最弱属性魔剣士の雷鳴轟く

相鶴ソウ

56話 全集中力を耳へ

「ッ……!」


 俺は想定外の痛みに膝を付く。アグリアは素早く離れ、まだこっちを警戒している。
 俺は痛みのひどい右脇腹に手を当てると赤い血がべっとりと付いた。血は止まるどころかどんどん溢れ出し服を染める。今まで傷や怪我はしてきたがこんな血の出るような痛い傷は久しぶりだ……
 急な出血に頭がフラフラするが、まだ倒れるのは早いと奮い起こす。
 しかし一体何の能力だ。
 握り拳が当ったと思ったら激痛を伴う出血。ちらっとアグリアを見ると両手にナイフを持っている。さっきまで持ってなかったナイフ……さっきは完全に姿が消え、気配を消した……


「そうか! お前の能力……」


 顔を上げるとまたアグリアは消えていた。俺の予想が正しければまだこの周辺に居るはずだ……




「なぁグレイド」

「はい」

「その目の傷は誰にやられたんだ?」


 地獄での修業期間中。俺は一度だけグレイドの目に付いている大きな切り傷を聞いたことがある。あった当時から印象的で気になっていた。だいぶ古傷にも見えるが、グレイドの実力ならばそんな深手をそうそう負うとは思えない。


「あぁ、これですか。これは自分で塞いだのです」

「自分で? なんの意味があるんだ?」

「ヒトはどうしても目を頼ってしまいます。ですから目を閉じることで感覚を研ぎ澄ますのです」

「へぇ! それ、俺にも教えてくれよ。流石に目を塞ぐ覚悟はないけど、感覚を研ぎ澄ます方法は聞いてみたい」

「わかりました。ではまず…………」





 そうだ。あの修行を思い出せ。
 俺は目を閉じ、ゆっくり深呼吸する。全集中力を耳へ。耳を研ぎ澄まし、“音”を聴く。
 近くでエヴァやレオの戦う音が聞こえてくる。村人の寝息。遠くで鳥が羽ばたく音、魔物の息遣い。
 よし、聴こえる。近くの森まで音が聞こえてくる。修行の成果は出てる。だがこんな広範囲の音を聞く必要は今はない。もっと範囲を狭く……
 藁が風で揺れる音。金属のぶつかる音。氷の独特な音。息遣い。……聴こえた。息遣いが。一つだけ、すぐ近くで。


 呼吸から全てを聴き取る。
 アグリアは今俺の三メートル後ろで両手にナイフを握って立っている。俺がじっとしてるから警戒してるんだな。聴こえる。お前の“警戒の音”。
 アグリアが藁の屋根をグッと踏み込みナイフを逆手に振り上げる。
 今だ……! 俺は目を開けすぐさま振り返りアグリアの右手目掛けてシュデュンヤーを振り上げる。金属通しがぶつかる甲高い音が響き渡る。
 ビンゴ! 俺が聴いた通り、そこにはアグリアがいた。持っていたナイフが吹き飛び、アグリアの動きが止まる。まさか動きを見切られるとは思ってなかったんだろう。目を見開きかなり動揺している。


「やっぱりな。お前の能力は何らかの術で透過することだ。しかも物や一部分だけの透過も可能。自分の持った武器だけを透過させるなんて器用なことまで出来る高等魔術だ」

「ふん……よく見破ったわね。初めてよ、これを見破ったのは…… でもどうやって見切ったのかしら?」

「音を聞いただけだ。呼吸は全てを教えてくれる。今度からは透過中は息を止めてみるんだな」

「ふん、それはそれは……アドバイスどうもッ!!」


 アグリアが再び踏み込もうと片足に重心をかける。
 が、それよりも早くシュデュンヤーを振りさっき飛ばしたのと逆の手に持っていたナイフをはたき落とす。


「あ……」

「黒帝流 具現狼落とし」


 シュデュンヤーに獄気を纏い狼を具現する。
 そのままシュデュンヤーを振り下ろしアグリアに当たる頭数センチの所で止める。
具現化された狼が口を開けアグリアを威嚇する。
 振り下ろした勢いでかなり風が吹き抜ける。本来なら独自に動く獄気の狼と剣劇の二段構えの技だが、今回は寸止め。
 だが自分よりも大きな狼の顔が威嚇してきたらかなりの衝撃だろう。その証拠にアグリアはそのまま気を失い白目を向いて倒れる。


「勝負ありだな」


 レオやエヴァの方を見るとそっちも既に終わっているようだ。





 ユーノ盗賊団を倒した俺達は、事情を説明してもらうために村の広場に盗賊たちを集め、まとめて捕えていた。
 レオに見張りを頼み俺はアグリアから受けた傷の具合を診てもらっている。


「結構深いよ。ジェームズさんが傷薬とかしっかり用意してくれてたから良かったけど…… やっぱり医学に精通した人や癒術を使える人が居ないとこういう時困るね」


 エヴァは俺の腰に包帯を巻きながら眉をひそめる。


「ああ、そうだな。でもエヴァも医学に精通してるんだろ?」

「私のはかじっただけだよ。応急処置ができるぐらいで、本職の人には勝てない」


 と、言いつつも若干嬉しそうだ。


「とにかく!! しばらく安静だね。この村でゆっくり休もう」

「ああ。レオの方も気になる。そろそろ行こう」

「うん!」

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