光天より

NNJ

平成と令和

雀の鳴き声で朝を迎える。カーテンを開けて陽の光を浴びる。
清々しい目覚めを堪能し、役割を無くした制服に着替える。
今日は火曜日。休校日という訳では、ないのだが。


手広な家の廊下を歩き、階段を降りて台所へ向かう。冷蔵庫にある食材が底をつきそうで少しげんなりしたが、嘆いたところでどうしようもない。今日にでも補充に行かなければ。
食パンの袋を開け、卵を割り、フライパンを準備。朝食作りも、もう慣れたものだ。一人で暮らすことになりどうなるかと思ったが、人間、やればなんとかなるものだ。


今日もテレビを付けるが、受信なしの信号が画面にぱっと現れる。このところはずっとこうだ。
テレビには、誰もいない。映るのは反射した私だけ。
電気が無駄になってしまうので、すぐに消した。


特に予定がある訳でもないのだが、手早く朝食を済ませる。食器を漬け置きしておき、玄関に向かう。姿見の前に立ち、改めて身づくろいを整えた。
私、今日もいい感じ。

「いってきます。」

返事は返ってくるはずもない。当たり前だ、誰もいないのだから。でも、いつもの癖でつい、そうしてしまうのだ。


一人、通学路を歩く。歩き慣れた道だが、こうも一人だと落ち着かない。歩幅が狭まる。速度は上がる。探し物が見つからないみたい。絶対あるはずなのに、きっと見つからない、そんな焦燥感に似ている。
まだ、慣れていないのだろう。


誰にも会わず、校門まで辿り着いた。今日は全休なので、もちろん門は閉まっている。だが、御構い無しに校門をよじ登り、これを突破する。
防犯サイレンが鳴っているが、気にしない。
気にする必要はない、学校には誰もいない。誰もいないのだから、関係ない。


ホームルーム教室の扉を開ける。教室の匂いというものが鼻腔を刺激する。コンクリート製だから、そんなものは殆どないはずなのだが、きっと気分的な問題なのだろう。教室にも、勿論誰もいない。
自分の席に座る。体重を椅子に預け、この雰囲気に体を浸す。

ああ、懐かしい。
そう昔でないのに、初めてのように感じられる。

窓越しにグラウンドを見るが、やはり誰もいない。辺り一帯、視界全体、誰もいない。地にも空にも、誰もいない。
誰も、いない。


静かに立ち上がり、黒板横のカレンダーの今日のマスにバツ印を付ける。これが、私の唯一の日課。
こうしないと、今日を忘れそうになってしまうから。
私を、失ってしまいそうだから。





今日は火曜日。5月8日。
来るはずのない、平成31年・・・・・の火曜日。

私は、平成に取り残された。断定はできないが、多分そうだ。
家族も、友人も、月初めに、みんないなくなった。
私が死ぬまで、私の令和は始まらない。
平成に生まれ、平成に死ぬ。
私は、いつ死ねるのだろう。それとも、狂って自死でもするのかな。
でも今は、少なくとも今は、ゆっくりと生きていよう。
永遠に遠い令和を待ちつつ、





この、誰もいない平成の世界で。





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コメント

  • 来世未来

    世界観が凄く好きです

    0
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