彼処に咲く桜のように

足立韋護

十月二十日(三)

 部屋は五人部屋にしては狭く、ベッドスペースで部屋のほとんどが埋め尽くされていた。出入り口の横には申し訳程度のユニットバスが取り付けられている。
 自由時間中、散々生徒達とトランプゲームをやろうとせがまれたため、誠司は渋々神田のベッドの周りにつく。


「じゃあド定番の大富豪やろーう!」


「ポーカーのほうが良いなぁ俺は」


 神田がトランプをシャッフルしつつ提案すると、隣の宮下が別のゲームをやりたいと申し出てくる。何をしようかと沸き立つ中で一人、誠司だけが首を傾げていた。


「大富豪? ポーカー?」


「あれ、秋元どっちも知らないの?」


「バ、ババ抜きしかわからない……」


 後藤がわざとひっくり返って見せ、それを真壁が起こした。


「えええ! 逆に珍しくね?」


「しゃあない、俺がしばらく秋元に大富豪教えるわ」


「真壁、すまんな」


────真壁の指導が上手かったからか、ルール以上の戦術的な面まで理解した誠司は、メキメキと上達し、勝率を上げていった。


 やがて、真壁が加わろうとしたところで誠司が時計を見上げ、焦ったように立ち上がった。


「なっ、まずい! 夕食の時間まで一分前だ。急いで食堂まで行くぞ!」


「ええぇ! 頼むよ大将〜」


「俺これからなのに、災難だわ……」


 部屋からどたどたと出た五人は、食堂へと早歩きして向かった。そのときには既に、ほとんどの生徒達が食堂の席についており、和食の夕食も用意されていた。
 引率教師の一人が何かを話しているところで、誠司達はソロソロと食堂へ入っていく。生徒達や教師陣の視線が痛い。やけに空いている席につくと周囲にはさくらや咲だけでなく、太一や葵までも座っていた。


「お前ら、どうして固まってるんだ」


「自由席だよ誠司君。せっかくだからみんな集めちゃったんだ」


 右隣のさくらが嬉しそうに微笑む。皆、いつも通りに座り、いつも通りに振る舞っている。
 話していた教師が号令をかけると同時に、和食へと手をつけ始めた。


「ねえねえ太一、これ美味しいから食べてごらんよ」


「んお? どれだどれだ!」


 前に座る葵と太一はすっかり仲を取り戻し、むしろ前以上に親密になっているようだ。それを見た、左隣に座る咲は、誠司の腕に抱きついた。


「ウチらもあんな風にイチャつきたいなー」


「あ、さ、咲ちゃんこんなところで! ずるいよダメだよ!」


 右隣からあたふたと両手を伸ばすさくらが、咲を必死に引っぺがそうとしている。そんな咲に、誠司はわさびを箸でつまんで見せつけた。


「やめろ咲、わさびを鼻の穴に突っ込むぞ」


「……た、試してみたくなっちゃったじゃん」


「じ、冗談だろ……?」




 夕食を済ませた頃、時計が七時半を回っていた。腹の膨らんだ誠司と咲は、教師に実行委員の集まりがあると呼ばれ、返事をしつつ二人が席を立つ。そのとき、さくらに裾をつままれた誠司は、何かと立ち止まった。


「誠司君、あとでロビーで話そう?」


「ああ、実行委員の用が終わったら行く。八時ごろ待ち合わせにしよう」


「うんっ!」


 さくらはいつも通りの愛らしい笑顔を見せた。少し待たせるのは心が痛むが、実行委員は実行委員。割り切って臨まなければならない。
 会議は思いのほか長引き、終わるときには既に八時を十数分過ぎていた。誠司は焦ったように部屋から飛び出したところで、後ろから誰かに掴まれた。


「咲?」


「や……あ、これからさくらと?」


「ああ、遅れてるんだ。放してほしい」


「……待たせたらいけないやね。行ってきなよ」


 手が放されたことを確認した誠司は、頷いてから再び走り出す。咲は、立ち尽くしてそれを見送るだけだった。


 ロビーの椅子にはポツンと、後ろ姿のさくらが一人で座って待っているのが見えた。誠司は、なぜだか無性に胸の奥が熱くなってきた。


「待たせたなさくら!」


 さくらは俯いたままで返事がない。変に思った誠司が、顔を覗き込むとさくらは静かな寝息を立てながら眠ってしまっていた。あまりに無防備な寝顔に、誠司の表情も次第に穏やかなものになっていく。


「さくら、起きろほら。寝るなら部屋でな」


「んぇ……。誠司君……ふぁあ〜ひぅ」


 寝ぼけ眼のさくらは大きくあくびをしてから、ぼやけた顔で誠司と目を合わせた。まともに話さそうにもないと判断した誠司は、さくらを背中におぶった。華奢な印象通り、軽々と持ち上がった。そのときには既に、さくらはまた眠りについてしまった。
 うなじにかかる寝息を我慢しつつ、カウンターでさくらの部屋番号を教えてもらい、届けることにした。


「寝るまで待ってくれたのか、さくら」


「んん……ふ」


「きっと楽しい夢でも見ているんだろうな。そっとしておこう……。三階の突き当たりの部屋、三○七号室。ここか」


  女子生徒達の泊まる階の廊下には誰もおらず、生徒達はそれぞれ部屋でゲームや雑談に花を咲かせているらしかった。誠司はさくらを背負いなおし、チャイムを鳴らす。
 ドアを開けてきた女子生徒は、面食らった様子だった。誠司と同じクラスであったため、どこかで見たような顔だ。


「すまん、待たせてる間に寝てしまったみたいなんだ。ベッドで寝かせてやってほしいんだ」


 部屋の奥から覗いてくる女子生徒達も、それぞれ文化祭の係だけ覚えていたが、どうにも顔と名前が一致しない。


「あ、部屋少し上がって、ベッドに降ろしてくれたら良いよ!」


 部屋へ上がることに躊躇していた誠司だったが、確かに渡すのは手間だろうと思い、上がり込んだ。内装は男子の部屋と何ら変わらないが、なんとも香しい女子的な匂いが漂ってきた。
 指示されたベッドにさくらをゆっくり横たわらせ、毛布をかけてやった。一言礼を言おうと誠司が振り向くと、女子生徒達は肩を固く組んだ見事な陣形をとり、入り口を塞いでいる。


「な、何事だ……?」



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