最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

247話 そして少女は救世主に

 リンリが目を覚ますと、目の前には森に囲まれた小さな村が映っていた。
 煌めく太陽に照らされ、穏やかな風が吹く。村の広場では小さな子どもたちが追いかけっこをしている。村人は皆一様に褐色肌で、白い髪をしている。


「リンリ。また考え事か」


 背後から声を掛けられ、リンリは嬉しそうに振り返る。
 そこには最愛の姉エンリが立っていた。長い髪が風になびき、優しそうに微笑んでいる。本心では戦いの邪魔になるので髪を切りたいと思っているが、リンリの為にそれはしない。早くに母親を亡くし、心細い想いをしている妹へ、せめて母親と同じ長髪で居ようと心に誓っているのだ。


「うん。エンリは何してたの?」

「私は……何をしているんだろうな。いつまでもこんな所に居て……」

「エンリ?」

「いや、何でもない。リンリこそ何を考えていた?」


 エンリの問いに、リンリは少し考える。果たして自分はここで何をしていたんだろう。何を考えていたんだろう。何か大事なことを忘れているような気がするけど、頭に靄がかかったみたいに思い出せない。


「わかんない」

「そうか、生きていればそんなこともあるだろう。話は変わるがこの村は好きか?」

「うん、好きだよ。みんな優しいし、お父さんもいるし……それに、私はエンリが一緒ならどこだって好きだよ」


 リンリの言葉にエンリの顔が曇る。が、すぐに笑ってリンリの頭を撫でる。


「だったらもっと、楽しそうな顔をするもんじゃないか?」


 エンリに言われてリンリは初めて気が付いた。自分の目から無意識に涙がこぼれていることに。だが、なにに対する涙なのか自分でもわからない。


「あれ、おかしいな……なんでだろ」

「『いつか必ず救世主は現れる』」


 不意にエンリが呟く。エンリ、リンリの父がよく言っていた言葉だ。まだ幼かった二人は、良く魔物の話を聞いて怖がっていた。そんな時、決まって言ったセリフ。
 小さい頃の記憶とは言え、その言葉はリンリの心を支え続けて来た。アリスの奴隷であった時も、最愛の姉を失った時も……


「お父さんの……?」

「いいか、リンリ。もうお前は救世主を待つばかりの非力な少女じゃない。自らが救世主となる番が来たんだ」

「エンリ? 何言って……」

「私が居なくなってからよく頑張った。だからもう少し、あと一歩頑張れ。大丈夫、はいつでもリンリと共にいる」

「あ、わ、私……そうだ……戦いの途中で……エンリ、なんで……会いたかった、会いたかったよぉ」


 状況を把握したことでリンリの涙はさらに溢れ、顔はぐちゃぐちゃになる。
 そして認識すると共に少しずつ子ども達が消え、村が消え、森が消えていく。意識が覚醒しかけているのだ。


「やだよ、私ずっと一緒に居たい。ねぇ、エンリ!!」


 エンリを咄嗟につかもうと手を伸ばすが、エンリは煙の様で掴めない。エンリも涙を流しながらそっと微笑む。


「リンリ、私を乗り越えていけ。そして多くの幸せを掴み、どうか長生きして欲しい。私の分も生きて、笑ってくれ。私も会いたい……だけどその願いはどうかすぐに叶わない事を祈っている。リンリ……これまでも、これからも、ずっと愛している」


 その言葉を最後にエンリが消え、リンリは頭を引っ張られるような感覚に襲われながら現実へと戻る。





「エンリ……私は、生きる!」


 覚醒したリンリはまず状況を確認する。
 場所は空中。もうすぐ落下が始まる。落ちれば死ぬ。下で待ち受けているのはサーキン。幸いにもテンペスターは握ったまま、落ちる衝撃を緩和しつつサーキンを倒せるだけの技。


「すぅぅぅぅぅぅ」


 自身を纏う霧を思い切り吸い込み、体内に取り込む。
 心臓の音が何倍にも大きく聞こえ、手足の感覚が鈍くなる。それでいて反応速度と力が数倍に上がり、視覚も聴覚も研ぎ澄まされる。
 それと同時に落下が始まり、リンリは頭から地面へ落ちる。


「我流奥義・改」


 両手で握ったテンペスターには煌々と炎が燃え、リンリの目に迷いも悲しみも無い。敵を倒す救世主となる為、その目には決意の炎が燃えている。


「サーキンッ!!」

「おや、空中で目を覚ましましたか。しかし今更何が……」

「……竜舞ノ太刀」


 リンリが地面に衝突する直前に幾本もの炎の斬撃がサーキンに向けて放たれる。
 真上からの斬撃にサーキンも回避せずに防御の姿勢をとる。影を纏わせて身を守ろうとするが、それよりも早く炎の斬撃が連続で叩き込まれる。


「ハァァァァ!!!」


 斬撃が影を燃やし尽くし、サーキン本体にも刻み込まれる。
 砂煙が舞い、サーキンの姿も見えなくなる。落下の速度を龍舞ノ太刀で相殺したリンリは、霧の反動と体力の限界、そしてダメージの蓄積により、投げ出されるように地面に落ちる。高度はそこまでとは言え、極限状態。もはや一人では立ち上がることも出来ないだろう。しかし……


「やったよ、エンリ。私……救世主に……」


 リンリの表情には誇らしげな色が伺えた。

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