ロストアイ
怪しい勧誘には気をつけましょう@その2
「ふぅ~、はぁ~、んふぅ~んぐぇ!?」
「キモイんだよ! くたばれ変態!!」
先程いた並木道を逸れると、隠れる様に、小さな噴水広場がある。
私たちはそこへゾンビと連れ立って来ており、私は今、そのゾンビ、もとい、水である程度綺麗に汚れが流された、現変質者をゲシゲシと踏みつけている。
「あ、やめ、そこは、あ」
目の下がピクピクと引き攣るのが自分でも分かる。
コイツ…………めちゃくちゃキモイ。
私はゆっくりと足を退けて、全力で変態から距離を取る。足が離れた時も変な声を出していた。――ドン引きである。
「先輩、いい加減離れて貰えます? この世から」
私はこれでもかと、ゴミ虫を見下す目で告げた。
しかしこの元ゾンビ、現変態、実は私達の寮の先輩である。塵となって消えてしまえばいいのに……。
「~っひどいなあ、あいちゃん。そんな目で見ないでくれよ。私は健全な交流を試みただけじゃないか」
私の言動は完全にスルーだ。ぱんぱんと服の土埃を払い、変態が告げる。
……変態の論理なぞ聞くだけ無駄だ。
「先輩、勝手に名前呼びしないでもらえます? 図々しいですよ、穢れます」
えーひどーいと言いながら、ケラケラと先輩が笑う。
さっきまでゾンビだったこの人、穢れを浄化したので、あの場をさっさと立ち去ろうとした私たちに、助けてほしいと言い出したのだ。
未知の生命体との会話が出来るという興味本位で話を聞くと、全身緑色になっていたのは、実験に失敗した副作用だったらしいと言われたのだ。そこでやっと、同じ生命体だと判明した。
同じ人間に見えないため、とりあえず、噴水広場に移動して、噴水の水を使って全身を洗い流したのだ。
そうしたら、皮が剥けたように人間に脱皮した。……私としては、見ていて、とても気持ち悪かったとだけ言える。
それで、脱皮して息がしやすくなったのか、先程のキモイ深呼吸なのだ。
脱皮した直後で、下着しか着ていなかったことも、いっそうの変態度を上げている。……あさっぱらからなんてもんを曝け出してるんだ、変態が。
「それで、クレイ先輩。お困りごとはなんですの?」
かなりの距離を取って避難していたところから、リアが尋ねる。ゾンビ先輩の記憶が尾を引いているらしい。かなりのトラウマになったもよう。
「ああ、そうっだったな。実はな、実験に協力してほしいんだ」
「すみません。丁重にお断り致します」
即刻お断りを申し入れる。……実験? ハッ! 笑止。
誰が、全身緑色になる副作用があって、それでのたうち回っていた先輩の実験に、協力出来ると思ってるの? 怪しすぎるでしょうよ!
「まあまあまあ、そんなに焦ることもないだろう。簡単なことだ。協力してくれないか?」
今度こそ、さっさとこの場を去ろうとする。しかし、そうはさせまいと、ぐっと肩に手を置かれ、その場に押し留められる。
「すみません。生理的に無理です。諦めて下さい」
肩に置かれた手を無視して、ズイズイとこの場を離れようとする。それでも、かなりの力で進んでいるのに、手が離れる様子はない。やるな、先輩。
気になったので、チラッと後ろを盗み見た。
「がががががっっ!?」
「…………」
……先輩の顔が大惨事だった。
それでも執念なのか、肩から手が滑り落ちても、最後は足を掴んだまま地面を引きずられてきたようだ。
「さすがに酷いですわ……」
遠くから様子を伺っていたリアが同情したのか、近付いてきた。
正直、私もちょっと良心が痛んだ。
「はあ、はあ、はあ…………頼み、聞いてくれるかい?」
顔面引き摺っていた先輩をリアがひっくり返す。すると、荒い息で、今生の別れの頼みのように悲愴な顔で先輩が頼みだした。
「ワタクシ達は何をすればいいんですの……?」
リアが先輩の様子に覚悟を決めたように話を促す。
……なんだこれ。急に茶番が始まったんですけど。どうすればいいの。
「簡単さ……一緒に……」
「一緒に……?」
どんどんシリアスな雰囲気にされていく。リアも、力の抜けた先輩の片手を握りしめ、先輩も先輩で、なぜか口から出血している。
おい、さっきまでちょっと土汚れてただけだよね。騙されないよ?
「一緒に……」
「一緒に、なんですの?」
両者、うるうると涙ぐみ始める。
だから、やめろ。茶番だってのは割れてんだぞ。リアは騙されてるけど。
……残念ながら、命がけでママの表情や仕草を観察して、ピンチを凌いできた私を、舐めないで頂きたい。その程度の演技じゃ騙されません。
場を盛り上げるだけ盛り上げたと感じたのか、満を持して、先輩が決め顔でお願いをする。
「一緒に、脱いでぐぉべらっ!?」
言わせねーよ!?
私は華麗なステップで先輩を狙い蹴りした。悪代官に帯を回された娘みたいになってるけど、気にしない。飛んでけ変態が!! 二度とうちのリアをたぶらかすんじゃありませんっ!
再び蹴り飛ばされた先輩は、数メートル先で白目を剥いている。今度こそ昇天したことだろう。ちーんって効果音が聞こえた。エフェクトでお迎えも見える。おう、そのままあの世へ連れてけ。
……よし、これでしばらくは起きないだろう。
変態を撃退した達成感を噛み締めながら、ちらっとリアを見ると、突然のことにポカーンとしている。
きっと、懲りない変態に、純粋な心配を穢されて放心してるんだろう。可哀想に……おのれ、変態めっ……!! あの世へ逝く前にもう一発蹴っとくか。
『どちらかと言えば、人があそこまで、宙を回転しながら吹っ飛んで行っ たことに驚いているのでは?』
え、そうなの? 全然気にしてなかったけど、確かに綺麗なローリングを決めてたもんね、先輩。まるで、日ごろから蹴り飛ばされ慣れてるかのように、綺麗に決まったもん。
『いえ、そういうことではないのですが……』
もう一度、チラッとリアを見ると、今度はしっかりと目が合った。口をはくはくさせて、水槽の中の金魚みたいだ。
「な、な、飛んで、え、?」
どうやら、プチパニック中である。何かそんなに吃驚するようなこと、あったかな?
『今まで直接的な暴力行為を見せていなかったからでは?』
何言ってんの? 今しがたまで、散々あちこち暴れまわってたでしょ。ついさっきも、ゾンビ蹴ってたし。
『あの時は、せいぜい近くに転がす程度でしょう。普通、人間が吹っ飛ぶさまなんて、早々お目にかかれません。ましてや、体格差がある子どもが、大人に近い体格の人間を吹っ飛ばす様子は、特に』
……もしかして、私のせい?
『ですから、先程からそう申していますが?』
もう一度、チラッとリアの様子を伺う。どうやら、吃驚して混乱はしているけど、私のことが怖くなった、みたいなことはなさそうだ。
通りすがりの人が見れば、周囲が奇妙な光景に映るなか、私は色んな意味で、ほっと胸を撫で下ろした。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
147
-
-
841
-
-
1
-
-
1
-
-
755
-
-
0
-
-
15254
-
-
34
-
-
549
コメント