最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

163話 大多数陣形

 〈猿狩り〉一行は早朝にクエイターンを出発し、カサドルまでの道のりを五分の一ほど進めていた。
 時間はもうすぐ昼になろうかとしている頃だ。


「拍子抜けね。盗賊団どころか魔物一匹出てこないわ」

「まぁまぁサエさん。わざと開けた草原地帯を通ってますからね。その分時間も多くかかってはいますが……」


 もう何時間も代わり映えしない景色を見ているせいか、サエは少しずつ気が緩んできている。だが、それはサエだけに限らず〈猿狩り〉のメンバーもだ。
 森を見つける度に進行方向を変え、遠回りしている為時間はかかるが安全。盗賊団や魔物が近づいてきたとしても発見さえ遅れなければ奇襲もされないし、徐々に緊張感も解けつつあった。


「ただ時間は予定よりもかかっています。五日から六日かかると思っていてください」

「アタイは慣れてるっすからいいっすけどね〜」

「私も問題ないわ。サエちゃん、ずっと緊張してる必要はないけど、気を緩め過ぎちゃダメよ」

「わ、わかってるわよ」

「しかしこれなら一日も準備かける必要なかったすね〜」

「そんな事言ってると来たぞ。三級魔物、ウルフが一匹……ん?」


 依頼者二人とエルデナ以外の〈猿狩り〉は荷台に乗り、依頼人代表のオルさんとエルデナは御者台に乗って移動していた。
 その為後方以外の注意はエルデナが、後方の注意はパンツェが担当している。


「方向は?」

「前方……なんだが」

「どうしたのよ」

「なにか問題でもあるっすか?」


 サエとラスカが御者台の二人の間から顔を覗かせる。そこには確かにウルフが走っていた。方向は馬車から見て右から左へ。距離はまだかなりあるし、ウルフならば特に警戒する程の魔物ではない。一匹ならば。


「うそ……」

「まじっすか?」


 そのウルフの後方から土煙を巻き上げて進む軍団の姿もあった。先頭を走るのはウルフによく似ているが体は一回り以上大きく、体毛は針のように伸びている。


「二級魔物ウルフキング付きだ。しかも従えてるウルフの数は……気が滅入る程だ」



 ウルフキングの群れはまだこちらへ気づいていないが、すぐに気がつくだろう。最初に見えたウルフを追っているのを見るに仲間割れか。


「〈猿狩り〉戦闘準備。対多数陣形で迎え撃ちます」

「腕がなるっすね」

「近くに川か湖はないのかしら」

「アルさん達は私達が降りたらすぐに馬車を引き返して離れていてください。離れすぎると別の場所での襲撃を防げませんので戦闘に巻き込まれない程度に」

「わ、わかりました」


 それぞれが荷台で準備を済ませ、いつでも降りられるように準備する。
 ウルフキングの群れとの距離はどんどん縮まって行くが、それよりも先に逃げていたウルフが追いつかれた。必死に逃げていたウルフもウルフキングに押さえつけられ、群れのウルフ達が群がっている。


「仲間同士で何やってるっすかね〜」

「魔物の中にも営みはあります 特にウルフやゴブリン等、群れを持つタイプの魔物は」

「ウルフはよく聞く話よ。意見の食い違いやウルフ達のルールに反すれば容赦なく殺される」

「可哀想っすね」

「そうかしら……奪う側と奪われる側がいるのはどこの世界でも同じだわ。奪われたくないなら奪う側になるしかない。それが出来ないなら奪われるだけよ」

「あらあら、どうしたのサエちゃん」

「……あ、いや、なんでもないわ」

「サエ、左を見ろ。川が流れてる」


 エルデナが指さした方を見ると水深一メートル程度のそこまで大きくもない川だ。


「十分ね。後で会いましょ」


 サエは川を見つけると同時に荷台を飛び降り、衝撃を緩和する為に回転しながら地面に着地する。そして脇目も振らずに川を目指す。


「さて、俺達も行くぞ!」


 エルデナの合図で〈猿狩り〉のメンバーも馬車から飛び降りる。それを合図に馬車はUターンして後ろへ引き返す。
 一方地面に着地した〈猿狩り〉は対多数陣形を組む。
 対多数陣形とは一段にエルデナとラスカ、二段にパンツェ、三段にクレフィを置いた三段構えの陣形で、多数相手の場合はこれが効果的である。


