彼処に咲く桜のように

足立韋護

九月一日

 九月一日。金曜日。しとしと降る雨は、校庭の土をぬかるませ、今日の部活動がなくなったと野球部員達を跳ねて喜ばせている。体育館に集められた生徒達は、体にまとわりつくような湿気に嘆息しつつも、整列していた。そんな中、誠司は辺りを見回す。


 同じ制服、似たような髪型に髪色、ツラ。しかしよく見てみると、それぞれに声も性格も仕草までも違いがある。パッと見ただけではわからないものもあるということだ。
 不思議と苛立ちはない。穏やかで、充足している感覚。床が浮ついている感じがして、手足に疲れはない。これが、幸せという感覚なんだろうか。


「誠司ぃ~」


 まだ並びきらない列の中から呻き声とともに、大きめの手が伸びて来た。誠司がその手を思い切り引っ張ると、眉尻を下げている太一が列の中から現れた。


「……大方、花火大会の日、振られたってところだろう」


「お前、当てないでも良いことを当てるよなぁー」


「事前に倉嶋だけが別件で来ないことがわかっていて、俺とさくらが二人きりになったんだ。その逆も然りというのは明白。そこまで理解していれば、ゾンビのような呻き声の理由はすぐにわかる」


「俺はよ、俺は頑張った。でも、ダメだった。男の人がまだ少し信用出来ない。だから友達のままで……だとよ。やっぱり急ぎすぎた気がするわ」


「昔の教師の件は話したのか?」


「いんや。でも、なんとなく話の流れから察してたみたいだったぜ」


 互いに快活で人懐こい性格だ。それに俺から見ればだいぶ仲が深まっていた。やはり問題はあいつの過去にあるようだな。


────集会が終わり、教室へと戻った。先に戻っていたさくらと目が合うと、手帳を抱えつつ微笑んできた。気恥ずかしさから、誠司はぎこちなく手を挙げて応える。
 教室にはさくら以外にも咲や、ずいぶん痩せた印象の御影の姿などがあった。


 生徒達の後から入ってきた、担任の田場たばが教壇に立ち、突然黒板に何かを書き始める。


『九月、文化祭。十月、修学旅行。ひとまずそれぞれの実行委員をこの時間中に決めること。俺は風邪引いて、声出したくないから勝手に決めといて』


 そう書き込んでから、皆に視線を向け、一度パチンと大きく手を叩いた。突然の無茶に、クラス中がざわめき立つ。個々のグループで話し合いが行われるのみで、なかなかまとまらない。そんな様子をなんの焦りもなく、田場は見つめていた。
 そんなとき、クラスの廊下側に座っていたさくらが、イスを鳴らしながら立ち上がるのを誠司は見つけた。堂々とした素振りで教壇へと上がり、田場を退かした。


「みんな! 私と誠司君が文化祭実行委員に立候補するから、賛成の人は手を挙げて下さい!」


 ま、立候補に関しては予想はしていたさ。周囲から俺とさくらを品定めするような会話が広がる。


「大月と秋元ねぇ?」


「体育祭と違って、文化祭は楽しみたいんだよ俺。あいつらに出来んのか?」


「でも、体育祭の準備とかめちゃめちゃしてた気がする」


「まあ確かに、よく放課後残ってくれてたよね」


「だったら実績ない他のやつよりは良いんじゃね? 秋元も最近、普通の人っぽくなってきたし」


 聞こえているぞ、普通の人っぽいとはなんだ。どこからどう見ても普通の人だろうが。
 しかしこの雰囲気……俺とさくらが徐々にクラスの連中に認められ始めたのか?


────結果、賛成者多数で誠司とさくらは文化祭実行委員に決定した。


「じゃあついでに修学旅行実行委員も立候補して……良いかな?」


「ちょっと待ったぁ!」


 誠司の背後から、よく通る声が教室中に響き渡った。ガタンと大きく物音が立ったかと思えば、誠司の隣を何者かが通り過ぎた。さくらの横に立ったのは案の定、咲であった。


「修学旅行実行委員は、ウチと秋元がやる。お前ら異論なんかないよなァ?」


 異論など出るはずもない。咲はクラスメイト達へと睨みを利かせている。僅かでも異論があろうものなら、瞬く間に潰されてしまうことを、哀れな彼らは理解していた。咲は今や、俺やさくらなどといるようになったものの、学校での評判は相変わらず不良のままである。
 いざ友人になってしまえば、仲間思いの、気の良い奴なのはすぐにわかるものだが。世間とは往々にして、人の中身まで見極めてはくれないのだ。


 珍しく引きつった苦笑いをしているさくらを尻目に、修学旅行実行委員は誠司と咲で決定した。


 俺に拒否権は……ないんだな。

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