ロストアイ

ノベルバユーザー330919

教官



「――合格です。教官」
「は?」


 間抜けな顔で目の前の女性を見る。ニコニコと嬉しそうに私を見ていた。……え、合格って何が。というより、教官とはなんぞや。

 頭の中はプチパニックである。一応油断せずに魔法防御は展開しているままだ。今の一瞬の気迫は凄まじいものがあった。絶対に気を抜けない。


「――お、い、おいおいおいおい!! いきなり何しやがる!」


 後ろで咄嗟のことに反応出来ず、固まってしまっていたジルニク君が硬直を解き、声を上げる。気絶していないとは、メンタルが急成長してるな。それとヤマトくん。あなた実は瞬時に私の背後に隠れたでしょ。守りやすかったから文句は言わないけど、色々抜かりないな、意外と。

 私の主な視線は女性へと向けたまま、慎重に後ろの気配を確認する。二人ともケガが無いようでなによりだ。私は最初の攻撃時、防御がちょっと間に合わなくて腕が軽く腫れた。……打撲かな。

 ズキッとした鈍い痛みが神経を駆け巡って伝わる。あまりの痛さに呻く声が漏れてしまった。どうやらただの打撲では済まなかったようだ。失敗した。


「大将大丈夫か!?」


 思わず漏れた私の声に反応し、ジルニク君がこちらを見て血相変えて駆け寄ってきた。痛くて動かせないので、傷の面が見えない。そのため、感覚で腫れていることは分かるけれど、見た目がどんなグロイことになっているかは分からない。肌が白い分腫れれば痛々しいだろうなあ。

 若干意識を隔離して、他人事のように痛みを忘れる。目の前にはまだ、ニコニコと佇む敵が居るのだ。猛獣の気を逸らすまでは目を合わせていないと、すぐに牙を剥かれる。


『――敵意は、微塵もありません』
「――――」


 うささんの落ち着いた機械ボイスが、鼓膜を揺さぶる。その言葉を聞いた、と同時にスッと隔離した意識を戻し、魔法防御と構えも解いて警戒を緩める。集中して聞こえずらくなっていた周囲の雑多な音が耳に届くようになり、やっと気が抜けた。

 と、完全に感覚が戦闘モードから普段モードにシフトチェンジした瞬間、――


「――ぃっっったああああああああ!!!!」


 一時的に忘却の彼方に閉じ込めていた痛みが舞い戻ってくる。思ってた以上にイタイ。信じられない。こんな痛みはママとお勉強してた頃にしか感じたことがない。身体強化かけてる状態で、元の身体スペックも改造人間並みに高いのに、どんな威力の攻撃してんだ、まったく。私じゃなければ今頃粉砕複雑骨折で即死だぞ。アホか。


「教官。お待ちしておりました。さあ中へどうぞ――」


 私の警戒が解けたのを確認して、嬉しそうにさらに破顔すると、教室の中へと案内される。ジルニク君がガミガミなんか言ってたけど、私は普通に女性の真横を通って中に入った。

 何故こんなすんなり警戒を解いたのか。それは普段、嫌味しか言わないけど、こういうときのうささんの言葉は信用できるからだ。――何故なら、うささんは私に死なれては困るから。私の命が高確率で脅かされるとき、何を置いても私を優先的に逃がす。

 ……たとえうささんが一時的に機能停止して、別の意味で私が危ない状況になるとしても。私が生きていれば問題ないそうだ。これについては師匠が訪問した時のことが良い例だろう。私は逆にカッとなりかけたけどね。

 当時は復元できるとか知らなかったから、あんなことになったけど。まあ、今同じ状況になっても同じ反応はしそうだけども。それを分かっているからか、戦闘時、うささんは完全な安全区域へと退避する。

 まず直接うささんを狙う輩は少ないから、杞憂といえば杞憂だけど。師匠みたいな例が他に居ないとも限らない。……旅の間何度か寝ぼけた師匠にザックザックされるうささんは中々にホラーだった。

 まあつまり脱線して長くなったけど、うささんが最優先順位を私に設定していて、私に対して危険がないと言い切るから警戒を解いたわけなんだけどね。


「思ってた通りに狭かった」
「訓練場は併設されています」
「へえー」


 ナチュラルに女性が補足説明をしてくれる。私はそれに頷き返し、教室の中を見回す。こじんまりとしている。前世的に言えば、ちょっとした広めの部室のようだ。十二畳あるかどうか。


