俺と異世界とチャットアプリ

山田 武

スレ16 模擬戦相手は騎士長様



 ──どうして、こうなったのだろう。

「……はぁ」

 訓練場でため息を吐く俺は、先ほどまで行使していた魔法の一部を解除して脱力する。
 そこは武舞台の上であり、観客も居る模擬戦の最中だった。

 そんな勝敗が決まり切っていた勝負において、番狂わせが起きた──俺の目の前で倒れ伏す男がその証拠だ。

『………………』

 周りの者も絶句してその様子を見つめ、その事態を引き起こした俺を恐怖の対象として見ている。

「ねぇ、しっかりしてよ!」

 心も職業も【聖女】なアヤさんは、倒れた男に必死で回復魔法を施している。

 俺がかつて見たもう一人の聖女のように、見る見るうちにダメージを癒していく。
 俺の変に失敗した回復魔法と違って、バッチリ回復しているな。


「しっかりして──ユウト君ッ!!」


 魔を滅ぼし、不屈の心で人類の希望となる運命を持つ者──【勇者】。
 その運命を背負う少年ことリア充君は……不屈の心などとっくに失い、力尽きていた。

 本当、どうしてこうなってしまったのだろうか……少し前の時間を思い返しつつ、ほんの少しだけ後悔を覚えてしまう。

  ◆   □  過 去  □   ◆

「アサマサ。君の実力を見せてもらいたい」

「……俺、武器関連のスキルは一つも持ってまいないんですけど」

「それも込みでの確認だ。こういったことを確認しないと、君の適性が分からない」

 ついに教官に余裕ができ、俺にも担当が就くようになった。

 しかしなぜか、話は俺の適性を調べるとかわけの分からない展開となり──偉そうなお方と戦うことに……。

「えっと、たしか……騎士長だっけ?」

 たぶんだが、そうだった気がする。
 道理でいろんな戦い方ができるわけか……だが、なぜそんな人と戦わねばならない。



 だが、受けさせてもらうという立場にある俺の意見など封殺されてしまう。
 騎士長と共に、正方形に整えられた舞ぶ代の上に立たされ、観られているのが現状だ。

「どうして、こんな公開処刑みたいな晒しをするのですか? 適正を見るだけならば、騎士長様一人が確認すればいいでしょう」

「彼らは君と共に魔王と戦う仲間だ。仲間の戦力は正確に計れていないと、後にしこりを残してしまうからな」

 ……まあ、一理あるけどさ。
 俺のショボさ加減を、どうして他の人に見せないといけないのだろうか。

「あの、魔法の方は……」

「お前の武術としての力を見たい。すまないが、今回は魔法を無しとさせてくれ」

「は、はあ……」

 嗚呼、もうダメだな。
 魔法が厳禁だということは、恐らく気の使用もダメなのだろう。

 あくまで武術のスキル(存在しない)を知りたいんだ……大人しく、負け試合を受け入れるか。

「さぁ、君から仕掛けて良い。掛かって来たまえ」

「あっ、はい。少し待ってくださいね」

 騎士長は剣を部下に預けており、無手での勝負にしてくれている。
 気の使用も無し、おまけに無手縛りとなると……ここはやわらでどうにかするしかないか。

 大きく息を吸って力を抜き、脱力の構えで騎士長を待つ。
 特別な構えなんて必要無い。

 ただ、流れる川のようにそのときをひたすら待つだけだ。

「……では、どうぞ」

「──なら、行かせてもらおう!」

 俺がカウンターを狙っていることを理解したのか、親切に行動開始を宣言してから攻撃し始める騎士長。

 ビュンッと風を纏ったような勢いで駆けてくるのだが、魔力探知は解除しているため、すべて野生の勘でやるしかないな。

 騎士長がどこから攻撃を仕掛けてくるか、それを読み取って──腕を掴む。

「そいやっと」

 再び風を切る音がすると、直後には地面に重い物が叩き付けられた音が鳴り響く。
 勘任せだったので、本当に成功するか微妙だったのだが……上手くいったようだな。

「ビバ、柔道。和の作法を学んでおいて正解だったよ」

 騎士長の攻撃を読んだ俺は、その勢いを往なしてそのまま倒した。

 背負い投げ、だっけか?
 今回使ったのは、それを少し弄ったようなもので──手を掴んで斜め上に上げてできた隙間に肘を差し込んで、腰を回すというシンプルな技である。

 これを教えてくれたヤツは、理論なんて教えずに体に直接叩き込んできたので、自分がどうやってを騎士長に倒したかはあまり詳しく分かってない。

 ただなんとなく、どこら辺を持ってどうしたか……そんなことぐらいしか、俺には分からないんだよ。


 閑話休題からだでおぼえた


 だが、そんな裏事情を知らない騎士長は、すぐに立ち上がり──手を伸ばしてくる。

 悪意が籠もっていない、興味深いモノを見てくる……とても懐かしい目だったので、その手を握り返して握手を交わす。

「……本当に、武術のスキルを会得していないのか?」

「あっ、はい。何一つ、習得してませんよ」

 召喚者からは模擬戦を始める前から鑑定スキルが使われていたが、この台詞セリフのあとはさらに視てくるようになった。

 鑑定スキルは魔力MPを代償に相手の情報を赤外線通信で手に入れようとする物なので、その取引は目を凝らすと確認できてしまう。

 ……うん、現在針の筵ってこんな感じなんだって、よーく分かったよ。

「おい、アイツのステータス。全然変わってないじゃん」「しかもあの(想像補正)って、もしや患ってる?」「運、低ッ!」「偽装するにももっと隠しようがあるだろ」「バレバレじゃん」「レベルアップしてんだからさ、しっかり数値上げとけって」

 ステータス関連、本当に変わりません。
 想像補正スキル、内容を見てください。
 運、ほっといてください……虚しいです。
 偽装、していません……これが素です。

 そう律儀に答えたくなったが、自分が虚しくなるだけだから止めておいた。

 どいつもこいつも、俺が反論しないからって好き勝手言いやがって……たしかに今回勝てたのは偶然だろうけど、俺のステータスは関係ないじゃないか!


 そう思っていると、一人の男が騎士長の下に歩いてくる。

「ゼルトさん。相手がアサマサ君だからって手を抜いたんですか? 僕だって、剣を持った貴方にはまだ一度も勝てていないのに」

 そう言った男──リア充君は、どうやら騎士長が手を抜いたことを疑っているようだ。

 うん、俺もそう思う。
 騎士長だったら、俺の攻撃をカウンターしようとしていることに気付いて、わざと受けてくれたのかもしれない。

 そして、今それの問題点を今提示してくれるんだな、と思っていたのだが──

「いや、本気でやったぞ。ユウト、俺は自分が剣も無手も同等のレベルだと思っている。だから剣かどうかなんて関係なく、俺は純粋に負けたんだ」

『────ッ!?』

 みんなその言葉を聞いて驚いている。

 嗚呼、俺もビックリだよ。
 そこまで言って、俺に優しくしてくれるのか……とさ。

 魔法が無属性であったこともあり、俺の城での扱いはそこまで良いものではないのだ。

 なので、騎士長はわざと負けて俺にスポットライトを当ててくれている……嬉しいんだが、正直勘弁してほしい。

 ほら、たとえば──

「アサマサ君。僕とも一度、勝負してくれないかい?」

 ──やっかみからの勝負イジメとかな。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品