ロストアイ

ノベルバユーザー330919

魔薬はほどほどに



 開始の合図は直接脳に伝えられる。なのでタイムラグもフライングも無し。同時にスタートできるのだ。

 開始の合図の仕組みというのも微妙だけど、特殊な電磁波が脳に伝わり、直感的に開始と分かるのだ、だけど今更そこの謎技術には深くは触れない。便利で結構。それが一番。


「――近くにはいませんね」
「距離を取っているのかもしれないね」


 視界が良好とは言えない雑木林の中を潜みながら辺り一帯気配を探っていく。試合が始まると観客席は不可視となり、観客からの音も届かなくなる。

 広さも相まって、本当にいきなりどこぞの雑木林に放り込まれたみたいなもんだ。偽物のはずなのに感覚も匂いも触覚も全てがリアルの一言に尽きる。

 ……なんど体験してもこの技術力には舌を巻かざるを得ない。


「攻めますか?」
「……いや、こうも相手からの攻撃が無いのをみるに、罠を仕掛けられているに違いない。慎重に進もう」
「らじゃー」
「……前から気になっていたのだけど、その言葉はどんな意味なんだい?」
「了解、任せて、大丈夫、みたいなニュアンスです」
「そうかい……」


 雑談しながら、結構余裕な感じで慎重に探索していく。フィールド指定で厄介なのは、シードが相手の場合に限り、地形も自分たちが望むまんまの状態なので、あちらは地図があるようなもんでもこっちはまっさらな状態だってことだ。

 誠に疑いたくなる要素しかないけれど、かなり昔から変わらず存在しているとのことなので、疑うことしかできない。


「?」
「どうかしたかい?」
「いえ……」


 何か勘に触れるものがあった気がするけど、微弱過ぎたのか気のせいか、もう感じ取れなくなってしまった。


「何か異変があれば、なんでもいいから教えてくれるかな」
「らじゃー」
「…………」


 私の返事を最後に探索を続けるも、何も見つからない。本気を出せばこんな雑木林はひとっ飛びだけど、事前に先輩と約束した通り、まずは先輩のサポートメイン。

 なので、私元来の身体能力のみで行動している状況だ。

 私の感覚をもってすれば、僅かな違和感を察知するには問題ない。それがこうも何も感じられないのはそういうこと。そう、この雑木林には違和感がないのだ。

 どれだけ精巧に出来たモノでも息衝く生命の鼓動までは再現出来ない。どんな生き物でも思考する。思考すれば、それだけ多種多様な動き、音、変化、そういった違和感が気配として生まれるのである。

