彼処に咲く桜のように

足立韋護

粛々淡々

 二日後の夕方、通夜が粛々と執り行われた。斎場内にある部屋の中央奥にさくらの眠る桐の棺が置かれ、その前で坊主が木魚を鳴らしながらお経を唱えている。
 その手前両脇に親族の座るいくつもの椅子が並べられ、さくらの棺の真正面に対するようにして焼香の台が置かれていた。


 制服姿の誠司は、さくらの両親の計らいで特別に親族の席に座らせてもらい、参列するさくらの関係者を眺めていた。その手には、さくらの手帳が握られている。


 皆一様に悲しそうだ。これが、さくらが出会った人々。さくらを思っていた人々。焼香を上げて頭を下げていく。涙している人もいる。泣いている人の気持ちは、わかる。
 もうこの世にさくらは存在しない。話すことも、触ることも、できない。自分達のいる世界から完全に消えてしまった。それは恐ろしいほどの喪失感で、虚無感で、胸にぽっかりと穴を開けられたような感じなんだ。
 泣いている人達は、今その感覚を全身で受け止めている。涙を流して制御しようとしている。その気持ちは、よくわかる。俺も子供のように泣きじゃくってしまったから。


「さ、さく、らぁぁあ……!」


 焼香の台の前に咲が立っていた。まだ信じられていないような表情で声を上げ、焼香の台と親族の席を通り過ぎ、坊主をも退けて、棺に眠るさくらを見下ろした。


「勝ち逃げなんて許さない。なんで勝手に死んで……なんで、なんで……!」


 棺の縁を力なく叩き、その場で泣き崩れた。やがて斎場の係員と、藍田と青山に引っ張られていき、坊主がお経を再開する。
 その辺りから学校関係者の姿が目立つようになってきた。
 太一と葵が隣同士で並び、焼香台の前にまでやってくる。太一は腫れた瞼を何度もこすりながら、葵は口を噤んだ毅然とした態度で焼香を上げていった。




────翌日の朝、告別式が執り行われた。その後、親族だけで納棺する。


 これがさくらの顔を見る最後の機会だと、近親者は顔の周りに集まって花を手向ける。さくらは花が好きだったということで、色彩豊かな花々が添えられた。
 どことなくさくらは笑っているように見える。錯覚でもそう見えただけで心が穏やかになる気がした。


 その後、さくらの父親が親族一同に挨拶をした。その時にようやくこの父親の名前が大月浩おおつきひろしだったということを初めて知る。


「本日は、さくらの告別式に────」




 目一杯の花を手向けられたさくらは、この上なく穏やかな顔だ。
 最後の対面、ということでさくらに触れる機会があった。誠司はその手でさくらの頬に触れてみる。


 冷たく、固い。
 笑っていると錯覚したのは、顔の皮が重力で後頭部側に引っ張られているからだとわかった。
 だが端正な顔立ちはそのままだった。大きな瞼はいつ開いてもおかしくないほど、自然に閉じている。誠司は最後の奇跡を待ち、さくらに温度を分け与えるようにして数秒間頬を撫でた。


「……ありがとう、さくら」


『ふふ、どういたしまして』


 さくらから返事はない。生きていたなら、きっとそう返してくれていただろう。
 そっと頬から手を離す。浩と千春は涙目になりつつ、暫しさくらの肩に額を当て続けた。


 俺は本来ここで火葬場に向かうさくらと親族を、さくらの遠い親戚らと共に見送る予定だったが、浩と千春が俺を当然のごとく火葬場への送迎バスに乗るよう勧めてきた。


「最後まで、居てやってくれないか。そうしないとさくらに怒られてしまう」


「お願い、誠司君」


 誠司には断る理由がなかった。


「わかりました」


 火葬場に着くと、親族のみで焼香が行われた。それが終わると、さくらの棺は火葬炉の直近にある前室へ運ばれていく。
 丁度、棺が収まる程度の前室へ運び終えたところで、火葬場の係員が親族側へ向き直り、恭しく一礼して挨拶をする。
 どうやら火葬が終わるまでに時間がかかるようだ。俺を含む十人程度の親族達は二階の一室に案内された。そこには豪勢な中身の弁当と、ビールなどが用意されていた。


────誠司は到底誰かと雑談する気にはなれず、時間が来るまで弁当をひたすらつついていた。


 やがて係員から呼びかけがあり、親族達は一階にある火葬炉の近くの部屋に集められた。

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