最弱属性魔剣士の雷鳴轟く
249話 男の成れの果て
「私……戦わ、ないと……」
意識を取り戻したのか、リンリが動かない手足を動かそうと藻掻く。
「もう終わった。勝ちだ」
傍らに立っていたレオがリンリにそう告げる。だが、レオの言葉に対し、リンリの表情が曇る。
「また私、役に立たなかった……」
「そんな事はない。お前の最後の攻撃がサーキンを倒した。おれが来た頃にはもう全部終わっていた」
ミストもサーキンもレオの言葉に驚くも、何も言わない。レオ自身も戦闘面だけでなく、仲間と共に過ごすうちに精神面でも成長を遂げている。功績にこだわるばかりではない。仲間という存在の大切さも十分に理解し、実感しているのだ。
「そっか。私……勝ったんだ」
『最初カラサーキンに勝ち目ハ無カっタ。孫の為に殺戮者と成っタ男に、その孫と同年代の少女を殺すナんテ事ハ最初カラ出来ナい』
「どういうことですか?」
「……少し昔話にはなりますが」
観念した様子でサーキンが話し始める。
◇
十数年前、一人の男が居た。
妻をはやくに亡くし、彼の生きがいは息子の家族を見守る事しかなかった。特に男は孫のエリを愛でた。可愛らしい花のような少女。
不自由無く暮らす男と、息子の家族はおそらく町で一番の幸せを感じていた。
だが、平穏とは一瞬にして崩れ去るものである。
とある晩、男のもとに息子とその妻がやって来た。血相を変え、ずいぶんと慌てている。
話を聞けば、エリが帰って来ていないと言う。男もすぐに捜索を始めた。だが町は広い。更に町にいるかもわからない。人さらいか? 魔物が入って来たのか? 嫌な想像をすればするほど男は焦った。
男は自力では無理だと悟り、町の自警団を頼った。
公爵の私兵は数が限られており、自分たちで町を守るしかないのだ。だが、自警団は男の願いを聞くこともなく男を追い返してしまった。
それもそうだ。外から来る魔物の相手もしながら町の治安を守らなければならない自警団に人一人を探すために割く人員は居ない。そもそも行方不明や殺人などは珍しくなく、こういった捜索の依頼はよく来るのだ。
自警団は頼れないと判断した男は冒険者ギルドに向かおうとし、そして動きを止めた。金を出せば何でもやってくれるのが冒険者の良い所。だが逆に大金を積まなければ人探しなどしない。男の家は貧乏ではなかったが、冒険者が食いつくほどの資産はない。
やはり自力でやるしかないと、近所の人にも協力を仰ぎ、寝る間も惜しんで捜索した。だが、そんな苦労も虚しく、三日後。川の近くでエリは遺体となって見つかった。遺体には様々な傷が残っており、弄ばれたのは確定だろう。
息子の一家は鬱病に陥り、男もひどく悲しんだ。泣いて泣いて泣いて、そして涙も枯れた頃、男は立ち上がった。右手に持ったナイフは妻が料理をする際に愛用していたものだ。
自警団の話では近くの森に隠れている盗賊の仕業だろうと。被害者はエリ以外にもいるらしく、近々討伐に向かおうと思っていたところらしい。
森の中は暗く、人が潜むにはこれ程うってつけの場所はない。森に入ってすぐ見張りと思わしき盗賊が二人いた。男の見た目はただの老人で、右手のナイフは暗くて見えない。
何の警戒もなく近づいた盗賊は、男に近づいた直後、血を噴き出して倒れた。もう一人も動揺している間に男の右腕が振るい……
後日、自警団が森に到着した時には一面が血の海で、生きているものは一人もいなかった。
男は虚しさと悲しさを抱えながらも息子の家を訪ねた。敵を討ったことを伝えたかったのだ。
だが、男が開けた扉の先では息子とその妻が自殺しており、既にこの世を去っていた。
男に二重の悲しみと苦しみ、痛みと怒りがのしかかり、その場でうずくまる。様々な感情が頭の中を駆け抜け、最後に怒りに終着する。
男はその後も殺しを続けた。まずは自警団。彼らがもっと早く動いていればエリは助かったかもしれない。次に標的としたのはこの地を治めている公爵。次は国。
生計を立てるために冒険者ギルドで非合法の暗殺も始める。そのうち名も上がり、オリハルコンという称号を得る。最初こそどうでもよかった男だが、やっていることは殺し。
他のオリハルコンと違い、羨望よりも恐怖の目で見られる。
そして男の訪れた町では悪人も姿を隠す。これはいいと男は思った。自分が殺す対象は悪。悪が消えるのならそれに越したことはない。
ただ一つ誤算があったとするならば、男の目にはこの世界の全てが悪に見えており、悪がある限りはそれを裁くために殺しを続ける。しかし、殺しだけが男の怒りを鎮める唯一の救いなのだ。
◇
「そんな男の成れの果てがこの私なのですよ」
先程までの殺戮者としての目ではなく、一人の孫を思う老人の目をしたサーキンが、寂しそうに目を細める。
「その、どこまで殺したんですか?」
「公爵はこの手で……しかし国の重鎮には辿り着けもしませんでしたよ。私には怒る権利すらなかったという事でしょう」
自嘲するように笑うサーキンに、リンリはただひたすらに悲しみの瞳を向ける。
