ロストアイ

ノベルバユーザー330919

閑話 問題児たちがやってきたようです



 ――シグナール学園。

  いくつもの巨大な専用施設を持ち、莫大な資産をもって運用されており、魔獣への対抗やその他の特殊な専門技術など、幅広い分野での学問を修められる。

 入学者は幅広く、国籍、性別、年齢、貧富、素性さえも問われない。本人の意志さえあれば受け入れる。それがこの、絶海の孤島に浮かぶ学園の理念である。

 ここは外の世界から隔絶された、一種の国の形態だ。学園生徒は勿論、卒業後も居座る学生、外から招き入れられる特殊な教師や講師。中には指名手配中の罪人まで紛れている。多くの人が生活を営める街まで備えられている上、王が居るとすれば学園長ということになるが、特に強制される権力は介在しない。自由こそがこの学園で学べることだ。

 しかし、外界からの圧力など関係が無い学園の中にも、自由にならない者たちがいた。


「フリードリヒ様、新入生が入って参りました。手筈通り、認証は済ませています」
「そうか。助かる」


 ここは、学園の中でも主要機関といっても過言ではない、とある組織の会議室だ。


「それで、目立った奴はいたか?」
「いえ、まだテストが始まっていませんので」
「そうか。悪い、気が早かったな」
「いえ。……そういえば、何名か気になるものが」
「教えろ」
「はい。では――」


 広い会議室ではあるが、男子生徒と女子生徒が一人ずつ。それ以外のメンバーは不在であった。


「――以上です」
「……ふぅ。聞いたことがある奴もいたな。今年は荒れそうだ」
「何もなければ良いですね」
「……。そうだな」


 資料を片手に女子生徒と話をしていた、フリードリヒと呼ばれた男子生徒。何を隠そう、この学園の現最高生徒会長である。そして、ここは生徒会組織が所有する部屋のなかの一つの会議室。不在の者たちは今、入学に伴うあれこれの仕事をしている。

 この会議室に居るのは現最高生徒会長フリードリヒと、同じく現最高副生徒会長アマンダ。この学園の生徒会は複雑になっており、他にも下に第何生徒会長という役職が続く。しかし、前述した通り、今は全員入学に伴うあれこれの仕事をしている。

 そう。今、この時間、新入生がクラス分けテストを受けている頃だろう。クラスといっても自由選択が基本の為、それほど意味のないものだが。フリードリヒは、そんなことを考えながら、優秀な部下が用意しておいた……のではなく、近くの奉仕型アンドロイドが用意したコーヒーに口をつける。

 特注品の豆を用いたコーヒーの香りは素晴らしく、忙しい一時を和らげてくれる。そんな、朝早い時間帯。

 ――ピー、ピー、ピー。

 無言でくつろいでいたところ、入室許可を求めるアラートが鳴り響く。


「……三回か。それほど緊急ではなさそうだな」
「伺ってまいります」
「ああ」


 キチッと纏められた髪を揺らすことなく、秘書の如くアマンダが用件を確認に向かう。それを見送り、フリードリヒは冷める前にコーヒーを堪能することにした。入室許可時のアラートは数が多ければ多いほど緊急性が高まる。しかし過去最高が十二回と聞く。三回程度、問題は無いはずだ。

 フリードリヒはそう思いながら、戻ってきたアマンダに報告を促す。それにしても特別に造らせただけはある。素晴らしいブレンドであった。


「……フリードリヒ様。とある女子生徒が最短入学記録を更新しました」
「ブフォ!? ――なんだと!」


 それは称賛に値する。素直にそう思ったフリードリヒは、噴いたことに顔を顰めたアマンダにさらなる報告を促す。行儀が悪かったが、それほどの衝撃であったため許してほしい、そう思いながら、すぐさま掃除をするアンドロイドたちを横目にもう一度コーヒーに口をつける。


