彼処に咲く桜のように

足立韋護

二月二十五日

────それから五日経ち、後期期末試験が終わった。さくらは来ていなかった。まだ退院できないようだ。
 

 誠司は見舞いに行かなくなっていた。迷惑と言われてはいくら行きたくとも足が動かなくなるものだと知った。上履きから外履きへ履き替えても、その足は一向に病院へ向かおうとはしてくれなかった。下校時には夕暮れはほとんど沈み、昇降口を影が包む。


 冷え込んでいる。下校していく生徒達はブレザーに身を包み、マフラーやネックウォーマーを首に巻いている。この頃になると、新しいクラスで出来たのか手をつなぐカップルの姿がちらほらと見られた。
 誠司が校舎から出ようとしたところで背後から呼び止められた。
 

「おーい秋元―。一緒に帰ろうぜー」
 

 そこに立っていたのは、神田、真下、後藤、真壁の四人だった。下校時に誠司を含めたこの五人が揃うのは滅多にないことだった。
 自然とその四人に合流した誠司はまず真下の心配をした。
 

「西京と帰らなくて良いのか?」
 

「ああ、うん。段審査に向けての練習で忙しいから距離を置いているんだ」
 

「ヤツは一体どこまで強くなるんだ……」
 

「さあね。しっかしクリスマス前夜会のときの腕相撲は惚れ直しちゃったなあ」
 

 五人は校門から出て、駅へ向けて枯葉を踏みしめながら坂を下っていく。
 

「真下の惚気話より、大月さんの話が聞きたいな」
 

 真壁が真剣な眼差しを誠司へ向ける。他の皆もそれが気になるようで、誠司を横目で窺う。答えられなかった。最近のさくらの様子などわかるはずもなかった。
 やがて誠司は悩みをこぼすように、暗い口調で話しだした。
 

「実は……最近行っていないんだ」
 

「え? そりゃ一体……」
 

 心底意外だったようで神田が身を乗り出した。それを後藤が手で制する。
 

「きっと理由があるんだろ。な、秋元」
 

「……五日前までは毎日、少ない時間だったが見舞いに行っていたんだ。しかし、さくらがそれを拒絶し始めた。何か隠そうとしているのか、それとも迷惑だったのか。俺にはそれがどうにもわからなくて聞いてみたんだ。『迷惑なのか』と」
 

「そしたら?」
 

「何も言わずに俯いていた。それ以上口に出させるのも酷だと思って、もう来ないことを告げて病院を出た。それからはずっと行っていない。退院したら、しっかり聞いておきたいと思ってはいるんだが」
 

 思いのほか、四人は黙って話を聞いてくれた。茶化す雰囲気でもないが、誠司はてっきりお調子者の神田や後藤辺りが重くなった場を賑わせるものだと思っていた。
 実際はそんなことなく、重い空気のまま歩き続けることになった。適切な発言を考えているのか、四人は相槌をうってから黙りこくってしまった。
 やがて真壁が口を開いた。
 

「正直言えば、大月さんのことずっと好きだったんだわ。でも別の人を選んだ。それから俺は大月さんと、大月さんが選んだ人を応援するって決めてた。だからさ、お前達に幸せになってもらわないと俺が困るんだよ」
 

「真壁……」
 

「そういうことだから、俺は他人だけど応援している身として首突っ込ませてもらう。大月さんは、お前のことをしっかり見ていたと思うんだ俺は。クラスで避けられていた秋元と人の目も気にせず話して、俺はすごいと思った。なんて言ったらいいか……お前も大月さんのこともっと素直に見てやるべきなんじゃないか」
 

 わからない。俺はさくらから顔を背けていたのか? さくらの本心はなんだ?
 まだ答えが見つからない。さくらにそれを聞いても無駄なんだ。人の心の内を考えるのは本当に難しい。


 

 結局駅まで五人は大して話もできないまま、歩いてきてしまった。神田が考え込む誠司の背中を軽く叩いた。
 

「とにかくクラスのみんなが心配しているってことだけは確かなんだよ。それを伝えるのはお前じゃなきゃダメなんだ、だろ?」
 

 神田の問いに、誠司は頷くことが出来なかった。しかしその代わりに他の三人が頷いて見せる。
 

「その通りだよ。秋元と大月さん二人のおかげで、体育祭も文化祭も上手くいった。そんな二人が揃っていないなんて、あり得ないことだよ」
 

「……わかった。よく考えておく」
 

 誠司が少し頷くと、四人は途端に笑顔になった。駅の改札を見た後藤が「お、秋元は居残りっぽいな。またな!」と駆け出して行った。
 何事かと改札付近を眺めるとずっと待っていたのか、咲が一人で立っていた。他の三人もすぐさま改札を抜けて行く。


 その場に誠司と咲だけが残った。

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