最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

226話 無間地獄

「これが俺がハンターになるまでのシャサールとしての記憶だ」


 気になるところはいくつかある。が、一番はシャサールさんに話しかけた声の主。レオが『狂鬼零刀』を手にした時に聞いたという声と恐らくは同一。
 『狂鬼零刀』に何らかの人格があるのか、それとも別に何かいるのか……


「そこから先は皆さんが知っている通り、ハンターとして人々を斬る生活が始まりました。次にシャサールとして記憶が戻ったのはゼラと出会った時……そのあとは」

「私が話した通りです」


 有力な情報はいくつかあったが、まずはハデスに確認を取ることも必要だ。
 それにこれ以上この二人から情報は引き出せそうにない。むしろシャサールさんがハンターになった経緯を知れただけでも儲けものだ。
 『狂鬼零刀』の危険性はぬぐえないが、レオの精神力をそう簡単に乗り越えられるとは思えない。とにかく今はハデスのところに行くのが先決だ。


「わかりました。大変な時にすみませんでした。俺達はこの辺で……」

「あ、あの……」

「はい?」

「俺は……本当にこのままでいいのか? だって、人を何人斬ったことか……こんな……幸せに俺だけが……」


 罪の意識というのはどんな感情よりも強くて、きっとこれからのシャサールさんの人生に大きな影響を与えるだろう。
 それでも……


「それでも貴方が居なくなると悲しむ人がいる以上、俺はそこまで非情になれません。罪は赦されない、それでも償うしかないんです。でもそれは俺達と一緒に来ることじゃない……それに、今シャサールさんを連れて行ったら俺も同じ罪を背負うことになりそうです」

「やっぱり子供にはお父さんが必要だよね!」


 俺の采配で奪われる者を減らせるなら、多少の非難は受ける。そもそもシャサールさんが完全な悪とは思わない。





「地上での件……一部始終は見て、そして聞いておった」


 地獄に着いてハデスは最初にそう言った。
 俺の個人的な感情や判断でシャサールさんにはああ言ったが、ハデスが反対すればそれは叶わないかもしれない。
 対策法もまとまらないまま来てしまったが……大丈夫かな。


「シャサールの処罰は……お主の顔を立てておこう。我々の願いを聞き入れてくれた事と、『狂鬼零刀』を持ち帰った事、重ね重ね感謝しているからだ」

「ありがとう」

「そしてお主らのもう一つの要件だが……そっちの男が『狂鬼零刀』の呪いを破ったという……」

「レオだ」


 じろりとレオを眺めたハデスは何かを考えるように唸る。


「……ありえん。見たところ普通の男であるし、呪いの類に強い抵抗力があるわけでもない。何故『狂鬼零刀』に触れて意識を保っていられる……?」

「原理は知らんがこの刀を手に入れた時声がしたぞ。その直後それとは別の無数の声が耳元でずっと蠢いていたんで……黙らせた」

「強い精神力と闘志……そんなものでこの『狂鬼零刀』を……」

「それでハデス。俺達が聞きたいのはその声の主についてだ。誰なんだ? この刀に執着のあるやつとか、そういう関係の奴だ」


 再び考えるように眉間にしわを寄せ、唸る。


「……居る。一人、この刀に最も近い男が」


 その男の名はジョゼル・テンプター。昔はアシュラと同じくハデスに使える家臣の一人だった。鍛治を得意としており、地獄にある武具の大半を作ったのはこの男だと言われている。
 そんなジョゼルが鍛えた刀のうち一本がこれまた素晴らしい出来をしており、ハデスですら唸らせた程だ。地獄の住人が使えばまさに天下無双の一振りであったが人間が振るには少々業が重すぎた。
 莫大な力を手に入れ、自分の強さを堪能する内に刀の虜となり、何かを切っていなければ落ち着かないレベルにまで至る。こうして人の血、そして醜い業を吸い続けた刀は妖刀『狂鬼零刀』へと変化した。
 どうなるか試したかった、と刀を地上にもたらし、あまつさえ止めようともしなかったジョゼルは監獄され、『狂鬼零刀』は厳重に封印されることとなった。


「ジョゼル……腐っても我が家臣、恐らくはなんらかの術で監獄から一時的に意識を飛ばし、様子を見ていたのだろう」


 俺とレオは無言で目を合わせ、やはりこれしかないと頷く。


「お願いがある。ジョゼルに合わせてほしい」

「あともう一つ。この刀をオレにくれ」


 俺達の言葉に目を見開き、狼狽えたように手を振りながらハデスは答えた。


「まず、奴は今無間地獄の最奥に居る   安全は保証できない。そして『狂鬼零刀』はこれより無間地獄に封印する。願いは聞けない」


 まぁ、そうだろうな。最初からはいどうぞと行かないことはわかってる。ここはレオの腕の見せ所なのだが、まずはジョゼルに会って話をしないと。


「とりあえず会わせてくれ」

「……わかった。行くぞ」


 ハデスが手のひらに獄気を収束させ、地面に叩きつけると同時に俺達三人とハデスが真っ暗な空間に落ちる。空中に放り出されたような浮遊感を感じていると、すぐに景色が一転し、俺達は無間地獄に落ちていた。

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