「ですので、学園長が興味を持ち面会したところ、学園全施設使用許可を与えたそうです」
「ブフォ!? ――なんだと! それは本当なのか!?」
「……ええ」


 嫌そうに顔を顰めながらも、アマンダが肯定する。さすがに二回連続で噴いたのはいけなかった。とりあえず、報告が終わるまでコーヒーは避けておこう。学習したフリードリヒは、今度は手元の資料をパラパラめくりだす。一見紙に見えるが、超薄型タブレットである。容量の関係上、紙束のように纏っているが、中にある情報は膨大だ。


「それにしても、そんな生徒が入学するとは。さっき聞いた中にいるか?」
「いえ。完全に想定外です。先程申し上げた新入生については別でテスト場所を分けていますので、ノーマークです」
「……そうか。それで? その最短記録はいくつだ?」


 ノーマークならば仕方がない。稀に一般生徒から規格外が出てくることもある。それに確か最短記録は過去在学していた特待生の四十二分が最短だったはず。新入生であることも含めて期待値を加算した上でもせいぜい四十分きったくらいではないだろうか。アマンダの答えを待ちながらも、パラパラと新入生の膨大な情報リストに照らし合わせる。


「それが、何度も確認したのですが、移動時間もろもろ含めて八分。抜いて五分二十秒。総合体力テストでは、その後のテストに一部、支障が出てしまいました」


 ――グシャ、と、およそ精密機器から発することの無い音が発せられる。幸いなのは、シワシワにしてもその程度では壊れない耐久性か。しかし、精密機器であるため、アマンダはさらに顰め面をする。

 フリードリヒは慌てて資料を手放し、近くに佇むアンドロイドに修復を任せる。


「聞き間違いか? 何かテストを飛ばしていないのか?」
「いいえ。ほぼ満点とのことです」
「……そうか」


 ――ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー。

 驚くべきことではあるが、不正が無いのであれば素晴らしい成果である。素直に称賛をしていると、またしてもアラートが鳴り響く。今度は七回だ。学園の存亡危機なのだろうか。

 ――嫌な予感がする。

 直感的に何かを悟ったフリードリヒは、アマンダを押し留め、自ら用件を聞きに赴く。後ろにアマンダが続くが、どのみち教える手間が省けるため同行を許す。

 身体をスキャンされ確認が取れると、外に繋がるモニターに一人の男子生徒が映し出される。腕の腕章は確か、風紀を取り締まるところのだったはず。警察の役割も果たす武装自警団が直々に、一体、何があったというのか。


「し、失礼します! ふ、フリードリヒ会長!?」
「悪いが、急用だろう? 手短に頼む」
「へ? は、はい!」


 明らかに挙動不審な風紀所属の男子生徒に、嫌な予感がやおら増すばかり。自然と唾を飲み下していた。緊張しながらも、相手の報告を待つ。余程言いにくいことか、生徒は口ごもるも、何度目かの深呼吸の後、はっきりと告げる。


「――マリア様が、説明会に参加しています!」
「なんだと!」


 思わずモニターに拳を叩き付ける。ありえない状況の為、モニター越しに怯える男子生徒には許してほしい。あの人が出てくるなんて聞いていない。いつもは存在すら希薄のくせして、こんなときに限って何をしでかすつもりなのか。しかも、したい、でも、します、でもない。しています、だ。ギリギリと奥歯を噛み締め、確認を迫る。


「――いつ、判明した。担当はあの、メルディアナ女史だぞ! あの人の参加を認めるわけがない!」
「そ、それが、我々が気付いたのは、その、メルディアナ女史が出られた後にマリア様が登壇していて……」
「なんだと!?」
「ひぃぅ!」


