ロストアイ
丁重にお断りいたします
――パパがふてくされた。
その後のフォローが大変だったけど、最終的にはママが拳一つで黙らせてくれました。
いや、ほんと……ママは怒らせないように過ごしましょう……。
怒らせたら最期。物陰まで首根っこ掴んで引きずられて逝きますので……自分大事に。
――それで話は変わりますが、私は今、ママに連行されています。
何故って?
……別に物陰に連行されている訳ではありません。実は先ごろ、ママがパパと物理的にお話合いをしていたところ、パパが瀕死になる過程でママが突如あることを思いついたのです。
覚えている限りだと今世の私は一人っ子。他に家族がいる可能性は捨てきれないけど……。
とりあえずは一人っ子だ。それで色々と複雑な家庭の事情で。ええ、ほんと。それはもう複雑な事情で後継者は私一人のようでして……。幼いころより色々詰め込まなきゃならんわけです。
そして精神年齢が上がったことにより、ママに助けを求めるという小技を覚え調子に乗っていた私はこの後凍り付くこととなる。
ママが物陰にパパを捨て置き私に言ったのだ――。
「――暇だからウザいのが現れるのよ~。それなら、邪魔できないようにしましょうね~」
と。
そんなわけで。
これからの毎日は楽しいお勉強ライフと相成りました。
――なんてこと。
悪夢の時間だ。まだ執行猶予があると思ってたのに……!
この際、パパのことはどうでもいい。ウザいけど我慢すればよかったのだ。そうすればお勉強などという悪夢が開始されることも無かったのに。
――ああさらば、儚き暇人幼女ライフ……。短い間だったけど楽しかったぜ……。
『まるで、今生の別れのようですね。知識は人類の武器ですよ』
「…………」
――うささん、うささん。何を言っているの?
AIというこれ以上ないほどに知識の塊である人工知能が発達しているのに。
……何を学べと言うの?
それに学んだところで都合のいい歴史しか分からないんでしょ、どうせ。いいよいいよ。いつの時代もペンを持った人類は都合のいい事実しか捏造してこなかったんだから。
……今更だよ、ほんと。きっとありもしない常識を学ばされるんだわっ……!
だから、お勉強なんてキライなの……!
『それについては否定しません。ですが、かなり妄想が暴走していますね。歴史や常識ももちろんですが、判断するための基礎部分が足りていないと思われます』
あ。なんか今の、妄想暴走、歴史常識ってとこが韻踏んでるみたいだった。
『……訂正します。基礎以前の問題ですね。かなり深刻です』
いや、ちょっと思っただけで別におちょくってるわけではないからね!
それに基礎以前って、そもそも基礎って何のことよ?
『会話が通じているので気付いていないようですが、真っ先に学ぶべきことがあるでしょうに』
ん?
真っ先に学ぶって……何が?
それに会話が通じてるって、そんなのあたりま、え……。
「…………」
え?
……そういえば。
なんで会話、通じてるの?
全く疑問に思わなかったけど、よくよく考えれば未来まで言語が同じなわけない……!
なんで意思疎通が出来てるの!?
……もしかして日本語が共通言語になってたり……?
『要因はいくつかあります。
初めに。解明されている言語はすべてデータとして記録が残っていますので会話自体は脳内で翻訳変換機能が働きます。日本語もしかりです。
しかし共通言語は別で存在します。会話は二進法でやり取りすることも出来ますが、基本は文字としてしか学ぶことはないです。
つまり会話については問題ありませんが、文字については共通言語を学んでいただく必要があります』
なるほど~。
もしかしてママとパパとの会話も本当は別言語で話してたりするの?
ちゃんとした意味で通じてるの……?
『それぞれ全く別言語で発声しています。ですが発言する際の思考をもとに会話が組み立てられますので意思疎通に問題はありません』
ほえ~、マジでリアルうさえもん……なんて便利なの。
実は、本物がいるんじゃない……?
人工知能ってそんなことまで出来るんだね。
『……辿り着いた結果が今です。学習することしか、私たちの出来ることはありません』
そっかそっか。それなら共通言語を学ぶだけで問題なさそうね。
『文字は足がかりです。先程から何か勘違いされているようですが、勉強が指すのは知識を覚えることのみではございません。……現在の状況を冷静に見れば分かると思いますが』
現在の状況って、お勉強のためってママにどこぞに連れていかれているけど……。
それが、何?