意識を取り戻したのか、リンリが動かない手足を動かそうと藻掻く。
「もう終わった。勝ちだ」
傍らに立っていたレオがリンリにそう告げる。だが、レオの言葉に対し、リンリの表情が曇る。
「また私、役に立たなかった……」
「そんな事はない。お前の最後の攻撃がサーキンを倒した。おれが来た頃にはもう全部終わっていた」
ミストもサーキンもレオの言葉に驚くも、何も言わない。レオ自身も戦闘面だけでなく、仲間と共に過ごすうちに精神面でも成長を遂げている。功績にこだわるばかりではない。仲間という存在の大切さも十分に理解し、実感しているのだ。
「そっか。私……勝ったんだ」
『最初カラサーキンに勝ち目ハ無カっタ。孫の為に殺戮者と成っタ男に、その孫と同年代の少女を殺すナんテ事ハ最初カラ出来ナい』
「どういうことですか?」
「……少し昔話にはなりますが」
観念した様子でサーキンが話し始める。
◇
十数年前、一人の男が居た。
妻をはやくに亡くし、彼の生きがいは息子の家族を見守る事しかなかった。特に男は孫のエリを愛でた。可愛らしい花のような少女。
不自由無く暮らす男と、息子の家族はおそらく町で一番の幸せを感じていた。
だが、平穏とは一瞬にして崩れ去るものである。
とある晩、男のもとに息子とその妻がやって来た。血相を変え、ずいぶんと慌てている。
話を聞けば、エリが帰って来ていないと言う。男もすぐに捜索を始めた。だが町は広い。更に町にいるかもわからない。人さらいか? 魔物が入って来たのか? 嫌な想像をすればするほど男は焦った。
男は自力では無理だと悟り、町の自警団を頼った。
公爵の私兵は数が限られており、自分たちで町を守るしかないのだ。だが、自警団は男の願いを聞くこともなく男を追い返してしまった。
それもそうだ。外から来る魔物の相手もしながら町の治安を守らなければならない自警団に人一人を探すために割く人員は居ない。そもそも行方不明や殺人などは珍しくなく、こういった捜索の依頼はよく来るのだ。
自警団は頼れないと判断した男は冒険者ギルドに向かおうとし、そして動きを止めた。金を出せば何でもやってくれるのが冒険者の良い所。だが逆に大金を積まなければ人探しなどしない。男の家は貧乏ではなかったが、冒険者が食いつくほどの資産はない。
やはり自力でやるしかないと、近所の人にも協力を仰ぎ、寝る間も惜しんで捜索した。だが、そんな苦労も虚しく、三日後。川の近くでエリは遺体となって見つかった。遺体には様々な傷が残っており、弄ばれたのは確定だろう。
息子の一家は鬱病に陥り、男もひどく悲しんだ。泣いて泣いて泣いて、そして涙も枯れた頃、男は立ち上がった。右手に持ったナイフは妻が料理をする際に愛用していたものだ。
自警団の話では近くの森に隠れている盗賊の仕業だろうと。被害者はエリ以外にもいるらしく、近々討伐に向かおうと思っていたところらしい。
森の中は暗く、人が潜むにはこれ程うってつけの場所はない。森に入ってすぐ見張りと思わしき盗賊が二人いた。男の見た目はただの老人で、右手のナイフは暗くて見えない。
何の警戒もなく近づいた盗賊は、男に近づいた直後、血を噴き出して倒れた。もう一人も動揺している間に男の右腕が振るい……
後日、自警団が森に到着した時には一面が血の海で、生きているものは一人もいなかった。
男は虚しさと悲しさを抱えながらも息子の家を訪ねた。敵を討ったことを伝えたかったのだ。
だが、男が開けた扉の先では息子とその妻が自殺しており、既にこの世を去っていた。
男に二重の悲しみと苦しみ、痛みと怒りがのしかかり、その場でうずくまる。様々な感情が頭の中を駆け抜け、最後に怒りに終着する。
男はその後も殺しを続けた。まずは自警団。彼らがもっと早く動いていればエリは助かったかもしれない。次に標的としたのはこの地を治めている公爵。次は国。
生計を立てるために冒険者ギルドで非合法の暗殺も始める。そのうち名も上がり、オリハルコンという称号を得る。最初こそどうでもよかった男だが、やっていることは殺し。
他のオリハルコンと違い、羨望よりも恐怖の目で見られる。
そして男の訪れた町では悪人も姿を隠す。これはいいと男は思った。自分が殺す対象は悪。悪が消えるのならそれに越したことはない。
ただ一つ誤算があったとするならば、男の目にはこの世界の全てが悪に見えており、悪がある限りはそれを裁くために殺しを続ける。しかし、殺しだけが男の怒りを鎮める唯一の救いなのだ。
◇
「そんな男の成れの果てがこの私なのですよ」
先程までの殺戮者としての目ではなく、一人の孫を思う老人の目をしたサーキンが、寂しそうに目を細める。
「その、どこまで殺したんですか?」
「公爵はこの手で……しかし国の重鎮には辿り着けもしませんでしたよ。私には怒る権利すらなかったという事でしょう」
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