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ノベルバユーザー330919

苦肉の策



 あれから、マリーが張り切って準備を進めている。私はかつてないほどの危機に瀕していた。ここまで流されてきたけれど、よく考えたら、よく顔を合わせる侍女たちとでさえ、上手く話せないのに、見ず知らずの初対面の男性と話せるわけが無かった。しかし、ここまで周りが御膳立てしたのに、今更、「あ、ごめんなさい。無理でした」……とは言い出せない。


 しかし、だからといって、当日になって私の秘めたるコミュ力が偶発的に顔を出すとは到底思えない。むしろ、コミュ障が暴走して、取り返しのつかない事態になる未来しか思い浮かべない。


 私に残された道は、見合い当日までに秘めたるコミュ力を活性化させ、乗り切るか、無言のままコミュ障とともに沈むかしかない。まず、間違いなく撃沈必須です。


 マリーに言ったところで、何を今更と、呆れた顔をされるだけで終わりです。マリーは普段私に甘いですが、本当に大事なときには甘くは無いのです。しっかりもので頼りになる侍女で私は大変幸福者です。……どこかに隠れてやり過ごせないかな。……無理でした。妄想の中でも速攻でマリーに捕まりました。さすがマリー。たとえ想像の中でも容赦がありません。


 こうしておバカな想像をしている間も、周りは忙しなく私の為に動いてくれています。新しい、見合い用のドレス。装飾品。当日のお茶の産地や種類。見合い会場の用意。数えればキリがないほどです。あちこち私の為に動き回ってくれている侍女たちに、お相手とはお話し出来ませんとは言い出しにくい。


 何かほかに、私のコミュ力がましに機能する画期的な方法はないものでしょうか。今まで何も思いつきませんでしたので、今ここで、無い知恵を捻っても何も出ないことは分かっているのですが……。


「姫様。順番を決めて頂けますか」


 何かないかなと周りを忙しなく動く侍女たちを観察していたところ、マリーがいつの間にか入ってきて、いつの間にか私の横に立っていた。一瞬ぴくっとしてしましましたが、何とか気を取り直す。


「……順番?何の順番を決めるのかしら?」
「お見合いをする日取りの順番ですが。……まさか、同じ日に行えるとお考えでしたか?」


 そうか。そういえば数十人選んだんだったっけ。人数よりも先に、自分のコミュ力問題が立ちはだかったため、すっかり忘れていた。このままでは、いくら順番を決めたとして、皆が皆、同じ木偶の坊にしか見えないことでしょう。やはり、一度マリーと相談したほうがいいのかもしれない。


「そういうことではないけれど……マリーも知っているでしょう?私、男性の方との会話は特に苦手なのよ。お父様やお兄様とお話しするときでさえも、最初は緊張してしまいますでしょう?」
「それは周知の事実ですね。それがどうかしましたか?」


 ……だめだ。やはり、マリーはここは厳しいようだ。荒療治でもいいから、ということなのでしょう。


「……当日、お相手の方の顔さえ見られず、挨拶も出来ず、お声さえも届かないと思うのよ。それでは、お相手に失礼になってしまうでしょう?」
「確かに、姫様が現状のままでは無理もないでしょう」
「でしたら……」
「ですが、それならそれでいくらでもやりようはございます」


 何とかマリーにまだ早いということ、心の準備が出来ないことなど、説得を試みましたが、なぜか、一度は肯定して、その後すぐに自信満々の表情でやりようはいくらでもあるという。


「……今まで、思いついた方法で上手くいった試しがないわよ?」


 過去にも、何とかせめて相槌くらいは出来る様にと挑戦してきたことがありました。けれど、ことごとく失敗した記憶しか思い出せません。何か方法があったのなら、先に教えてほしいものです。


「今までであれば、ですよね?」


 怪訝な表情を浮かべているだろう私を気にした風もなく、それでもなお、自信満々な表情でマリーが言う。


「……本当に何かありますの?そこまでマリーが言うのですから、有効な手段だとは思いたいのだけれど……」
「もちろんです。完全に姫様の苦手が克服されるわけではありませんが、ある程度相手との会話を行うことが出来、さらに、相手の姫様に対する想いの深さや、覚悟も量れるというものです」


 本当にそんな一石二鳥のような方法があるのだろうか。マリーは自信満々だけど、私はやっぱり怪しいと思わざるをえなかった。そんな方法があったのなら、何故今それが有効なのだろうか。特に、相手の想いの深さを量れるとは、一体どういうことだろうか。全く想像もつかない。


「本当にそのような方法があるのなら、何故、今頃教えてくれるの?おかしいではないのかしら……」


 マリーはかなりの自信をもっているようだけど、やはり、どうしても信じきれない。私は自分の重度のコミュ障を理解している。あれは、自分の意思で口を動かそうにも、神経がマヒしたように動かなくなるのだ。そう容易く治るものでもない。私は自分のコミュ障を信用しているといっても過言ではないのです。


「姫様……私も重々承知はしております。長くお仕えしてきた私が最も分かっているのですよ」


 私が気乗りしないのを見てか、マリーが慰めモードに入った。別に落ち込んでいる訳ではない。ただ、それほど根深い問題だから、一歩が踏み出せないだけです。


「この見合いはその第一歩です。最終的には人数は絞られるわけですから、その間に、私を信じて、ご協力いただけませんか?きっと、見合いが佳境になるにつれて、姫様の苦労は軽くなっていることでしょう」


 真剣に語るマリーの様子に、完全に不安が拭われたわけではないけど、信じてみようと思えた。だから、とりあえず、こくんと頷いて返事をした。


 私が頑張る決意を新たに表明したためか、マリーが優しい笑みを浮かべた。けれど、それは瞬く間の出来事。次の瞬間には、それはそれは悪そうな笑みに代わっていました。なんだか、先程の決意が霞んでいきそうです……。


 私は今、引き攣った笑みを浮かべていることだろう。マリーが魔王のようです。……考えたら、とてもしっくりきますね。私が、マリーを妄想で大魔王に据え、世界の半分を手中に治めさせたところで、現実のマリーが腰を屈めて、そっと囁いた。


「それでは、姫様。お耳を貸して頂けますか?」


 どうやら、あまり、周りには広めたくない方法なのでしょうか。マリーは人目をはばかるように、私の耳の近くに手を当て、その口元さえも隠す。周りにいた侍女たちは忙しなく動きながらも興味津々なようだ。ちらちらと目が合う。……すぐに逸らされたけれど。


「____」
「__それは、」
「____」
「__けれど、」
「____」
「…………」


 言いたいことだけを言うと、そのままマリーは何事も無かったかのように姿勢を元に戻した。どこか、楽しそうな雰囲気だ。けれど、実際に聞かされた内容は、方法はともかく、確かに、私への負担も少なく、あわよくば、お見合い前に候補者がさらに絞られるかもしれない。


「__それでは姫様。御一考の程、よろしくお願い致します」


 それだけ告げると、忙しいのか、他にも用事があるのか、マリーはさっさと部屋から出て行ってしまった。私は侍女たちの好奇心旺盛で興味津々な眼差しには気付かないふりをして、先程聞いたマリーの案を再度検討してみる。


 ……苦肉の策、ではあるけれど、今の私であれば使える方法、というわけね。なるほど。確かにそうです。今までであれば使えない方法だけれど、今であれば使えるということの意味が分かったわ。


 納得がいくと、暗い気分も晴れたようだ。どうなるか、結果は分からないけれど、試してみましょうか、マリーの案を。

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