ロストアイ

ノベルバユーザー330919

アルバイト



「ここへ来たのは見学の為ですけれど……」
「見学? ああ、先程燃やされてしまったが、まだ他に資料は残っているから安心してくれていいよ」
「資料……? 通う前の注意事項が載っているものなんですの?」
「いや、ここで特に注意すべきことは無いけど。そうだね、敢えて気に留めて欲しいことがあるとすれば、材料調達かな。使えそうな素材があればいつでも歓迎するよ」


 リアとクレイ先輩のやり取りを一歩引いて観察する。……やっぱり、先程から、どうにも話が噛み合っているようで噛み合ってない。

 噛み合わない二人の会話を軌道修正するため、疑問に思っていたことを明確にしようと、まずはクレイ先輩に向き直る。


「クレイ先輩すみません。ちょっと質問なんですけど」
「なんだい?」


 私が突然割り込んだことに特に何を言うでもなく、朗らかに私の言葉を待つ姿勢に入った。リアもどうしたのかとこちらを見ている。


「まず、先輩はここで何をしていたんですか?」
「? 何って、研究だけど」


 私の質問に不思議そうな疑問符を浮かべながら先輩が答える。研究か。でも、ここは教室がある建物のはず。そうなると、入る場所を間違えたのか、それとも……。

 私は確認の為に、私たちがここへ来た経緯を伝えたほうがいい気がした。思考を纏めて先輩へ向き直る。


「……実は私達、ここに目当ての教室の見学の為に来たんですよ。つい今朝がたに先輩にも話しましたが、覚えていませんか?」
「そうか。ああ、覚えている。今朝は失礼したね。そうかそうか。それで、ここへはどの教室見学の為に来たんだい?」


 先輩が理解したような表情をした。そして、何か知っていることでもあるのか、目当ての教室について聞かれる。


「二つありまして。魔草薬学と魔法秘薬です」
「ああ。やはりそうだったか」


 今度は妙に納得した表情を浮かべる。隣で私と先輩の会話を聞いていたリアを見てみると、何の話だと怪訝そうな顔をしていた。


「その二つの教室なんだが、今は教師が不在でな。私が臨時で教師をしているのだよ」
「「えっ」」


 私もそうだけど、リアも吃驚顔になって、まじまじと先輩を見る。だが、先輩も困ったようにこちらを見ている。


「手当たり次第に送ってはいたんだが、まさか君たちに当たるとは。基本的な内容は暗殺教室でも学べるからか、ここは人気も無く評判も悪くってね。たとえ生徒が入っても直ぐに辞めていくからか、それが伝わってて、ここ数年は誰も来ないからすっかり忘れて油断していたよ。ハッハッハッ!」


 笑いながらも先輩が大げさに、「参ったなー」と、参ってない表情で両手お手上げポーズを決める。いや、先のやり取りで参ってるのは私達なんですけど。


「そうだったんですのね。……あら? それでは、クレイ先輩は学生の身分でありながら、教師を勤めていらっしゃるということなのでしょうか?」
「あー。正確には、違うね。詳しく説明すると、私は自由に研究がしたいが、お金はない。だから、研究費を無償で援助してくれる学生の身分に甘んじているのだよ。臨時教師の件も、施設を貸して下さった先生が、旅に出てしまったために仕方なく引き受けただけだ。資格も何もないが、知識はあるのでな。特別に、と、上から認められたんだ」


 つまり。前世的に言うと学院生ということなのかな? よく見たら制服もまるっきし違うようだし。というか、制服なのかも怪しい。

 もし先輩の言う通りだったのなら、色々と辻褄が合う。先輩が学園生徒として見た目が大人なこととか。学生なのに変な研究に明け暮れているとか。

 しかし、改めて思い返しても、確かにここに来るまでに人影はかなり少なかった。この周囲なんてほぼ誰ともすれ違わなかったし。相当不人気エリアなんだろうな。


「あれ? 生徒がいないのなら、ここでいつも研究以外で何しているんですか。確か、生徒が来ないと給料が出ないんじゃなかったですっけ?」


 この周辺の過疎っぷりを思い返して、それなら先輩はここで何をしているんだと疑問が浮かぶ。確かに研究するだけなら費用を負担してくれるだろうが、一人の人間の生活にかかる費用を丸々負担するなんてことはないだろう。それとこれとは別だ。


「ああ、そうだ。だが問題ない。私は臨時教師以外にもアルバイトとして副業はやっているからな」
「アルバイト?」


 失礼だけど、とてもそんな風には見えない。こんな変態でも勤まるなんて、いったいどんなアルバイトだ。むしろ私に紹介してほしい。

 私の疑わしい視線に気づくことも無く、誇らしげな表情で先輩が部屋を出て行った。何も言わずに出て行ったので、仕方なくリアと一緒に後を追う。すると、廊下で先輩が、先程ジルニク君がそっ閉じしたドアの前に陣取って私達を待っていた。


「ここに、僕が育てている子たちがいてね。とても世の人の為になる子たちなんだ。おいで。人見知りをするからそっと覗かないと怖がらせてしまうんだ」


 私たちが近寄ると説明しだした先輩が、そのままゆっくりドアの取っ手を横に引く。私たちがそっと覗き込むと、それはいた。


「「…………」」


 ――ムシャムシャムシャムシャ。


 こちらに気付いた様子もなく、巨大な植物が何かの液体を溢しながら、何かを呑み込もうとしてた。

 私はその光景から目を逸らすことなく、念のため、先輩に確認してみる。


「……あの。見間違いじゃなければ、人が食べられてるんですけど」
「……みたいだ」


 横でリアが倒れた音がした。

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