 昔遊んだVRゲームはそこらへん、かなりリアルに出来ていた。一般人には手の届かない代物ということは後でうささんから聞いたけど、それも後の祭り。

 ……一部軍用とか聞いてたし、気付かなかった私もアホだったので今更であった。

 つまり、何が言いたいかというと、生き物である植物も思考するのだ。それが、呼吸もしていない。

 正しくは呼吸しているように見せかけているが、実際にはそこに存在しないモノなので、脳が勝手に補完している、のほうが分かりやすいか。

 いや、どのみち分かりにくいな。自分でも何言ってんのか分からなくなってきた。


「「…………」」


 聞こえるのは私と先輩の呼吸音。そう、脳の補完により違和感を失くしている周囲の景色において、私たちが唯一の違和感。それがおかしいのだ。

 このステージ上で端から端で分かれていたとしても、私の感覚器官であれば対戦相手の気配は察知出来た。……出来たはずなのだ。

 これは過大評価ではなく事実だ。特に、先程まで確認していた一般生徒である相手ペアの気配は分かりやすく、途中まで確かにバッチリ捉えていたのだ。

 しかし、試合開始直後、まるで消えたかのように景色へ溶け込んでしまった。

 何かカラクリがあるはずである。

 様子見以外にすることもないので、地味な探索を余儀なくされた――。


     ◇◆◇◆◇


「あらあらまあ~、あの子もまだまだね~」
「どういうことでしょうか?」


 ここは観客席へ向けて試合解説を送るための特別席。現在は放送部部長の上級生とマリアがその部屋で試合の観戦解説を行っていた。

 放送部部長、ホウソウ・マスコに対してマリアは特に見向きすることも無く、ある場所を指した。


「……? あれは」
「相当気合が入っているわね」


 マリアの指す先には注目の白服ペアこと、フォルト、アロマペアが移動することなく立っていた。それに対してアイ、ジミーペアはあちこち動き回っている。


「あれほど近いのに気付かないもの、なのでしょうか?」
「そうね~。あの場合は特殊だから、気付かないでしょうね~」


 面白そうに観戦するマリアを横目に、直接上から見えており、宙にある三六〇度モニターでそれぞれの顔までハッキリ見えているにも関わらず、ホウソウは何が起こっているのかが分からなかった。

 見ている分には、アイたちが無意味にぐるぐると敵の周囲をうろついているだけである。何かの異常が起きている様子は見受けられなかった。


「――よ~く見るといいわ。ヒントは組み合わせ、ね」
「組み合わせ、ですか?」


 試合開始後、試合中のペアに対しては一切の雑音が届くことは無いが、観客席にはすべての発言が届いている。マリアの解説にならない助言に観客も目を凝らしていた。

 そうしてしばらくすると、ぽつぽつと何かが見えたと発言する者が増え始めていた。


「……あ、おーっと! いったい、これはどうしたことでしょうか。私にも見えました!」


 時間は掛かったが、ホウソウの目も何かを捉えた。

 この時代の人種の目は頗る良い人が多い。特殊な事情でもない限り、視力が落ちることも無ければ、むしろ鷹の目以上の千里眼を得ることも不可能ではない。


「あれは、『結界バリア』ですね!」
「正解よ~」


 『結界バリア』とはアメニティスキルの中でも初歩中の初歩と言われる公式魔法スキルである。その硬度、強度は使用者の力量によっても変わる。

 とても一般的なスキルであるため、使用できるものは多い。言い換えれば、誰でも知っている平凡なスキルでもある。


「ですが、あれが『結界バリア』なら、どうして気付けないんでしょう……?」


 力量によって強度が変わるとはいえ、『結界バリア』は魔法の壁を作るだけの平凡なアメニティスキルである。

 しかも、おそらく使用者は下級生のフォルト選手。

 観客席から魔法の流れが見えているのに、近距離で目にしているはずのアイたちが気付かないわけがないのである。


「あれはちょっとした上手い組み合わせの正統な裏技よ~」
「せ、正統な裏技?」
「そうよ~」


 のんびり解説になってない解説を答えるマリアに対して、全くもって理解できないホウソウと観客たちであった――。


     ◇◆◇◆◇


「――おかしいですね」
「うん、おかしいのは君かな」


 私たちは未だ、林の中を徘徊していた。

 そして私は逆さになっていた。

 カラクリは不明だけど、どうやら既に罠にはまっているらしいと考えた私は、ジミー先輩を呼び止め、ある儀式を行っているのだ。


「……それ、意味あるの?」
「有るような無いような、それでいいのかそれでいいのだ、人間だもの」


 なんか聞き覚えのあるフレーズをアレンジした詩みたいになってしまった。懐かしいな。こんな感じだったっけ?


「真面目にやってくれるかな」


 あ、ジミー先輩の目が据わった。ヤバい、完全にふざけてると思われてね?


