彼処に咲く桜のように

足立韋護

十一月十五日

 怒涛の夏、秋イベントの数々も忘れ去られ、すっかり気温も落ち込んだ十一月十五日。冬服に身を包んだ生徒達は、教室で昼食をとっていた。
 窓の外に見える空は、今にも雷雨が降り注ぎそうなほどの曇天であった。


「ローカロリー弁当が好評で、ニューローカロリー弁当が発売するんだって!」


 さくらはいつも通り、ローカロリー弁当をつまみながら、対面する誠司に笑いかけた。


「さくらは昼食がまた楽しみになるな」


「男はやっぱハイカロリーだぜ!」


 そう言って、太一は誠司の隣の席でカツ丼弁当をかっ喰らう。その対面、さくらの隣に座っている葵は、苦笑いしつつ太一の食べっぷりを見守った。


「そんな一気に食べたら喉に詰まるんじゃないかな……。やめておきなよ太一」


「んぐ? ふごふご!」


「あーわかった、わかったから早く飲み込んで」


 そんな四人の席に強引に机を連結させ、誠司の隣に陣取るのは、やはり倉嶋咲その人だった。
 ただ以前とは、どこか様子が違っていた。


「飯と言えば、今日調理実習じゃん」


「ああ、菓子か何か作るんじゃなかったか」


「菓子作り……やったこたないけど、何とかなるんかね。さくらは、菓子作りしたことあんの?」


「クッキーと、レアチーズケーキだけならあるよ。レシピ通りに作っただけだけどね」


「んおお、なら今日ウチのとこ来て教えてよ!」


「うんっ! 班が違うから、暇になったらそっちの班に行くね」


 誠司へ執拗に絡まなくなり、恋敵のさくらと普通に会話して見せたりと、誠司からすれば咲が素直になったような、おこりが落ちたような、そんな感じがした。


 あの日……修学旅行から帰った日から咲特有のしつこさはなくなり、あっさりとした性格に変わっていた。俺の言葉によって、俺への思いを諦めてくれたのだろうか。
 特に何かを企んでいるということでもなさそうだ。真意は気になるが、そういうものを無理に聞き出すべきではないのは、さすがにわかる。しばらく、そっとしておこう。


「大月さーん、運動部の人達が呼んでるよー」


 突然、廊下側の席で西京と昼食を楽しんでいた宮下が、教室の扉を指差しながら声をかけてきた。扉に視線を送ると、そこにはバスケットボール部だろうか、背の高い男子生徒が二人立っていた。その二人とも、何か期待の表情を浮かべている。


「うん、今行くね!」


 誠司ら四人に見送られながら、さくらは教室の扉に歩いて行った。運動部の二人から何かを告げられ、首を傾げつつ、小さく頷いた。


「誠司君、みんな、ちょっと体育館に呼ばれたから行ってくるね!」


 体育館……昼休みに運動部に呼ばれる用事なんてあったか? 委員でも、係でもないさくらが、生徒から呼び出される?
 ……まさかな。


「ありゃバスケ部だな。バスケ部の部員に一人、さくらちゃんのこと好きな奴いるぜ? これがなかなかイケメンな野郎なんだ」


「なに……?」


「ほらほら~、早く追わないとぉ」


 面白おかしそうに茶化してくる葵の言葉を無視して、誠司は顎に手を当てた。真横の咲が神妙な面持ちで誠司の言葉を待った。


「告白するのは、まあ別に良い。さくらが断れば良いだけの話だからな。ただ、付き合っていることを知っていて、なおかつ初めから奪う目的で告白したなら、俺とさくらの関係への冒涜だ。その場合は、容赦しない」


 誠司は強く踏み出して席を立ち、さくら達の後を追った。


「そうこなくちゃ! 行こ行こ、太一、咲!」


 誘われた太一も咲も席を立った。そのとき、さりげなく太一が咲へ耳打ちする。


「なんか、今の誠司の言葉、お前が怒られてるふうに聞こえちまったよ」


「……わかってる」


 咲は歩みを進めながら、無機質なタイル張りの床へと視線を落とした。




 体育館を覗き込んでも、人一人としていなかった。近くにいた女子生徒に聞き込みを行うと、どうやら部員達は体育館裏にさくらを連れて行ったようだった。
 誠司は女子生徒に頭を下げて体育館裏へと進むが、その表情は教室の頃より若干強張っていた。


