彼処に咲く桜のように

足立韋護

九月十日

 文化祭は九月十日に控えてあり、時間はあまり残されていなかった。ここまでスケジュールが混み合っているのも、さくらの言っていた『お偉いさんの都合』なのだという。
 戸井高校の生徒達は一週間と少しの間に、出し物、場所取り、リサーチなど様々こなさなくてはならなかった。その中心として立ち回るのが文化祭実行委員であった。


────文化祭前日、誠司やさくら達だけでなく、高校全体が文化祭の準備で大童おおわらわである。
 誠司のクラスはお好み焼きを作ることになり、調理室利用許可、販売係、配達係、調理係のメンバーなどを、誠司は慌ただしく再確認していた。
 そんな時、教室内で咲のグループの一人である藍田が御影の胸ぐらを掴んでいた。藍田が化粧の濃い顔を歪めながら、顔を背ける御影にガンを飛ばしている。


「お前なんなの? みんな文化祭の準備してんじゃんよ。なんでお前手伝おうとしないわけ?」


「……下らないから」


「なら邪魔だから教室から出てけよ!」


「僕が、僕の椅子に座ってて、何が悪いの」


 御影はじろりと藍田を見下ろした。その瞳からは生気がまるで感じられない。
 そんな光景を目の当たりにしていたさくらが、厳しく睨み合う二人の間に体を割り込ませた。


「あの、あの、二人とも仲良くしようよ! 御影君も、ほら輪飾りとかなら机の上でも出来るからさ!」


 さくらは御影の机の上に折り紙数枚置くと、御影はそれをじっとりと見つめた。そして、何の迷いもなく折り紙を机から手で払った。


「僕は手伝わないって言ってるだろ。こんな飯事ままごと、付き合ってられない」


「てめぇ、いい加減に!」


「良いの、藍田さん」


「大月……でもさぁ」


「文化祭はみんなで楽しまなくちゃダメだよ。楽しみ方って人それぞれで、御影君は見てるほうが楽しいのかもしれない。だから、無理強いしたって楽しくなきゃ意味ないと思う」


 さくらは微笑みながら、床に散乱した折り紙を一枚一枚、丁寧に拾い上げていく。その姿を見ていた御影は、口を閉じたまま歯を食いしばり、教室のドアへと歩いていく。
 ドアのところで待っていた誠司が、御影の前へと立ちはだかった。御影は恨めしそうな視線を送ってくる。


「さくらに謝ったらどうなんだ。あいつはお前のために────」


「全部……お前が……お前に」


 誠司は腕組みしながら首を傾げた。


「全て、お前のせいだからなぁ……秋元ぉ」


 俺の目の前に立つ御影は、その血走った瞳と、憎悪の視線を俺に向け、低く小さく、そう俺に呟いた。
 何が俺のせいなのかさっぱりだ。むしろ毎度のこと被害に遭っているのはこちらなのだが。


 御影は鼻を鳴らしながら、教室から出て行った。一部始終を遠巻きから眺めていたクラスメイトは誰一人、御影の後を追いかけることはない。誠司の掛け声によって皆は準備に戻った。


 あいつと話していたクラスの奴らを数人知っているが、追いかけないのか。心から友達と思っていたわけではないのかもしれないな。
 俺が御影のようになっていたなら、太一であれば必ず追いかけて、追いついて、俺を殴るだろう。そう考えると素直に叱ってくれる太一は、思いの外、貴重な存在だったのか。


────翌日、九月十日。文化祭当日。


 文化祭のしおりを読みながら登校してきた誠司が昇降口に入ると、さくらが体育座りで待っていた。誠司を見つけると、ひどく慌てた様子で駆け寄ってきた。


「誠司君、大変!」


 さくらに連れられるまま教室へと向かった。教室の前の廊下には、うなだれた様子のクラスメイト達が壁に寄りかかって座っていた。泣きじゃくっている女子の姿もあった。
 誠司が教室内を覗き込み、顔をしかめた。


 一週間以上かけて準備した飾り付けや、机を連結させて作りクロスをかけたテーブル、手製の金券入れ、全てがめちゃくちゃに破壊されていた。
 刃物で切り刻まれたようなものや、手で無理やり引きちぎられたようなものもある。倒れている机が乱雑に散らかっている。黒板には赤いチョークで一言『殺ス』、と書き殴ってあった。

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