「いたって真面目です!」


 一応弁解しておくと、これは立派なサポート戦略である。

 私は今、逆さになっている。林に足を絡ませて逆さである。スカートなので、色々とギリギリスレスレである。

 勿論、危ない境界線ボーダーラインは死守しているが。


「おそらく、既に私たちは罠に引っかかっています」
「それは分かったけど、その体勢は関係あるの?」
「あります」


 主に私にとって。


「ジミー先輩。人は上下逆さの顔を見ると、誰の顔で、どんな表情をしているか認識できないそうですよ」
「? どういうことだい」


 ジミー先輩が怪訝な顔をして疑問を呈す。詳細を説明するとややこしいので、逆さの状態で簡潔な説明を試みた。


「つまり、複雑な情報処理を単純な処理能力へと低下させたんですよ」
「うん、省略しすぎかな」
「そうですか?」


 これ以上に簡潔な説明を思いつかないんだが。仕方がないので、逆さなままでもうちょっと長めに説明を続けることにした。


「――なるほど。つまり、違和感を探るため、正常でない状況をつくった、ということかい?」
「そういうことです」


 理解が早くて何よりです。たぶん、これ普通に聞いても意味不明のワケワカメですから。

 解説すると、逆さになることで頭に血が上る状況となり強制的に血圧が上がる。当たり前だが。頭、つまり脳の血行が加速することで脳の処理能力は著しく上がる。

 そして、合わせて人間の上下処理感覚を利用して、頭が引力に近付く生物構造上正常でない状態であることで、反転した単純な物理認識へと変える。

 この二つが合わさることで、単純な判断処理を超高速処理で行うことが出来るのだ。慣れていないと長時間逆さでいるのは圧迫が強くて自殺行為である。

 そして本題はここから、


「いくら非常識な超技術であっても、人の物理構造が完全に変わらない限り裏技というのはあるものです」
「それって、普通の人にはマネ出来ないよね」
「修行次第です」
「…………」


 脳を騙す、視覚の錯覚を利用しているともいえる。完璧に近い技術程、想定外イレギュラーに対応しようとする。

 現状、周囲の景色に違和感を読み取ることが出来ないのであれば、強制的に違和感として動かすまでである。普通であればお手上げだろうけど、残念。私の脳はママ譲りだ。

 ――ほら、そろそろ動き出す頃合いだ。


     ◇◆◇◆◇


「――と、そういうわけよ~」
「な、なるほど。詳細を聞いてもさっぱり理解できませんでしたが、アイ選手の突然の奇行には意味があったようです!」
「勉強不足ね~」
「す、すみません!」


 アイがジミー選手へ説明した内容をそのまま、マリアがさらっと解説した。が、観客の中で理解出来た者はほぼいなかった。

 この世界、発達しすぎた弊害か、必要な情報はAIがすぐさま教えてくれるため、多くの人々の思考能力は世代が交代するたびに単純化していた。

 アイが其の場に居たら一言、「単純思考のうきんが……」と呟いていたことだろう。


「ほら、見なさい。ここからが面白いわよ~」
「ここからですか? ……私にはアイ選手がジミー選手をぶん投げたように見えたのですが」
「その通りよ~」
「やっぱり!」


 マリアが言葉を口にした次の瞬間、ホウソウが言った通りの出来事が起こった。アイがジミーをぶん投げたのである。アロマたちの居る方向へ。

 あまりの光景に観客席も含めてシーンと静まり返った。


「ぉぉおおお! 狙い通り飛びましたね!」
「――すぐに決着がつくわよ。目を離さないほうがいいわ~」
「はい!」


 未だ観客が唖然と静まり返る中、実況解説を続けるホウソウの精神メンタルはプロであったと、放送部員たちによってひそかに囁かれることとなった――。


     ◇◆◇◆◇


「っな!」


 ――アロマは焦っていた。

 自信はあった。相手が誰であろうと、自身のユニークスキル『香睡コロン』を上手く用いれば勝てる、と。

 実際、その戦術で格上にも勝利出来た。その勝利はさらに自身の自信に変わった。

 だが、この試合はどうだ。


「嘘でしょ……」


 ありえない。それがアロマの、今の素直な気持ちであった。

 ユニークスキル『香睡コロン』。

 掻いた汗の香りを広範囲にばら撒き、嗅がせることで相手を深い眠りへと誘う魔法。異性への効果は特に抜群で、同性への効き目は遅いが効力は強いため誤差の範囲内である。

 アロマは元々自身の、ひいては一族の特殊な体質により、体内の水分で特殊な物質変換を行える。それを活かす魔法を一族総出で長年研究した結果、やっとの思いでアロマの代で完成したユニークスキルであった。

