彼処に咲く桜のように

足立韋護

勿忘草

 放課後、誠司は太一に呼び出され屋上へとやってきた。先に待っていた太一は夕暮れに顔を向けながら柵に手をかけていた。


「ずいぶん、様になっているな。太一にしては」


「お、来たか」


 誠司は太一の隣に並び、柵に腕を乗せた。屋上からの落下防止のために設置されている柵であるにもかかわらず、その高さは腰ほどまでしかなく、果たして役割が機能しているかは疑問だった。
 夕日が眩しい。遠くには校庭、校庭、校門、校門前の私道が眺めることができる。


「整理は、できたか」


「それなりにな。俺のすべきことが終わり、そして始まったといった感じだ」


「はは、新年度にはピッタリな言葉だな」


 一通り笑ってから太一は大きくため息をついた。


「俺ぁ、まだ受け入れきれねぇ! まるであの校庭の桜みたいにさ、あっさり散りやがって! 残された奴のことも考えやがれって!」


「太一……」


「みんな、悲しんでるんだよ。あんなに良い子が死ぬ必要なんか、絶対になかったはずなんだよ……」


 さくらだって生きたかったんだ。しかし死神の足音に気付いたその時から、認めるしかなかった。最後の四コマ漫画が、それをしっかり語っていた。
 心の中では泣いていた。


「勿忘草って知ってるか」


「ワスレナグサ? なんだよ、それ」


「さくらの手帳に描かれた最後の四コマ漫画。そのタイトルだ」


「勿忘草……」


「さくらは言っていた。一つ一つの花に歴史、物語が詰まっている。それは素敵なことだと。そんなにも花を大切にするさくらが、花の名前をタイトルにつけたのには何か理由があると思った」


「調べたのか?」


 太一が見上げると、誠司は頷いた。


「花言葉は『私を忘れないで下さい』。俺達がさくらにしてやれることは悲しむ形でもどんな形でも良い、さくらを決して忘れないことだ。それがさくらの生きた証だ」


 太一は顔を伏せて嗚咽し、鼻をすすっている。誠司がポケットティッシュを取り出して太一に手渡すと、太一は思い切り鼻をかんだ。


────数分後。泣き止んだ太一はスッキリとした顔立ちで、沈みかけの夕日を眺めていた。


「俺さ、この四月から葵んちの手伝いに行くつもりなんだよ」


「本格的に婿養子になるための布石を積んでいってるな」


「一度振られてんだ。そんな下心はねぇよ! ただな、あんだけの金を用意してもらって何もしないってのは、何だか気持ち悪くてさ。掃除とか飯作りとか、何でも良いから恩返しがしたいんだ」


「お前らしいな。頑張れよ」


「おう。また別のクラスだけど、今年度もよろしく頼むぜ」




 俺達は進み続ける。明日も明後日もずっと未来へ向かって、足を止めることなく、進んで行く。
 俺に根付いたさくらの心も、さくらとの約束も、一緒に持っていく。


 どうせこっち側の身勝手だ、見ていてくれなくてもいい。知らなくたっていい。
 俺はそれでも、忘れない。



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