ロストアイ
子どもが嫌いなものと言えば
――地震。雷。火事、おやじ。
自然災害は、出来るだけ遠ざけてほしいというもの。しかしどれも、いつ、どこで、何をしているとき遭遇するのか、予測出来ないのが難しいところである。
――ここにピーマンがあったとしよう。
多くの子どもは嫌いな野菜ランキングに堂々とランクインさせていることだろう……一部の大人も含めて。私は結構好きだ。
そもそも嫌いになる原因として、単体で食べるからダメなのだ。
――チンジャオロースを見てみなさい。
あれほどピーマンが自己を主張しているというのに、不思議とあれなら食べられる人がいるのを――。
――何故か?
それは食べた瞬間、口の中で多くの人が好む肉に味覚を持っていかれてごまかされているからである。他に気を取られれば目の前の些細なことなど、意識からは二の次になる。
――しかし。しかしだ。
いくら意識を他のことに移したとしても無視できないものはある。それが現実というもの。そう。一度認識したら簡単に意識の外へと追いやることが出来ないものも、あるのだ。例えば今の私の状況のように――。
「――いぃぃぃぃゃぁぁぁああああ!!」
「待ってあいちゃん! すぐ終わるからっ! ほんとにすぐ終わるからっ」
「い、いぃぃぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁああああ!!」
私は今、恐怖によりママから逃げ回っている最中だ。現在地はママの研究室のうちの一つらしい。逃げるのに必死でゆっくり見てる暇もないから、何があろうとも関係ないけど。
『……平行線ですね。諦めれば宜しいのに。どのみち、逃げられません』
「(いぃぃぃぃゃぁぁぁああああ!!)」
――って、そういうことじゃないの!
冷静になろうとしたけど、そういう問題じゃないのっ……!
――ひっ!? 危なっ……!
『諦めざるを終えないと思われますが……』
頭の声にろくな反応をすることも無く、迫りくるママから必死に逃げる。
――ひどいっ。ひどいよ……!
こんな時に見捨てるなんてっ……。
この、薄情モノおおおおお~~!!
私の味方じゃないのおっ……!?
『私が告げるのも変ですが、割と最初からマリアの味方です』
そうだった!
この、裏切り者!
あほ!
ばあかばあかっ!!
『ただの口汚い言葉ですか。私には全く効きませんが』
くっ……!
なんてドライなヤツ!
……幼女の泣き叫ぶ姿に何も感じないわけ!?
『無駄な足掻きという実例が記録出来て光栄です』
もうやだこの子っ……!
誰が生んであげたと思ってるの!?
『微妙に間違っていないとは、御見それいたしました。しかし、現状はやはり不可避かと……』
「は~い。あいちゃん、ツカマエタ」
――ひぃぃっ……!
うささんの言葉に反応しようとして隙が出来たところをママに捕まえられた。背筋が氷を当てられたみたいにひんやりゾクッとする。冷汗が止まらない。
段々と迫りくる現実に意識を持ってかれそうだ、――というか持ってけよ、私の意識このやろおおお!!
光に反射して、キラリん、とブツが光った。
「(いぃぃぃぃゃぁぁぁああああっっっ!!)」
――もうだめだ。……短かったなあ、今世。
走馬灯のように色んなくだらないことが想い出される。二度目の回想、ご苦労様です。
アディオスみんな。
来世は平和な家庭で会いましょう……。私は覚悟を決めた。捕まった以上、もうアレは免れない……。
「……は~い。あいちゃん、終わりましたよ~。もう大丈夫よ~」
――あれ?
え、もう終わったの……?
あれぇえ……?
