
ただ、頭が悪い奴のために模擬戦で点数稼ぎということもできたのだが……スキルが無いと受けられず、戦闘スキル数0個で属性も無属性しかない俺は何もできなかったんだ。
結果は不合格、先に説明した通りサーシャの従者としての入学となった。
「まっ、別に問題ないか。サーシャが入学すれば、従者である俺も図書館に入れるしさ。今の時代の常識を掴むためにも、しっかり頑張って来てくださいな」
[面倒]
「いいじゃないか。たしか強ければ強いほど何かいいことがあるって話だろ。サーシャならこの学術都市のトップに立てるだろうし、その方が従者役の俺としても動きに制限が入らないだろ?」
[不服。貴方の方が強い]
「前にも言ったが、俺の方が弱い。それに、従者は戦闘しない方がいい。俺は見取り稽古でも充分学べるから、できるだけたくさんの奴に挑んでみてくれよ」
[り]
魔法の工夫した使い方も、この世界特有の戦闘法も、俺には必要な情報である。
知ればそれだけで、俺の生存確率は僅かながらに上昇する。
今は情報をできるだけ集め、死なないように駆け回るべきだ。
「それに、コネクションが欲しい。今の俺たちはただの風来坊でしかないからな。しかも俺は異世界人だし、お前は死んでるからある意味情報が無い。学生とか冒険者、なんて肩書はあるけど、少し危険なことに巻き込まれたときに庇ってくれる奴が欲しい」
[面倒]
「サーシャ一人だと、俺を守り切れなくなるかもしれない。そんな事態にならないのが一番だけど、そうなったときのことも考えないとダメだ」
使い回しのチャットが浮かぶ。
だがコネクションの重要性は、地球でさまざまな者たちにお世話になった俺だからこそよく分かっている。
[?]
「サーシャが信頼できるだけの、強い力を持つ者を見つけだしてほしい。そして、願わくば困ったときに助けてくれるような関係を、結んでおいてくれ」
[必要? たぶん困らない]
「困ります。俺は勇者を倒して国を勝手に出て来たようなヤツだ。いちおう偽装はしたけど、もしかしたらわざと泳がせているかもしれないんだ」
リア充君、元気にしてるかな?
俺の能力を奪った奴、二つのスキルを有意義に使えているだろうか?
国の皆様、俺は死んだと思ってくれているかな?
……死体が出なかったんだから、あっちも疑うかもしれない。
「だから……なっ?」
[分かった]
「そうか、ありがとう」
渋々と、そんな感じではあるがいちおうの納得は得られたようだ。
「それじゃあさっそく、学園に入学するか」
[もうしてる]
「いや、そういう意味じゃなくてな」
俺は異世界で、再び学生デビューします。
ただし──従者としてだがな。
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