「結界術 広範囲実遮断結界」


 クレフィが両手を伸ばすとそれに合わせるように地面に魔法陣が広がる。実体のあるものを遮断するこの結界は、魔術等のエネルギー体は通すが、外から中へ実体物の侵入を阻む結界だ。直径で十メートル近くある為、かなりの広さを保てる。


「キャウッ……」

「バフ……グルルル」


 狙いをこちらに定めたウルフ達が次々に結界に激突していく。クレフィの張った結界に衝突しており、一匹たりとも〈猿狩り〉のメンバーに届いていない。とはいえその性能故か長時間は保たないし、強すぎる衝撃を受けると結界は破られる。
 つまり、短期決戦で決めなければ負けである。


「鉄術 足殺封印そくさつふういん


 パンツェが指を鳴らすと地中から鉄の柱が地面を突き破りウルフ達の足を地面に固定する。鉄術は土術の上位に位置する魔術で、地中に眠る鉄鉱石を自在に操る。


「よぉし! エルデナ! 頼むっすよ」


 ラスカは準備運動が終わったようで、ピョンピョンと跳ねながらウルフ達……正確には一番奥にいるウルフキングを見据えている。


「行くぜェ」

「押忍!!」


 エルデナが振った大剣に器用に飛び乗り、エルデナが振り切ると同時にジャンプ、空へ打ち上がる。これはエルデナの筋力とラスカの身軽さだからこそ出来る芸当。


「リャァァァ!」


 エルデナは返す刀で振り抜き、、足を固定されたウルフ達を真っ二つに切り裂く。そして上空へ飛んだラスカは最高点を超え、次第に落下が始まる。エルデナが斜め上に打ち上げた事で着地地点にはちょうどウルフキングが居る。


「群れを制するは頭を取るっ!!」


 これが猿狩り流の対多数陣形。
 ラスカは地面に着地するギリギリの所でウルフキングの脳天から拳を下に入れ、打撃を繰り出す。落下の速度も乗った一撃。
 ウルフキングは上からの突然の重みに耐えきれず顎を地面に強打。地面が一部地割れする程の威力の打撃を受け、頭蓋骨粉砕。口や鼻、目から流血し絶命する。


「取ったっすよー!」


ラスカは拳を振り上げながら仲間に知らせる。


「あとは一掃するのみですね。そろそろですよ……サエさん!」

「わかってるわっ!」


 パンツェの呟きに応えるように水柱が立ち上る。それもただの水柱ではない。川をそのまま持ち上げたような超巨大な水柱だ。
 その根本で右手を高らかに上げているのはサエだ。


「あ、やばいっす」


 ラスカはウルフを踏み台にして、ウルフの上をぴょんぴょんと飛び移り、クレフィ達の元まで戻る。
 トップを潰して雑魚を一掃。これがサエを加えた〈猿狩り〉が新たに編み出した対多数作戦。ただし、一掃する時に仲間ごと一掃してしまうのが難点。


「結界術 狭域魔遮断結界」


 先程までウルフを阻んでいた結界が消え、代わりに別の結界が展開される。先程に比べれば直径も三メートル程の小さな結界だ。そしてそれを合図に水柱がウルフ達へ津波という形になって襲いかかる。
 まさに津波の如く流れてくる川にウルフ達ではどうにも出来ず、どんどん流されていく。すぐに水は分散して消えたが、波に揉まれウルフ達は完全にノックアウトしている。


「ハァ……ハァ……これは疲れるから嫌なのよ」

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