俺と異世界とチャットアプリ

山田 武

スレ01 異世界の説明



 いつの間にか真っ白な空間に立っていた。
 ふわふわする体、しかしその体の感覚は感じられない。

(これって、もしかして……)

≪そう、その通りよ。貴方は異世界へと旅立つチャンスを手に入れたのよ≫

「そ、そうですか」

 俺がここに来る前で覚えていること。
 それは、自分の足元に展開された幾何学な魔法陣である。

 一瞬、俺ではない誰かが本命な召喚というパターン──いわゆる巻き込まれ召喚かとも思ったが、周囲に俺以外の存在はいなかったので、確実に俺が呼ばれたのだろう。

 ──ただ……なぁ。

≪……何よ、全然乗り気じゃないわね。ここに来た奴らの大半が──『ヒャッハー! 異世界が俺を呼んでるぜ!!」とか言っていたわよ。貴方もその類いじゃないの?≫

 あまり、喜べることでもないのだ。
 ……約束をすっぽかすというのは、罪悪感がどうにもな。

「いえ、せっかくできた友達との別れが……何とも虚しく感じまして」

≪……ふむふむ。その友達とやら、楽しくカラオケパーティーしてるわよ≫

「──それじゃあ、異世界についての説明をお願いします」

≪切り替えが早いわね……≫

 アイツら、俺を置いて先に始めやがった。
 俺は、その友達とのカラオケパーティーへいくために歩いている途中で、この場へ呼ばれたのだ。

 本来であれば、俺も好きなアニソンを連続で歌おうと思っていたのだが……アイツらがそういうことならもう知らん。

 俺も俺で好きにやらせてもらおう!
 ──事情ならすぐに分かってくれるし!

 カラオケ組以外の知り合いにどう伝えれば良いかは分からんが……そういうのって、どうにか異世界特有のご都合主義でどうにかならないかな?

  ◆   □  説明中  □   ◆

 これから召喚される場所は──リーネという世界の、ディルク大陸にある王国らしい。

 ……それを言われて、いったいどれだけの人間が『ああ、なるほど』と納得できるのだろうか?

 そこにいるお姫様が発動させた召喚魔法に引っ掛かったため、俺はその世界へと飛ばされることになった。

 ──俺以外にも色んな人が呼ばれており、異世界で俺Tueeeをやっているそうだ。

「その魔法で召喚される条件って、何なんですか?」

≪リーネの人より上位の世界に住んでいる人の中で、異世界への親和性の高い魂を持つことね。貴方は……ギリギリみたいだけど≫

「……となると」

≪ええ、貴方が選べるチートなんて、本当にゴミっカスぐらいの物しか無いわよ≫

「どうせなら、カッコいいチートが欲しかったですけど、最近は微妙なチートが輝くことが多いですし……大丈夫ですよね?」

 ハズレだと思った能力が、実はチートで覚醒したら……みたいな展開は多い。
 創作上の話ではあるが、可能性があるからこその考えだが──

≪……それがね、最近はそういったことが多過ぎて、神々でもチートの格を改めることになったのよ。だから貴方が言って実現できるのは本当に微妙なものだけ。もし、言ったのが成り上がり物に出て来るようなチートのことだったら──当然貰えないわ≫

 成り上がり共! テメェらのせいでチートが貰えねぇじゃねぇか!

 いやまあ落ち着け、チートが無くともどうにか生きていけた実例はある……ソイツはそもそも生まれつきチートだったけど。

 訊く限りは、すべてを却下されるわけじゃないのだ。

 あくまで主人公みたいな奴らが望む、普通にチートな能力や実はチートだったみたいな外れっぽい本命チートが不可能なだけ。

 なので、考えよう……俺でも許されるであろう最低限のものを。

「……えっと、それなら──俺のスマホのアプリを一つだけ、ネットが無くとも使えるようにしてくれませんか?」

≪異世界にスマートフォンねー。アニメ化まで行けるようなチートを持って行けると思うの? ……参考までに一応聞いておくけど、いったいどんなアプリを異世界で使えるようにしてほしいのかしら?≫

「チャットアプリです。カラオケに参加しているメンバーの一人が自前で作ってくれた思い出のアプリなんですよ。登録されている友達と家族だけで良いので、連絡が取れるようにしたいんです」