「なんで普通に会話してんだよ! さっきまで物凄い殺気を撒き散らして戦ってただろ!?」
「うるさいなー。小さいことばっか気にしてると女の子にモテないぞ」
「「!?」」


 私の言葉にジルニク君が動揺する。やはり初心。笑止。そしてヤマトくん。何気に何故あなたまで動揺しているの。あなたむしろそっちのほうがいいんじゃないの。人見知りとしては。

 ……でも確かに、私はある意味うささんを信用しているからまだしも、周りから見れば不自然極まりないか。仕方がないので、大人しくなった二人を後目に、目の前の女性に向き直る。

 先ほどとは打って変わって、無駄にキラキラした眼差しを注がれる。なんか見覚えあるな。その表情。嬉しくない予感しかしない。


「あー、んー、えーっと、お名前なんです……」
「はい、教官。デボラ・ライト、と申します。デボラと呼び捨てて下さい」


 なんですか、と私が質問すると、ちょっと食い気味に返答される。……どうしよう。見えないはずの耳と尻尾の幻覚が見える。さっきのダメージの影響かな。じゃないと私、末期かもしれない。

 それにさっきから教官とはなんぞや。私、生徒。ただ見学しに来ただけなのよ。いつのまに教官なんて職に就職してしまったのかしら。だけど、ここにいたからにはきっと先生なんだろうし。キラキラした目で見つめ……ガン見するデボラ先生? に質問する。


「えーデボラせ」
「デボラです」
「デボラさ」
「デボラです」
「デ、」
「デボラ」
「……デボラ。その教官とは何のこと?」


 またしても食い気味に訂正されるので、仕方なく呼び捨てにして質問を優先する。こういうタイプは話をまったくもって聞かないのだ。傍迷惑な。

 さらにこの手のタイプは丁寧に会話しても疲れるだけで終わるので、適当なタメ口で質問する。


「はい、教官。教官が教官と聞きましたので」
「……んー?」


 数度瞬きをして、首を九十度傾げ、腕は組む。私の目は大きく開いてデボラを凝視していた。え、今のって答えになってないよね。私の質問、伝わってる? 聞き方間違ってた?

 仕方がないので、首を傾げた態勢のまま言い方を変えてみる。


「……教官っていう呼び方はどこから来たの?」
「はい、教官。マリア様よりお伺いしております」
「……んー?」


 またしても意味が分からない。私の頭は反対側に移った。いったい今の質問の中にママが関係するようなことはあっただろうか。それに私はママの教官になったこともないし、ましてやそう呼ばれたことは一度もない。絶対にない。

 ますます迷宮入りし、そのまま暗礁に乗り上げた、かに思えた。


「素晴らしい世紀の大発見をなしたとか」
「……んー?」


 そのワードはどこかで聞いた記憶があるぞ。……どこだ。私はどこでそんなワードを聞いたんだ。うーん、う~ん、うーーん?

 世紀の大発見……いったい、どこでそんな大層おおげさなワードを聞いたと言うんだ。早々日常生活で聞けるワードではないことは確かなんだけどな。うーん。

 しばらく頭を捻りまくって考える。過去の記憶を順に遡っていたとき、唐突に閃いた。――そうだ。あれは、うささん革命で植物状態のまま身体がまったく動かなかったときの出来事だ!

 あー! なるほど。身体強化のことか。ママとうささんは当時大はしゃぎしてたけど、私はどっちかというと冷めた対応でたいしたことないって思ってたから、今まで完全に忘れてたわ。

 さっきも使ってたのにな。でも納得。私はそんな大したことないってスタンスだったけど、世間的にはノーベル賞ものの偉業だったのだ。完全に忘れてましたけど。

 あれ。でもそれじゃあまさか……。


「私も当時、未熟ながらもマリア様にお声を掛けて頂き、教室に通わせていただいていた端くれなのですが、」


 私が一人で納得している間に、どうやら続きがあったのか、デボラが回想に入る。なんか目がイッちゃってるんですが大丈夫なのそれ。


「世間が湧いた世紀の大発見をその身で早速学ぶことが叶うとは夢にも思っていませんでした――」


 あ、だめだ。完全にあちら側の世界に旅してらっしゃいました。この手のタイプは最後まで話し尽さないと次に進ませてくれないのだ。仕方ないので、さっき気付いてしまった可能性にいったん蓋をして、デボラの回想を大人しく聞くことにする。