 怯える男子生徒には悪いが、非常事態のため許してほしい。叩き付けた拳に爪が食い込む。だが、もう一つ確認せねばならない。


「……女史は、許可、しているのか?」
「は、はいぃぃ!!」
「……そうか」


 メルディアナ女史がいらっしゃるのであれば、悪いようにはしないだろう。問題は、あの人が何を目的に表舞台に出てきたのか。怖すぎて寒くもないのに背筋がゾッと震える。


「フリードリヒ様。マリア様が出てくることで色々とご心配であるのは分かりますが、今は待ちましょう。メルディアナ女史に任せていれば恙なく、説明会は終わりましょう」
「説明会は、な……」


 そっと目を逸らすアマンダの態度が全てを物語っている。頼むから、余計なことは仕出かさないでほしいと思わずにいられないフリードリヒであった。

 ――それから約半日

 静けさが不安を煽り、まだかまだかとやきもきしながらも、説明会は恙なく終わったという報告を聞き届けるため他の仕事をして待っていた二人の元に、新たな知らせが届く。

 ――ピー、ピー、ピー、ピー、ピー。


「今度は何だ!」


 アラートの音を聞くや否や、手元の仕事を吹っ飛ばす勢いでモニターまで駆ける。今日一日だけで何度アラートが鳴っている。前代未聞である。一体全体どんな厄日か。

 荒ぶる感情のままモニターを繋ぐと、今朝見た男子生徒とは別の男子生徒が映し出された。しかし、今度は生物委員に扮した特殊委員の腕章。彼らは陰ながら学園を支えている有志たちだ。滅多に表に出てこない。嫌な予感しかしない。


「! ふ、ふりぃ」
「要件を言え!」
「――はっ! 数名の特待生についてご報告があります!」
「まさか……大けがでもしたのか!?」
「は? いえ、特には。」


 生徒の命に別条がないようで何よりである。そういえば、あの人の報告時よりアラートは少なかったな。冷静さが戻ると余裕が生まれるのか、男子生徒からの報告を続けさせる。


「実は――」


 モニターの接続が切れ、暫しの沈黙が訪れる。先程落ち着いたはずなのに、嫌な意味で心がざわつく。


「なぁ、アマンダ。さっきの報告本当か?」
「……信じられないお気持ちはお察ししますが、ご自分でお聴きになりましたでしょう。私に問わないで下さい」
「それもそうか……」


 傾いた太陽がもうすぐ日暮れを告げるだろう時間帯、一日に問題が山積みになるとは誰が予想できようか。深いため息を吐いたフリードリヒは、とりあえず残りの仕事を片付けるために動き出す。


「それにしても、あの人が予定外のソフトで新入生を弄ぶのは予想出来ていたから、まあ、いい」
「それは本来、良くないのでは?」
「……」


 もう一度深々と溜息を吐きだす。老けにくいはずなのに、一気に年をとった気分をフリードリヒは味わっていた。


「それに順応して、プログラムとはいえ何時間もぶっ続けでほとんどの敵を倒し尽すとか、一体どんな化けもんだ?」
「……それが、先程の生徒名を照らし合わせたところ、例の今朝報告した女子生徒がそれかと……」
「……」


 さらに深々とした溜息が吐き出される。氏素性は問わないとはいえ、一体どこ産なのか。そんな恐ろしい国は近隣諸国に無かったはずである。考えられるのは未開の地の向こう側であるが、問題なくテストを受けられたということは、こちら側の世界出身であるはずだ。


「それと、その女子生徒と比べれば目立った成果はありませんが、少なくとも例年の特待生の平均を軽く上回っています」
「……寮に監視、つけるか……」
「手配致します」


 頭が痛いとはこのことである。まだ大きな問題は起こっていないが、そんな期待に満ち溢れた超新星なのだから、いずれお互いの衝突は必至。陰ながら見守ることしかできないが、せめて学園側に被害が出ない程度の監視はさせていただく。固い決意とともに、フリードリヒは夕焼けにひっそり誓いを立てるのであった。

 しかし、翌日、さっそくとばかりの問題行動のオンパレードに、就任したばかりの会長を辞めようとしたとかしないとか。裏で起こる騒動に、問題児たちは知る縁もなかった――。

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