『マリアの職業は?』
ん?
「…………」
つまり。
『察したようですね』
――のおおおおっと!!
「は・な・し・てーーー!!!」
「あいちゃん? どうしたの急に。ママとこれから楽しいお勉強のお時間ですよ~」
絶対私が想像してるのと違うよ!
新たに思い当たったのが正解だと、今のんきにも気付いたよ!
……でもでも万が一があるからね、不幸なすれ違いを失くすためにも一応確認をば……。
「ちなみにママ。ママの言ってるお勉強って、机に座って学習することだよね? そうだよね?」
そうだと言っておくれよ、マミー……!
「そうねぇ。机も勉強には必須よね。拘束されたときの縄抜け方法や凶器としての活用方法を学ばないといけないもの~」
知りたくないっ!
活用方法なんて知りたくないよ!?
――一瞬。
……ほんの一瞬だけだけどっ!
――縄抜けか。かっこよくていいかも……って思ったけど騙されないよ!
前世。興味本位でネットで調べてみたんだよね。それで"間接を外す"って検索結果が出て諦めた記憶がバッチリあるんだから!
実際にやったら絶対痛いやつだよ!
しかも"関節は外しすぎると癖になって日常生活のちょっとしたことで外れやすくなる"……ってとこまで諦めきれずに調べた記憶がバッチリ残っているんだからねっ!
『かなり深いところまで調べましたね。そして結局怖くなって実行できなかったと。前世の知識が役に立ったようでなによりです』
違う意味で役に立ったよ!
知らなければここまで戦々恐々とすることも無かったのに……!
……あれでも知ってるから覚悟が決まるのか……。
――て違う違う!
そういうことじゃない!
騙されない。私は騙されないよ……!
「さぁ、あいちゃん。着いたわよ~」
目的地に到着したらしい。だがこの屋敷では珍しくボロボロでこじんまりとした木の扉があっただけだ。しかもこの時代では初めて見た錆びたドアノブがついている。
――あ、よくホラーゲームに出てきたドアと雰囲気似てる……。
「…………」
……気のせいか。
周りの空気がどんよりとして明かりも暗いような……これ以上考えたくない。
「ささ、入って入って」
楽しそうにするママがゆっくりとドアノブをひねって開く。中から一陣の風が強く吹き付けてきた。
――ォォタァス、ケェ……。
ぱたん、と。中の様子を認識する前に物凄い速さで扉が閉められた……。
「…………」
私は穏やかに、慌てずゆっくりとママを見た。
――あのお……なんか、ナニかと目が合ったんですけど……?
私の無言の視線を感じてママがニッコリとした。
「てへっ。間違えちゃったっ」
――可愛く言ってもダメっ!
絶対騙されないよっ!?
絶対ヤバいナニかがいたからね……!
ちゃんと見れてないけどバッチリ目が合ったんだよ!
「うんうん、心配しないで。ママもよく迷っちゃうけど、確かにこの辺りだと思ったのよね~」
ちょっとおお!
迷ったってレベルじゃないよ!
ちょっ、あきらかにこれ人選間違ってない!?
――私いろんな意味で道を外したくないので、ちぇんじでっ……!
……ああ、もう。さっきのナニかが記憶にこびりついてしまった。今後夜に一人で寝られないよ。どうすんの、これっ。どうしてくれんのよこの気持ちっ……!
「よしよし。確かあっちの扉だったかしら? さ、気を取り直して次行きましょ、次」
今のことは最初から無かったかのように処理したママが次に見ている横方向へ同じく視線をずらす。そこにはズラリと、先の途切れが見えない同じような雰囲気の扉が続いていた――。
――すみません。丁重にお断りいたします。
というか今すぐ安全区域にカムバックしたい。ウザいって思ってごめんね、パパ。あなたのしつこい抱擁のほうがマシでした!
……そして非力な幼女が人外なママの腕力に逆らえるわけもなく……その後、私はこの世の地獄を見たのだった――。
……もうやだここ。助けて……!
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