 咲に告白されてから近寄っていなかった体育館裏周辺は、春や夏よりは雑草が茂っておらず、心なしかすっきりとしている。
 体育館裏へ続く角に差し掛かった辺りで、よく通る美声が聞こえてきた。割合、角から近い位置で話しているようだ。


「どうして、俺じゃダメなの」


 誠司は既にさくらが告白を断ったものだと察した。いつもよりか細い声でさくらは答えた。


「私は、秋元誠司君と付き合っています。だから、ごめんなさい」


 男は焦ったそうな声で被せるように言い返した。


「それは知ってるんだよ。俺はスポーツだってやってるし、頭だってそこそこ良い。顔だって、人並み以上って自覚ある。大月、自覚してないでしょ、自分が美人だってこと。秋元と見合ってないんだよ!」


「見合ってないなんて、そんなことないよ……」


 萎縮したようにさくらの声は更に小さくなる。


「秋元、だっけ? 見たことあるけど、全然ダサいじゃん! 髪の毛ボサボサで、目つき悪くて、ついでに性格サイアクなんだって? あいつと居たら不幸になるからね絶対」


 それを聞いていた誠司は単純な怒りより、全て否定できない悔しさの感情のほうが上回っていた。
 背後にいた太一と咲が、貧乏ゆすりと鼻息を荒くすることで代わりに苛立ってくれた。
 さくらが黙り込んだことを良いことに、男子生徒は饒舌になっていく。


「あいつ、文化祭の時とか必死こいて駆けずり回ってたろ。しかもマジな顔しちゃって。なーに熱くなってんだか知らないけど、嫌われ者が頑張っちゃって、みっともない。カッコ悪いったらなかったろ? そんなのより、俺のバスケのすんごいプレー見せてやる! いいから、俺のものになれよ。話しつけといてやるからさ」


 好き放題言いやがるな。ただ、嘘を語っているわけじゃない。俺なんかが、汗まみれで駆けずり回る姿より、顔もスタイルも、ついでに声まで良い男が、バスケでゴールを決める姿のほうが何倍も何十倍も良いはずだ。
 さくらは、まだ黙っている。声だけではさくらの様子がわからない。いつもこういうときは俯いていた気がする。もしかしたら、俺との関係を迷っているのかもしれない。


「……んん」


「大月?」


 唸るようなさくらの声が聞こえた。誠司は思わず顔を出して、様子を確認した。確かにモデルかと思うほどのスタイルと顔を持ち合わせた男が、さくらと向き合っている。その周りには、同じバスケ部の部員が数人座っていた。
 予想通り俯いていたさくらの顔を、男子生徒が覗き込んだ。


「んんんんっ……!」


「な、なんで泣いてんの!?」


 こちらからでは、さくらを背後からしか確認出来ないが、男子生徒の反応からさくらは泣いているらしかった。
 突如、さくらは拳を大きく振りかぶり、男子生徒の鼻っ柱をぶん殴った。更にもう一撃喰らわせようと、再度拳を振り上げたところで、他の部員達に抑え込まれた。


「んぁぁあああ!」


「なにっ、なにっ!」


 さくらは激しく泣き叫びながら、混乱している男子誠司に殴りかかろうとしている。部員達に抑え込まれてもなお、それを振りほどこうと暴れていた。
 誠司達は即座に駆け出し、部員達と共にさくらを壁に抑え込み、顔を見合わせる。その表情はいつもの穏やかなものではなく、眉間に目一杯シワを寄せ、憎しみに顔を歪めていた。


「さくら! 落ち着け!」


「……はあ、はあ、誠司君……来てたんだ」


 肩で息をしているさくらは、誠司の顔を見るなり、その歪んだ表情を元に戻していく。
 告白した男子生徒はその場から逃げ出し、バスケ部員達も「なんか悪かったよ」と一言謝罪して、その場から去って行った。




 昼休みはまだ三十分ほど残っていたので、ひとまずこの場で、さくらから話を聞くことにした。

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