 そもそも、巷で大人気のチャットアプリには、ソイツらを除けば公式のアカウントしかない……やっぱり虚しいな。

 なので、俺が要求したのは別のアプリ。
 友達の一人が一からプログラミングした、多機能型の便利アプリである。

 正直、チャットという形で取り繕っているだけの万能アプリなんだよな。

≪……いちおう許可は取れたけど。その代わり、貴方は他のチートを取れないわよ。それと、友達本当に少ないわね≫

「どうせスキルを取ったとしても、絶対どこかにいる強奪系のスキル持ちに取られるだけですよ。それなら俺だけしか使えない携帯を貰えた方が嬉しいです。あと、そっとしておいてください」

 ……結構気にしているんだから。

≪たしかにいるわね、その能力持ち。しかも貴方と同じタイミングで召喚される中に≫

「タイミング悪ッ! ……やっぱり、これを選んで良かったです」

 女神様が指から光を放つと、俺の端末にその光は吸い込まれていった。

 確認してみると、バッテリーの表示がおかしくなっているうえ、アンテナの部分も見たことのないアイコンになっている。

≪はい、これで貴方の携帯は神器扱い。充電は切れないし、絶対に壊れないし盗まれない……そんな便利な代物になったわ≫

≪ただし、ネット環境が必要なアプリで使えるのは、本当にチャットアプリだけよ。マップアプリでターゲットしていっせいスタンとかは無理よ≫

「分かってます。女神様、ありがとうございます」

≪頑張ってね。いちおう召喚特典のスキルは貴方にも付いているし、私からのささやかなプレゼントも付けてあるから……だいたい一週間は必ず生きていけるわ≫

「本ッ当にありがとうございます!!」

 心からの感謝を伝えるため、土下座……をするイメージを全力で脳内で思い描く。
 それが伝わったかどうか……うん、全然気づいていないや。



 女神様が指を鳴らすと、俺の足元に再び魔法陣が現れる。
 それはもう、一度は夢見たことがあり──つい先ほど見た魔法陣だった。

≪……コホンッ。愛すべき人の子よ、新たなる地でも加護があらんことを≫

「あ、ありがとうございました!」

 最後に女神様がそう言うのを聞きながら、俺は意識を失い異世界へと旅立った。

  ◆   □  転移中  □   ◆

 その頃、カラオケ店の一部屋ではこのような会話がされていた。

「……おっ、朝政がついに同類になったぜ。気配がパッタリだ」

「ふーん、どこで召喚されたの?」

「ちょうどここに来る途中の道みたいです。魔法陣の反応が残っていますね」

「アイツ、せっかくアニソン祭りだ! って喜んでたのにな。俺も実は楽しみにしてたのに……アイツの歌」

「それと、呼ばれたのはリーンみたいよ……どうしますか? 勇者様……プフッ」

「おいおい、あんまりからかわないでくれ。俺をからかって良いのはアイツだけだ……それより賢者様。アイツに連絡は付くか?」

「……ダメですね。本人が意識を失っているでしょうし、まだ確実ではありませんが」

「一回目はだいたい気絶するからな。異世界改変に体がついていけないし」

「その間に鬼畜な神様が、人々からソイツに関する記憶を消滅させていく……。帰って来た時には、ソイツのことを誰も知らないんだから堪ったもんじゃないわよ」

「実際、俺たちも忘れられかけたしな。賢者様が対応策を用意してくれなかったら、朝政が召喚されたことにも気付けないままだっただろうし……」

「朝政さんを解析していたら方法が見つかっただけですよ。あそこの家は義父さんと義母さんが凄いですしね」

「ちょっとちょっと……字が違くありませんか、賢者様?」

「何を言いますか聖女さん。きっと貴女の気のせいですよ」

「……おいおい剣聖、アイツら本当に譲る気無いよな」

「そうだな勇者。誰も彼もが自分を忘れている中で、アイツだけが自分のことを覚えていてくれたんだから、そりゃあコロッと堕ちるだろう」

『何か言った(いましたか)?』

「……いいや、何でもない。そういや朝政、アイツ絶対チートスキル弱いよな」

「ええ。私たちと一緒に居たので、ある程度魂の強さが強化されてますが……本人の力はあくまでそのままですし」

「本当に大丈夫かしら……」


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