 そして時々話の合間に相槌を打つのも忘れない。これが速くこの時間から抜け出せるコツである。


「――素晴らしい発見であると同時に、コントロールも難しく、一般的に普及はしませんでしたが、」
「え、そうなんだ。知らなかった」
「はい。最悪の場合ですと、魔力が暴走して、身体の内側から破裂してしまう者が続出しました」
「なにそれこっわ!」


 かなりグロイのではなかろうか、その話。しかし、デボラは意にも介さず話を進める。人が破裂するところをリアルに想像してしまって、ちょっと気持ち悪くなった。


「それで、マリア様が免許のあるものしか教えられないように手配してくれまして」
「へー」
「まだ方法が広まっていなかったため、被害も最小限で済みました」
「……」


 最小限って、たぶん、私が思ってるのとは規模が違うんだろうなあっていうのはデボラの表情から分かった。どのみち百人のうち数人でも犠牲は犠牲だ。そこに差は存在しない。


「――そうして私も必死の思いで資格を取り、今年から教室を開くことが出来たのです」


 やっぱりね。薄々気付いてたけど、魔法技師って身体強化の教室のことだったか。私は普段から身体強化を多様しているし、なんならこの世界での発明者の位置づけ。だから教官なのか。確かに奥義の開発者に奥義を教えるとか意味不明だもんな。教官呼びについては納得だわ。

 時々、相槌を打って聞いていたのだけど、分かりやすく言えば、最初に私が身体強化を軽い気持ちで試して成功して、それがママに見つかって、ママからさらに広まろうとして、実は制御が難しいそれに、デボラの相性が良かったのかどうか、何とか免許を貰えるくらいには習得出来たと。そういうことです。

 さっきのおっそろしいまでのパワーは身体強化のせいだったのか。ママならともかく、通りで攻撃を防御しただけで痛いわけである。体格差というのもあるけれど、完全に実践経験の差だ。

 単純に、日常的に身体強化で戦う機会が少なかった私が押し負けるわけである。


「それにしても教官には驚きました。いくら世紀の大発見をしたとはいえ、実戦で使えるかどうか怪しいものだと思っていたので、まさかこの私が初手から防御されてしまうとは思いも寄りませんでした」


 色々と腑に落ちて納得していると、また唐突にデボラが語りだした。心なしか恍惚こうこつとした視線を感じる。背筋がゾクッと震えた。一緒に鳥肌も立つ。


「少し脅し程度に手を出して、何かしら反応が出来れば入室を許可する流れで、当たる前に止めるつもりだったのです。ですが、咄嗟に防御で対応されてしまったので、つい、反射で急所を狙ってしまいました」
「…………」


 てへっ、と語尾に星マークが付きそうな雰囲気で言われる。しかし内容が物騒過ぎた。そもそもその理屈なら、攻撃される瞬間に防御の態勢をとった私に最初の一発ならともかく、その後連続で必要以上に攻撃する必要なんて無かったじゃないか。


「対応されてしまったので、仕方なく抑えようとしたのですが、後ろの二人をさりげなく庇う教官に気付いてしまったら、もう……!」


 ヤバい。あなたやっぱり特殊なタイプだったのね。今にも空へ召されてしまいそうな……って、か、顔がヤバいよ! 女の子にあるまじき顔を晒してるよ! お願い、いったん下界に戻ってきて?

 熱い視線を感じて、背筋がひんやりとする。違う意味で身の危険を感じるし、目の前のデボラの変わりように、内心、めちゃくちゃドン引きしてる。凄いよ、クレイ先輩に並ぶドン引き率だよ。当社比で。


「……はああぁぁっっ。久しぶりにあんなイイ運動が出来るとは思いませんでした。とても気持ち良かったですぅ……そうです。教官、もう一回ヤリませんか?」


 まずその紛らわしい言い方を変えろ。

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