彼処に咲く桜のように

足立韋護

十月二十一日(二)

 誠司達のいる場所からであれば、二人の会話がよく聞こえた。そのとき、誠司の肩を誰かが叩いてきた。振り向くと、嬉々とした様子の白ティーシャツ短パン姿のさくらがそこに立っていた。


 西京とさくらが知り合いだったことを思い出した誠司は、ジェスチャーで「静かに」「今良いところだ」と伝えると、さくらは両拳を胸の前に置きながら頷いた。
 神田と後藤がニヤつきながら見つめてくるが、それは放っておくことにした。


 葵と同じく、相手は由緒正しい家系。宮下がどう口説くのか、西京がどういった反応を見せるのか、誠司は興味津々に聞き耳を立てる。


「そんな、全然待っていないよ、西京さん」


 一応、顔見知りではあるんだな。


「それで、話って何かしら?」


「西京さん、ずっとあなたが好きでした。恋人になって下さい!」


 さくらと神田が興奮気味に足をばたつかせる。後藤と真壁が唇に人差し指を当て、それを制止した。


 宮下は特にドギマギすることもなく、スッパリとよく通る声で頭を下げた。本当に決意していたようだ。その声を聞いた生徒が中庭の周りに徐々に集まりだす。誠司は宮下が礼儀に反していないか気が気でなかった。
 西京は少しばかりの驚きを見せ、やがて困ったように頬を染めた。


「ずっとって、いつから……?」


「初めて西京さんを見た日から……。それから文武両道を貫く西京さんを見て、俺は恋心を自覚したんだよ」


 ずいぶんと大声で大胆なことを言うものだな。聞いているこっちがなんだか恥ずかしくなってくる。


 神田が悪戯な顔で誠司とさくらを交互に指差してきた。さくらは赤面し、誠司は額に手を当て呆れた。


「そんな、そんなことないわ」


「実は剣道部をこっそり見に行ったこともあったんだ。本気で物事に打ち込む厳しい西京さんも、俺には眩しすぎて、本当は告白を諦めようともしてたんだよ。俺の気持ちが届くはずがないって……」


「み、宮下君、人が集まってきたわ。場所を────」


「でも、西京さんに届くためには、俺だって腹くくらなきゃダメだと思った!
 『ありのままのあなた』を尊敬し、憧憬どうけいし、愛慕あいぼしている人間が、ここにいる。もし足りない部分があるならこれから補っていくよ。だから、どうか、付き合ってください!」


 その言葉からは、どれだけ西京を愛しているかが十二分に伝わってきた。最早、宮下もがむしゃらなのだろう。その魂の叫びは、勿論眼前の西京にも響いていた。
 微笑みはとうに消え去り、焦ったような照れたような表情が見え隠れする。


「じゃあ……私の家柄は、関係ないのかしら?」


 葵と同じだ。西京涼子もまた自分の家柄を目当てに、嫌な思いをしたことがあるのだろう。実は、葵の過ちを一番に理解している人物なのかもしれない。相容れることはないが、心は通じ合っている。不思議な関係だな。


「家柄、家柄……ん? 家柄?」


 そんな重大な質問に対し、宮下は真剣に考えるも心当たりがないようだ。


「西京家。もしかして、知らない?」


「え、え、ごめん! 俺、学校の西京さんしか知らなくて。そういうの調べておくべきだったね、やっぱり」


「……良いのよ、良いの。ふふ、『ありのままのあなた』か」


 西京はゆったりと宮下に近づき、何かを耳打ちした。その瞬間、宮下の顔がみるみる赤くなっていき、こくこくと頷く。西京は踵を返して、中庭から出て行った。
 ギャラリーの生徒達も告白の結果がわからず、つまらなさそうにその場を去って行った。


 誠司達は物陰から宮下の元へと走った。宮下は体を強張らせながら、未だに顔を紅潮させている。


「どうだったんだ?」


「何を囁かれたんだよ!」


 宮下は涙目でこちらを向きながら、親指を立てた。


「『責任とってね』、だって……!」


「本気にさせた責任ってことなのかなぁ?」


「まあさしずめ、惚れさせた責任ってことだわな」


 宮下は何度も頷き、深々とため息を吐くと同時に、その場にへたり込んだ。言葉に魂を乗せすぎて、抜けてしまったのかもしれない。しかし、それで彼女を惚れさせた責任をとるのだから、宮下にとっては本望だろう。


 きっかけがじゃんけんというのは、黙っておこう。

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く