 適合したのは未だアロマ一人だけ。しかしその効果は絶大で、今までに破られることは無かった。このスキルは性質上扱いが難しく、モノにできたのはつい最近でもあった。

 武闘部門では相手が掛かってくる前に戦闘不能にすることで勝つことが出来た。今回も同じように勝てると思っていた。

 だが、この試合はなんだ。


「ありえないありえないありえないありえないありえない……」


 一族が費やした長年の研究成果が発揮されることも、日の目を見ることも無く、このまま何も出来ずに、没してしまうのか。

 ――それだけは許されない。

 どうやったかは不明だが、『結界バリア』で閉じ込め、空気に交わせた『香睡コロン』を回避された。普通なら試合開始数分も持たずに気を失う効力のスキルを、だ。

 一向に倒れない相手にさらに濃縮してスキルを放ったが、効果は目前の通り。

 しばらく辺りを彷徨うだけだったのが、いきなり女子生徒が逆さの体勢になったかと思うと、しばらくして何故か、対戦相手の男子生徒が隠れているこちらの上空付近へと女子生徒によりぶん投げられた。

 そして現在進行形で物凄いスピードを伴い、もう一人が空を蹴って急接近中である。


「せ、先輩、どどど、どうしま、」


 隣ではペアの下級生がオロオロしていた。――役立たず。

 そして、オロオロするだけの下級生の発言を言い終わらせるまでもなく、それは目まぐるしい急展開だった。

 ――パリンッ……!

 平凡ながらもそれなりの強度であった『結界バリア』が砕け散る。粉々に割れた魔法の破片が青天から降り注ぎ、魔法の残像が輝きを反射する。


「――どうも。遅れてすみませんね」


 天上から舞い降りた、白い一筋の光がアロマたちに舞い降りた天使を錯覚させた。ゆっくりと音も無く着地した小柄な天使が神聖な光景に不釣り合いな言葉を告げ、

 ――どさ。

 遅れて落ちてきた男子生徒を危なげなく腕におさめると、そのまま地面へ丁寧に降ろした。呆気にとられたアロマたちを真正面に捉えると、天使が、いや、圧倒的な存在でもって圧迫する深紅の瞳を妖しく光らせた死神が告げる。


「――試合終了ゲームオーバー、ですね」


     ◇◆◇◆◇


 対戦相手の場所が判明したので、ジミー先輩と「高所恐怖症ですか?」「いや……」というやり取りを経て、何かを悟って青褪めた先輩の制止を聞かずにハンマー投げの要領で有無を言わさず、ぶん投げました。はい。

 おそらく、ユニークスキルだろうとアタリを付けて、一気に畳みかけることにしたのだ。未知のスキルは使われる前に叩くのが基本だ。

 一応先輩がメインなので、あくまでサポートに徹した結果である。マジで。

 私はジミー先輩をぶん投げてすぐにその真下を水平に追いかけて空中移動である。地形完全丸無視ともいう。

 数秒と掛からずに対戦相手の元へ辿り着き、張られていた軟弱な『結界バリア』を気にせず突っ込む。触れた瞬間に割れたことが軟弱というもっともな証明になる。

 危なげなく着地とキャッチを行い、思わず一言、


「――試合終了ゲームオーバー、ですね」


 ちょっとしてやったりな悪い笑みを浮かべてたかもしれない。対戦相手が青褪めて震えあがった。失礼な。

 ここまでこれば後は先輩に任せておけば問題なし。若干白目を剥いてるけど、自力で立てているので意識はあるもよう。


「――ジミー先輩?」


 私の催促する態度と言葉に、白目から複雑な表情への変化を見せながらも先輩が前へと出た。呆れてため息もついていたな。


「――消化不良な部分もあるけど、まあ、とりあえず終わらせようか」


 文句不満たらたらだが、それだけ呟くと、先輩が繰り出した魔薬魔法であっさりと相手を倒せた。

 武器や道具は使用不可なので、魔法で良く分からない成分をその場で即時生み出し合成していた。なんとなく成分表みたいなのが記憶の棚から出てきたけどスルーしました。

 何故って?

 ……相手の意識を一瞬で失わせる、中々に恐ろしい魔法? であったとだけ記したい。

 ――こうして私たちの初試合はあっさりと幕を閉じたのだった。

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