『だから、あれほどのことで大げさだと告げたのです。本当に騒がしいことでした』
「はい。じゃあママは仕事があるから、もう行くわ~。冒険もいいけれど、ちゃんとお部屋には戻りなさいね~?」
私はしばらく、その場でぽかーん、とアホ面を晒すこととなった。
ちなみに、いつまでアホ面晒しているのか、とうささんが喧嘩をしかけてきたことによりすぐに正気に戻りました。……乙女な幼女になんて辛辣なやつなんだ。
しかし、あれだ。
確かに大げさに騒ぎすぎてしまったと、過ぎた今なら言える。いくら前世の記憶を引き継いで転生しているとはいえ、今世はまだ生まれて数年のぴちぴち幼女、五歳。常時非力なのがステータスで、無邪気な可愛さというのが唯一の兵器であり、武器だ。それで私も幼女の身体にそぐわず精神的には子どもに近いようで……。
……まあ、恥ずかしげもなく泣きわめけるのが幼女の特権ともいえるけど。
今回の事の発端はズバリ、私が五歳になったからである。まあ、分かりにくいだろうからまずはプチ知識の披露をしましょうか。
第一として、基本無知で無垢な子どもであってもここでは知っているのが当たり前の一つの諺がある。それは、"不老と不死は共存しない"、だ。
端的に言えば、飛躍的に科学技術が発展したこの世界であっても両方を同時に実現できなかったのだ。片方だけであれば実現できていることに、恐ろしいものを感じるけど……。
それについては実に至極簡単なことが原因だった。
――人間の限界がそれまでだったのだ。
人々が不老となっても刺されれば死ぬ。表面上の老いがかなり遅くなっているだけで、実際には医療技術によって伸びているといっても寿命は変わらない。これは単なる若作りに成り下がったものではあるけれど、老若男女に人気のようだ。
問題があるとすれば見た目詐欺が蔓延っていることぐらいである。年齢が判別出来るのはせいぜい十代前半。その分年の差カップルに偏見はないようだけど……。
そして不死となれば、よく分からない仕組みでたちまち時が止められるだけ。実際にはその次元で生きていない。時が動けば寿命も縮むし、止めればそもそも生きることが出来ない。矛盾しているが、これが限界だ。不死状態で生きることは出来ない。
むしろ自由が少ない分、不老より不便だといえよう。
――時代を超すには最適だけども。
因みに刺そうとしても刺さらない。何故なら先にも言ったが、不死状態の身体は本体が別次元にあるからだ。何を言っているか分からないと思うけど、説明している私も分からないので、きっと前世の知識レベルでは理解できる域を超えているのだと思う。
そしてそんな不死をその身に施す人と言えば病人が多い。今の時代では治療法が分からない難病を患っている人が未来に期待して、という家族。または本人の希望によって行われることが多いのだ。
実際に数年後、数十年後に治療法が解明され助かったという人は一定数存在しているのだから、不便でもそこそこ利用はされていることが分かる。
……ただし、病状によっては症例も少なく、解明に時間がかかる場合も多いのが常だ。下手をしなくとも非情な決断になる。たとえ本人が未来で治ったとして、治ってほしいと助けてくれた本人の家族が先にこの世から去ってしまうことも多いのだから……。
結局治療できたとしても天涯孤独の身になってしまったか、あるいは不死の状態自体かなりの額を払わなければ維持が出来ないほどであるため、そもそも手出しが出来ないかになる。
――人類の夢はいつの時代も儚いものだ。
不老と不死は共存しない。転生者なんて非常識を受け入れる世界だけど、不老と不死の共存なんぞありえない、という常識なのだ。
――もし。もしも叶えられるのであれば、……それはもはや神の領域だといえる。間違っても人の独善的な我欲で得られる叡智ではない。
ちなみに転生者については意外と記録が少なく、何故転生が出来るのかといったことは解明出来ていないようだ。なので私は立派な被検体モルモットにされている、というわけなのだ。なんてはた迷惑……。
……まあといっても、特に何か危ないことをされるわけでは無いようだけど。
そして自室に戻った今。そんなことを思い出しながら私は、思った――。
――そういえば。
五歳になったら、不老のワクチンを打たれるのであったな、と。
小さいころから細胞を慣らさないと大きくなってから打ったのでは、アナフィラキシーショックに陥ってしまって死にかねない、と。
しかし冒頭でも幾らか例を挙げたけども、結局共通して子どもが嫌いなものと言えば、これね。
――注射器、ね。
『大げさに泣き喚いていましたね。記録は残っています』
ふん。……あんたにゃ分からんよ。注射器の先端がキラーんと光り、ゆっくりと迫ってくるあの、恐怖をっ……!
『目に刺さる訳でもないでしょうに』
やめてえええええっっっ……!!
思わず想像しちゃったでしょうがっ!?
『明瞭に思い描きましたね。まるで現実に、瞳をえぐられながら針を刺されたかのようです』
ぎゃああああ!!
いたいいたいいたいっ!!
想像するだけで、いたいよおお!
――あんたやっぱ、わざとでしょ!
ねぇ、そうなんでしょっ――!?
条件反射であふれた涙が、あまりのおそろしさで止まらなくなってしまった。おそろしすぎる……。
『しかし、惜しいです。実際には目玉が柔らかいので、瞳を綺麗にえぐるともっと簡単に取れますよ。神経が千切れて目玉も潰れますが』
――ぎゃああああああ!!
……誰か。誰でもいいから誰か。誰か私を、この、この悪夢から気絶させてくれええええ――!!
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
549
-
-
52
-
-
58
-
-
4112
-
-
52
-
-
3395
-
-
147
-
-
4
-
-
314
コメント